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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ゆたかとゆうな
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狂信パズル


「ゆ、ゆたかの……?」


 何故、このタイミングでゆたかの名前が出てくるのかわからない。


 俺の腹の辺りに馬乗りになっているゆうなが自分の言葉にハッとしたように、しかし興奮をさらけ出しながら声を荒げる。


「そうよ! 全部菅原さんのせいなの! だってそうじゃない! こんなオカルトめいた話、いかにも彼女らしい!」


 右手で俺が着ているワンピースを掴み、空いた左手を大げさに振り回す。


「オカルトは彼女の得意分野じゃない! こんな出来の悪いフィクションなんてお手のもののはずよ!」

「ちょ、ちょっと待っ――」

「だから、言うなら彼女が原因なの! 私じゃないわ、彼女こそが今を作り出した元凶――」

「待てってばっ!」


 ゆうなの両肩を掴み、大きく揺さぶる。


 驚いたように目を見開く彼女は、熱に浮かされたように視点が定まってない。


「落ち着いて……一旦、落ち着こう。ゆうな、興奮しておかしくなってるよ」

「おかしい……?」


 はは、とゆうなが小さな笑いを漏らす。


「おかしいのは、あかりじゃない。あなたの言うことは普通じゃない……ありえない。そんなこと、ありえっこないのよ」

「俺はおかしくなんて……」

「じゃあ、私の友達に今の話を聞いてもらう? あなたはあかりじゃない、別の世界からきた男のあきらだ、って。さあ、何人があなたの話を信じてくれるのかしらね」

「それは……」

「それが現実なのよ。あなたの言ってることはおかしいの。ありえないことなの」


 だから、


「あかり……目を覚まして」


 俺の瞳を覗き込むように、ゆうなの顔がゆっくりと近付いてきた。


「あなたはね、あかり。菅原さんに洗脳されているの」


 ゆうなとの距離は、鼻先が触りそうなほど。

 それだけの間近で、ゆうなはゆっくり諭すような語り口になる。


「わかったのよ。さっきまであなたが話してきたこと。それは菅原さんの創作。菅原さんが考えただけの、事実無根の作り話なの」

「つ、作り話なんかじゃ――」


 遮られる形で、ゆうなが両手で俺の頬を挟み込む。

 喋らずに聞いて。そう言うように。


「彼女、話が上手でしょ? 私はさっき初めて話したけど、それでもわかる。彼女は話すことに長けた人なのよ」


 ゆたかが話すことに長けている。

 そう言うゆうなに、たしかにそうかもしれないと思った。


「そして、それと同時にオカルトみたいな知識もたくさん持っている。それ系のサークルの部長さんなんでしょ? なら色々と知ってるはずだわ」


 ゆうなから見た一種の偏見のような意見だが、事実、ゆたかはそれ系統になかなか詳しいところがある。


「だから、私はこう思うの」


 一息。


「あなたは菅原さんに、あなたが今話したような設定を吹き込まれ――信じ込んでしまった」


 頬を挟むゆうなの手に力がこもってくる。


「いわゆる洗脳か、催眠術……あなたは菅原さんに騙されてるの。そうやって、菅原さんの良いようにされかけてたのよ」


 そんなこと……。


 反論せんと口を開くよりも先に、ゆうなが続ける。


「根拠があるの。今は黙って聞いて」


 それはお願いというよりも、強制に近い。

 有無を言わせぬ早さで、ゆうなは切り出す。


「どうしてあかりは、私よりも菅原さんを選んだの?」

「ぇ……」


 疑問を付けた質問は、前置きのように俺に対して聞くものではない。


「自惚れに聞こえるかもしれないけど、あなたが菅原さんを選んだのはおかしいと思う。いつも通りのあなただったら、私を選んでくれたはずよ」


 それは俺があかりではなくあきらだったから、と思うも、すぐに止まる。


 俺があかりではなくあきらだったとしても、恐らくはゆうなを選ぶことが普通に思えたからだ。


「でも、実際は菅原さんを選んだ。しかも私を選ぶという選択肢を、さっき私に言われるまで気付かなかったような反応まで見せて、ね」


 あなたの表情はわかりやすいから、とゆうなは付け加える。


「でも、それっておかしいと思わない? 普通だったら選ぶはずの選択肢を忘れて、ただの友達だったはずの菅原さんを選ぶなんて……」


 セックスをするなら恋人のゆうな、友人のゆたか、どちらを選ぶかというもの。

 どちらを普通か、と選ぶとするなら……。


「もちろん、あなたたちが浮気してないのが前提の想像だけど……浮気、してないのよね?」

「う、うん」


 疑い探るような視線がチクリと刺さる。


「なら、おかしいって思うでしょ? あなたが、私よりも菅原さんを選ぶことがおかしいって」


 考え……返事は頷きによる肯定。


 頬をゆうなの両手に挟まれているため動きは制限されたが、それでも意図は伝わった様子。


「でしょ?」


 そう、ゆうなは満足げに笑った。


「だから私は思ったの。これは操られたことなんじゃないか、って」

「操られた……?」

「ええ、そうよ」


 すっ、と添えられていたゆうなの両手が離れる。


「だっておかしいじゃない。あなた自身も認める普通の選択肢を思い付きもしなかったなんて……どうかしてるとしか思えない」


 例え喧嘩したあとで気まずい関係になっていたとしても、やっぱりおかしい、とゆうなは言う。


「だから可能性は二つ。一つはあなたが私を嫌っていた場合。実は私を嫌っていたって言うのなら、私より菅原さんを選ぶ動機になるけど……」


 慌てて首を横に振ると、ゆうなは安心したように笑んだ。


「ならもう一つ。さっき言ったように操られていた場合よ。もちろん犯人は菅原さん。私よりも彼女を選ぶように操ったなら、納得がいくわ」

「そんな……」


 ゆたかが、俺を操っていた……?


「具体的な方法まではわからないけど、知識と話術の立派な彼女のことよ。話の流れを彼女の好きなように運んで、あなたの思考を操った。割とありえそうな考えじゃない?」

「そんなはずは……」

「ならきっぱり否定できる? あなたは、彼女に一切流されずに自分の意見を通して菅原さんを選んだ。そうなの?」


 そう言われると……正直、口をつぐむしかない。


 実際、ゆたかに流された節がないことはないのだから。


「やっぱりね。あなたは押しに弱い性格だから」


 ふふ、と少しおかしそうにゆうなは笑った。


「そして、まだ話は繋がるわ」


 ゆうなは馬乗りになっていた体勢から退き、寝ている俺の横に座る。


 合わせ、俺も座った。


「あなた、元の世界に戻る糸口を探すために菅原さんに会いに行ったのよね?」


 うん、と頷く。


 ゆたかに会うために大学に行ったのは、そのためだった。

 だから大学に着いたあと、俺は真っ直ぐゆたかのいるオカルト研究部の部室に向かった。


「それは、菅原さんがオカルト話に詳しかったから?」

「うん、そうだよ」


 これらは、さっき俺からゆうなに聞かせたこと。

 事情を話す過程で、既にゆうなに告げたことだった。


「でもね、実はそれだけじゃないの。ただ彼女がオカルトに詳しかったから、あなたは頼りにしたんじゃない」


 足を崩して座るゆうなは、真っ直ぐ俺を見下ろす。


「彼女は――あなたにパラレルワールドについて話した張本人だったから」


 それもゆうなに話したこと。


 俺がパラレルワールド説を思い付いたのはゆたかの話を過去に聞いていたおかげ。

 だから、ゆたかに元の世界に戻るヒントを得ようと彼女のもとを訪れた。


 ゆうなは断言するように、ハッキリと淀みなく告げる。


「あなたがこの世界をパラレルワールドなんじゃないかって言い出したキッカケは彼女よ。彼女があなたにその話を聞かせたから、あなたはその解答に辿り着いたの」


 ゆうなの手が俺の頭に置かれる。そして撫でる動き。


「これって、菅原さんが誘導してるように思えない?」

「ゆたかが、俺を誘導……?」


 オウム返しをする俺の問いに、ゆうなは頷く。


「ええ。だって、あなたにその考えを持たせたのも、彼女のところに行こうとさせる動機を作ったのも彼女なのよ? 怪しいと思うでしょ?」

「え、えっと……」


 ゆうなの言ったことを脳裏に反芻させ、考える。


 俺がパラレルワールドの説を――この世界が俺にとっての異世界で、その世界のあかりという人物と入れ替わってしまった、という考えに至ったのはゆたかのおかげだ。

 それは、前にゆたかが(実際にはたくやが)パラレルワールドの話をしてくれたから。

 だから俺は、割と安直にその考えに辿り着くことができた。


 そして、俺がゆたかに会いに行こうと思った理由も、ゆたかの話があったから。

 パラレルワールドについて話してくれたゆたかなら、きっと何かしら手助けしてくれるはずだ、と読んでの行動だった。


 それをゆたかの企みと言うのは……、


「……どう、だろう……?」


 たしかにこの件に関して、ゆたかはかなり深くまで関わってきてはいる。

 それを怪しいと取れないことはないけど……。


 まさか、と思う。

 まさか俺の話をあんなに親身になって聞いてくれたゆたかがそんなことをするはずがない。


 そう思うのが、俺の中で一番に優先される考えだった。


「納得いかないみたいね」


 どうやら俺の表情を読んだらしいゆうなが不満そうに言う。


「うん。なんていうか、ゆたかがそんなことをするなんて信じられないって言うか……」

「そうかしら?」


 ゆうなの手が俺の頭から退かされ、肩に置かれる。


「彼女は私に対して平気で嘘をついたのよ? それもアドリブにも関わらず、堂々とした態度で言ってみせた」


 それがどういうことかわかる? と問うゆうな。


 ゆうなが言っているのは、先ほどゆたかがついた「俺の家に風呂を借りに来た」という嘘の件だ。

 特に打ち合わせもしていなかった、咄嗟の嘘。

 にも関わらず、ある程度は筋の通るものだった。


 それが示すこと、というのは、


「ゆたかは、嘘をつくのがうまい?」

「ええ。そういうことよ」


 ゆうなは肯定。


「彼女はいきなりつかざるを得なくなった嘘でさえ、あれほどの嘘をつくことができるの。なら、もし彼女が前もって計画を練って嘘をつくとなったら?」


 それは、もしもの話。


 ゆたかが先ほどついたような咄嗟のものではなく、もっと前から念入りに考え抜いた嘘をつくとしたら――


「……すごく、真実味を帯びた嘘になると思う」

「正解」


 俺の返答を聞き、ゆうなは俺の頭を一度撫でる。


 そこまで聞けば、ゆうなの言わんとしていることの想像くらいつく。

 非常に真実味を帯びた嘘をつくことができるゆたかなら、


「そのゆたかなら、俺を騙していたとしても不思議じゃない。って言いたいの?」

「ええ。私はそう考えるわ」


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