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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ゆたかとゆうな
62/116

その結末は後悔だった


「それじゃあ、」


 言葉を区切り、そこから話の再開。


「ゆうなが間接的な原因になっている理由を話すよ」

「ええ、どうぞ」


 だいぶ和らいだように見えるゆうなの視線と合わせ、頷く。


「まず、ゆうなが直接的な原因ではない理由から」


 それはゆうな自身がわかっているはず。


 だって、ゆうなにその心当たりがないはずだから。


「ええ、ないわ。もし私があなたとあかりを入れ替えたと言うなら、こんな風にはなっていないもの」


 たしかに、ゆうなが俺とあかりを入れ替えた原因なら、こんな混乱した状況にはならないだろう。


 現状こそ、ゆうなが俺とあかりに何もしていないという最大の証拠になる。


「だから、間接的にゆうなが関わっている可能性が高いんだ」

「どういうこと?」

「さっき言ったことだよ」


 俺のいた世界と今の世界を比べたとき、何よりも気になるのはゆうなの異質さ。


 どう考えてもゆうなが関わっているとしか思えないのに、当のゆうなは何もしていない。となれば、ということ。


 つまり、消去法。


 ゆうなが関わっているのは確定しているのに、ゆうなが直接何かをしてはいない。


 だから残るのは、間接的に関わっている場合、となるわけだ。


「私だけがおかしいって言われてるのはムカつくけど……まあそういう考え方もあるわね」


 不承不承といった様子ながらも、ゆうなは頷いてくれた。


「でも、その間接的なってどういうことなの?」


 ゆうなは問う。


「私が何らかの形で関わってそうなのはわかった。けど、具体的なものが見えてこないのよ。私がどんな影響を何にもたらしてそうなったのか。今の説明だけではわからないわ」


 やはりそうきたか、と思う。


 直接的ではなく間接的にゆうなが関わっている。

 それが仮定から確信に近づいたとき、思わざるを得ない疑問だ。


 俺だって同じことを疑問に思った。

 具体的にゆうなはどういう風に関わったのか、って。


 けど、


「それは、わからない」

「……はあ?」


 遅れてきたゆうなの呆れたような声。


「わからないってどういうことよ。そこが肝心なんじゃないの?」

「うん、すごく大事なことだ」


 だけど、


「だけど……そこまでわからなかったんだ」


 ゆたかに聞いた。

 菊地原先生にも聞いた。

 自分でも必死に考えた。


「けど、わからなかった」


 何でゆうなが関わって。

 どうして世界間の人格入れ替わりが起きたのか。


「わからなかったから、菊地原先生が、それを導き出せるかもしれないヒントをくれたんだ」


 ――そう、これが俺の言いたかったこと。


 この菊地原先生のヒントがあったからこそ、俺は微かながら期待を抱いて行動できた。


 けど、同時にこんなことにもなってしまった。


 それは、


「レズビアンについて学べ。ゆたかとセックスしろ」


 淡々と、でもはっきりと告げる。


「そう、菊地原先生に言われたんだ」


 俺が言い終えると、途端に沈黙が広がる。


 聞こえるのは、俺と呆然とするゆうなの息遣いだけ。

 耳鳴りがしそうなほどの静寂に、この部屋が包まれる。


 そして、それが破られたのはさらに数秒後。


「えっと……」


 眉間を揉み、苦渋の表情を浮かべたゆうな。


「あなた、話が飛躍しすぎてるわよ」

「わ、わかってるよ」


 さも俺がおかしくなっているかのように言われた。


「言ったのは俺じゃなくて、菊地原先生だから」

「それはわかってるわ」


 ゆうなが「あの菊地原先生が……」と苦い呟きを漏らす。


「けど、今の話が本当なら、それを実行したのはあなたでしょ?」

「うん」

「つまり、あなたもその飛躍しすぎた話に同意して、それに乗っかったのよ? 言ってる意味、わかる?」

「わかってるよ」


 俺が飛躍しすぎた菊地原先生の意見に乗ったということは、俺はそれに理解を示したということ。


 いくら教えを請うた立場と言えど、拒否権はあったのだ。


 にも関わらず実行に移したということは、俺自らその案を考えたのも同じこと。


「わかってるじゃない」

「でも、」


 たしかに、俺もこれは飛びすぎの展開だと思う。

 だから俺はそれに引っかかりを覚え、菊地原先生にその理由を迫ったのだ。


 結果、納得とまではいかなくても理解できる解答を得た。


 俺のいた世界のゆうなと、この世界のゆうなとの、たった一つの違い。

 それが、


「ゆうなが、同性愛者であるか否か」


 それだけだったからこそ、


「菊地原先生は「レズビアンについて学べ」と言ったんだ」


 それで得たのは「あー……」と気のない返事。


「……ちょっと待って。整理させて」


 自身の額に手を当て、定まらない視点でゆうなが言う。


「えっと……つまり、何? 私がレズビアンで、あなたの知ってる私がそうじゃないから、レズビアンを知ろう。そう思ったの?」

「まあ、そんな感じ」

「それが、私とあなたの世界の私との唯一の違いだから?」

「うん、そうだよ」


 世界間を比べたときに浮き出てくるのは、ゆうなの存在。


 誰もが性転換している世界で、ゆうなだけが性別を変えていないのだ。

 それが世界を比較した際の、ゆうなの異質性である。


 そして、そのゆうな自身を世界別に比べて見えてくるのは、本人が同性愛者かどうか。

 俺のいた世界では異性愛者だったゆうなが、この世界で俺があかりになっているのと合わせるように同性愛者になっていたのだ。


 初めはゆうなの性格にも違和感を覚えていたが、それは単にあきらに対してとあかりに対して、その接し方が違うまでのこと。

 人によって接し方を変えるのは、決してゆうなだけの特別なことではない。


 それに、こうして話してみればよくわかる。

 ゆうなの根の性格は、本音を大事にして、嘘をつけない。

 それは全く変わりないのだ。


 だからこそ浮いてくるのは、ゆうなの性的指向の違い。


 何故、何一つ変わらないゆうながそれだけ違えているのか。

 それを知ったとき、俺の求める答えが見えてくる……かもしれない。


 故に、菊地原先生は「レズビアンについて学べ」と言ったのだと、俺は解釈している。


「まあ……何て言うのかしら」


 額に当てていた手を目元に移し、考え込むように「うーん」とうめくゆうな。


 そのまましばらく。

 俺の呼吸で八回目の息を吸ったとき、ようやくゆうなは手を下ろし、口を開いた。


「長々と説明してもらって悪いんだけど……私には理解しきれないわ」


 ややこしくてちょっと……と濁す。


「だから、同じことを聞くことになるけど、あなたに質問したいの。いい?」

「うん、大丈夫」


 ゆうなの質問は、おそらく自身の理解を促すためのもの。

 それを惜しむ理由などあるはずがない。


 俺が頷くのを認め、ゆうなは考える表情を崩さないまま質問を投げかけてくる。


「あなたは、自分とあかりの人格が入れ替わった。そう思ってる?」

「うん、思ってる。俺はあきらだ」

「そして、あなたはこの世界ではない別の世界からきたと思ってるのね?」

「それだとファンタジーっぽいけど……うん、合ってる」


 そう、と小さく呟いて、少し間が空く。


「ならこの世界に来た、あるいは来させられた理由は?」

「わからない。それを見つけたら、元の世界に帰れるんじゃないかって思ってる」

「でも、私が原因だと考えてるんでしょ?」

「ゆうなのせいだ、とは思ってないよ。あくまで間接的に関わってるんじゃないか、って思ってるだけ」

「それはどうして?」

「どう考えてもゆうなが異質すぎるから。ゆうなだけ他の人と違うことが多いんだよ」

「だから私とあなたの世界の私の違う点、レズビアンについて学ぼうと、菅原さんとセックスしようとしてたわけ?」

「まあ……うん、そうだよ」


 ここまでで、ゆうなの質問は途切れた。


「うーん……ちょっとずつわかってきたけど、まだわからないことがあるわ」


 俺がゆうなに説明してきたことの要点をまとめたような矢継ぎ早の質問を終え、ゆうなは言う。


「あなたがしたのは、元の世界戻る方法を模索するため、その手の知識に詳しそうな菅原さんや菊地原先生の教えを仰いだこと。そうでしょ?」

「うん、あってるよ」

「それで得たのは、菊地原先生からの「レズビアンを学べ」というヒントめいたもの」


 頷く。


「じゃあ、どうしてそこから菅原さんとセックスしなきゃいけないことになったの?」

「それは……」


 俺とゆたかがセックスをしなければいけなくなった理由――


 それを言いかけ、言葉が止まった。


 喉に何かが突っかかるような、もやっとする感覚。


 何だろう……?


 セックスの理由、


「そのきっかけは――」


 それは、菊地原先生がゆたかとセックスすることを義務のように言いつけたことだった。


 元の世界に戻れるのには制限時間があるはず。

 だから手っ取り早くレズビアンについて学ぶために、ゆたかとセックスしろ。


 そんな内容だったが……。


「たしか、嫌だったんだ」


 俺は、その時に良しとしなかった。


 勝手に菊地原先生が「絶対にするように!」と言い逃げしていったが、内心、俺は嫌だと思っていた。


 菊地原先生がどこかへ行ったあとも、友人であるゆたかとセックスするのは嫌だ、逃げたいと考えていたはずだった。


 けれど……。


「しなきゃいけないことだと思ってた」


 菊地原先生が言ってたから。

 絶対にしろ、と念押しされてしまったから、半ば義務のように感じていた面もある。


 だけど、それだけじゃない。


「ゆたかにも、したいって迫られて……」


 ゆたかはあかりのことが好きだった。

 それはもう、普段は落ち着いているゆたかが性欲に暴走するほど。


 無闇やたらに抱きついたり、襲おうとしたり。

 とにかくすごく好きなようで……。


 俺とのセックスも、あかりとしたかったというゆたかの願望であった。


 だから迫るに迫られて――


「……いや」


 首を振る。


 たしかにすることを決めたのは、ゆたかに「セックスしないと襲う」と脅されたからだった。

 けど……この時、俺には逃げたいなんて気持ちはなかった。


 緊張感はあっても、嫌だと思うこともなかった。

 菊地原先生に言われたときには、あんなにも現実逃避に余念がなかったのに、だ。


 それはつまり……どういうことだ?


 菊地原先生に言われちゃダメで、ゆたかに迫られたら許してしまう。


 それじゃあまるで――


「ゆたかが好きだった……?」


 試しに口にしてみて、はっきりした。


「――いや、違う」


 ゆたかは好きだ。


 けど、それは友人として。

 俺の友人であるたくやの面影を見て、また協力してくれたことに対して感じている思いだ。


 決して、俺がゆうなに抱いていたそれではなかった。


「それじゃあ一体……」


 俺がゆたかに感じていたものは何だったのか。

 どうしてゆたかに気持ちを許したのか。


 考えてみて……思い出したことがある。


 あの時、俺は「仕方ないな」と思っていた。


 俺自らが望んでいたのではなく、ゆたかが言ったから。

 しなきゃ襲うぞ、と脅されたから。

 元から必要が迫られていたから、それで良しとしたんじゃなかったか?


 言わば、流される言いわけのようなもの。


 これは自分の意思ではない。

 仕方なくそうなったのだ。


 そう、さも免罪符であるかのように俺は流されて――


「……どうして、」


 気落ちしたように、ゆうなは目を伏せている。


「どうして、その時に私を選んでくれなかったの?」

「……え?」


 唐突に言われ、何を言われたのかわからなくなる。


 けど、


「レズビアンについて学ぶ気だったんなら、すぐ私のところに来ればいいじゃない」

「あ……」


 ゆうなに言われ、ようやく気が付いた。


 俺は、最初から捨てていたんだ。

 ゆたかとセックスするのではなく、ゆうなとする選択肢。

 協力してくれたゆたかではなく、恋人であるゆうなに協力を得る選択肢を。


 初めから、俺は考えることもしていなかった……。


 そうだ……。

 俺は見落としていた。

 今、ゆうながこうして気付かせてくれた選択肢を見落としていたんだ。


 迂闊と言うべきか、軽率と言うべきか……。


 迂闊なのは、本来なら第一に入れるべきだったであろうそれを、事もあろうに今の今まで気付けなかったこと。

 軽率なのは、深くまで考えもせずにそれを選び取ってしまったこと。


 情けない。

 酷く、情けない……。


 ゆうなを愛していたんだろう?

 大学を卒業したら結婚したいって思っていたんだろう?


 ゆたかとセックスするってときに、ゆうなへの罪悪感を覚えていたにも関わらず、どうして俺は気付けなかった?


 気付くチャンスならいくらでもあったはずだ。


 菊地原先生に必要を迫られたとき、「彼女がいるから」と断れば良かった。

 ゆたかに半ば脅されたとき、「ゆうなとするから!」って強く言えば良かった。


 ――今の顛末の原因を作ったのは、他でもない俺だ。


 ゆうなが誤解しているのが悪いんじゃない。

 ゆたかに嘘をついてもらったがためにこじれたんじゃない。


 初めから俺がこのことに気付き、選択していれば、こんな展開にはならないはずで……。


 けど、俺は目を背けていた。

 喧嘩したことを辛いと称して正当化させて。

 ただ目の前に差し出された、ゆたかとセックスするという選択肢を選んだ。


 それが原因で……こんな展開になってしまった。


 自業自得という言葉が頭を過ぎって、心に刺さる。


 鋭く尖って、抉り込む。


 その痛みさえも、戒めにはぬるい気さえした。


「……ごめん、ゆうな……」


 まず口をついたのは謝罪の言葉だった。


 忘れていた、と言ったらどんな顔をするだろうか。

 考えつかなかった、と言ったら悲しむだろうか。


 そんなことを考えて出したのが、


「本当に、ごめん……」


 謝罪のみ。


 言いわけをしない、なんて格好良いことじゃない。

 言いわけをするのが怖くて……俺は謝る言葉のみを口にした。


 そういった俺の気持ちが漏れ出たのかはわからない。

 けど、ゆうなは悲しそうに眉尻を下げ、


「あなたの言うことが本当だったとしたら、すごく辛い……」


 目を伏せる。


「だって、あなたの一番近くにいたレズビアンは私だったのよ? あなたがあかりなら、私はこれまでずっとあなたをレズビアンとして愛してきた。あなたがあきらだと言うなら、今朝、たくさん体を重ねたじゃない」


 近くにいた、というのは、決して実際の距離だけではない。


 それは、心の距離。


「なのに、あなたは菅原さんを選んだ。彼女の私ではなく、菅原さんを選んだ」


 ザクリ、ザクリとゆうなの言葉が刺さってくる。


「あなたは浮気なんてしてないって言いたかったんでしょうけど……今のでわかったわ」


 一息。


「やっぱり、あなたは浮気していた。私と菅原さん。そのどちらかを選ぶ選択肢で、あなたは菅原さんを選んだのよ」


 否定しようと出掛かった言葉と、それをせき止めるように詰まった喉。


 何も言い出せない俺に、ゆうなは目を細める。


「……結局、笑えない話だったじゃない……バカ……」


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