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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ゆたかとゆうな
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白く濁ったように曖昧に


「み、見せかけ……?」


 ゆうなの手が、こめかみの辺りからあごの方へとゆっくり撫で下ろされていく。


 それは愛撫にも似た感覚。


 柔らかい触り方に一種の身震いを覚えた。


「そう。彼女はあなたに見せかけたの。私はあなたの味方だ。こうして彼女と別れさせないために力を尽くしてる、ってね」


 言うなれば、それは偽善。

 善い行いをしているように見せかけ、腹の中では別の意図があること。


 それをゆたかがしたのだと、ゆうなは言う。


「普通、そうした偽善をするなら私に言われたからってこの場から立ち退かないでしょうね。彼女は口がうまいんだもの。どうにかしてこの場に残れば、どうとでもできそうだからね」


 たしかに、俺に対して偽善を働こうというならこの場に残るのが最良だろう。

 大して口のうまくない俺に今後を任せるより、何倍も成功率が違ってくるのだ。


 だからそういった偽善で恩を売ろうというなら、ゆたかがこの場にいないのは非効率な気がしてならない。


 だが、ゆうなは続ける。


「でも、だからこそ彼女は私に言われるがまま、ここから去ったのよ」

「そ、そうなの……?」


 あえて最良を外した意味。

 それは、ゆうな曰く単純なこと。


「ええ。だって一番適した答えを選び続けたら勘ぐられちゃうじゃない。その目眩ましのつもりだったんでしょ」

「え、えっと……?」


 意味を飲み込めずに首を傾げると、ゆうなは笑った。

 微笑むように、口角を僅かに上げて。


「つまりフェイントよ」


 微笑みを称えたまま、ゆうなは言う。


「最善の行動ばかり続けたら、その人が何のために行動しているのかバレバレじゃない。だから、あえてたまに意味のない行動をして見せてかく乱するの」


 続けて、その具体例。


「ほら、サッカーとかのフェイントと一緒よ。ドリブルでディフェンスをかわすとき、右に避けるために一旦左に動いて見せたりするでしょ? 本当は右に動くつもりでも、最初から右に動いたんじゃ相手にバレちゃうからね。だから見せかけとして左に動くの。それと同じことなのよ。わかった?」

「うん、なんとなく」


 頷き、考える。


 それを、ゆうなの言うゆたかの例に当てはめるなら――


 ゆたかの目的は、俺に対して偽善行為をして恩を売ること。

 が、あまりにもあざとくそれを繰り返しては、その偽善に気付かれてしまうかもしれない。

 だから、ゆたかはあえて今回の件でこの場から立ち退いて見せ、偽善ではない振りをした。


 ――と、いうことになるだろうか。


 そう、ゆうなに聞くと、


「うん、合ってる。やっぱり私の味方をしてくれるのね!」


 と言って抱きつかれた。


 後頭部を腕に抱かれて、ゆうなの首もとに顔をうずめる形になる。


「ちょ、ちょっと……っ」


 ゆうなの長い髪が鼻先をくすぐり、体の柔らかい感触にドキリとしてしまう。


 相変わらずこの抱かれる体格差には慣れないけど……どこか懐かしい気持ちがして。


 押し返そうとする手に力が入らないのが、自分でもわかるようだった。


「でもね、これは彼女の唯一のミスでもあるの」


 ゆうなは俺を抱きしめたまま、俺の頭の匂いをかぐように鼻を押し付け、言う。


「彼女からしてみればただのフェイントだったのかもしれない。あなたを騙した「事情」という名のついた嘘は、それだけ完成されていたからね。彼女がいなくても成功するって踏んでたに違いないわ」


 ゆうながしゃべるたび、その唇が俺の頭皮をこそばゆくくすぐる。


「けど、私たちに考える時間を与えてしまった。それが彼女のミスなのよ」


 キュ、と抱きしめてくる力が少し強くなる。


 腕ごと抱かれている右手は窮屈になって。

 空いている手で押し返そうとしていた力は、ゆうなの肩に触れるだけになっていて。


 対するゆうなは、俺の後頭部を抱く手でゆっくりと撫でてくる。

 何となしにあやされている気分。


「そして、そのミスのおかげで私たちは真実にたどり着けた」


 ゆうなは俺の頭から少し離れ、位置を僅かに下げる。


 そこにあるのは、俺の耳。


 ふう、と小さく吹かれた吐息にぶるっと身震いが起きる。


「ぅ……っ」


 くす、と小さく笑んだ彼女は、そっと柔和に囁く。


「もうわかったでしょ? 悪は菅原さん。全部、彼女が悪いのよ」

「ゆたかが……悪い……?」


 彼女の温かい体温からか、それともその安堵からか。


 どうしようもなく思考が緩く静止していく。

 ゆっくり、ゆっくりと速度を鈍く低下させて。


 白く濁ったように曖昧に――


「そう。菅原さんのせい。彼女さえいなければ、こんなことにならなかったの」


 密着した体から、ほのかに汗の香りがした。


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