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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ゆたかとゆうな
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二人きりの説明責任


 そこで、俺たちは二人きりになる。


 俺はベッドの傍らに立ち、両手を体の横で握りしめて。

 ゆうなは相変わらず胸の下で緩く腕を組み、背中を壁に預けて立っている。


 客観的に見るのであれば、俺は緊張に身を固め、ゆうなには余裕が溢れている。

 そんな構図だった。


「で、どうなの?」


 ゆうなから切り出す。


「本当に菅原さんが言っていたような事実があるの? さっきのあれが誤解で、それを私を納得させられるだけの事情が」


 威圧的な言葉。


 ゆたかに対しては挑発する発言が多かったが、俺に対しては少し色が違う。


 質問なのに、口調は問うものではない。

 言いたいことがあるなら言え。

 そういった圧力。


 ……たぶん、俺を恨んでいるからなんだろう。

 浮気した、って、そう勘違いさせてしまっているから。


 だから、初めは短く告げる。


「あるよ、事実は」

「へえ、そうなの」


 関心があるのかないのか、曖昧な返答。


 が、少し笑みを見せてきた。


「で、今度はどんな作り話で私を裏切るの?」


 あざ笑うようでいて、自嘲するようでもある笑みを。


「作り話なんかじゃない、これは――」

「いいから話してみてよ。今のあかりに信用なんてないんだから。話を聞いて、私が判断してあげる」

「……わかったよ」


 すごく悲しい物言いだった。


 原因はわかってる。

 自業自得だってのも理解してる。


 けど……胸を締め付ける思いがあるのは確かだった。


「じゃあ聞かせてちょうだい」


 ゆうなの促す声を聞き、一度頷く。


 小さく息を吸って、大きく吐く。


 緊張からか、少し過呼吸になっているようだ。

 酸素を与えられすぎた頭が、おぼろげにぼんやりとする気がする。


 だが、この緊張は仕方がない。


 ――ラストチャンス。


 そう、これが最後なんだ。

 今を逃せば、次はない。


 きちんと納得させられなければ――ゆうなと別れてしまう。


 また少しだけ息を吸って、肺の奥から吐き出す。


 ……別の世界だってのはわかってる。


 けど、ゆうなと別れるのは、そんな理屈じゃないんだ。


 世界が別だって。

 性格に若干の違いがあったって。


 ゆうなはゆうななんだ。

 俺の彼女なんだ。


 家族と同等以上に大切な存在で。

 愛してやまない人。


 その彼女を失うなんて……別世界でも、嫌だ。

 絶対に嫌だ。


 だから、俺に失敗は許されない。


 嘘はダメだ。

 絶対に知り得た真実だけを話せ。


 泣いちゃダメだ。

 涙もろい体に流れても、誰も助けてくれない。


 怖くて……握った手が震えて……。


 吐き出す息が小刻みにしか出せなくて……頭の奥に霧がかっためまいがあっても。


「今日、ゆうなと駅で別れてからあったこと、最初から話すよ」


 俺が頑張るしかない。


 ゆうなが頷いて話を促すのを見て、


「まず、俺はゆうなと別れたあと――」


 そらさずゆうなの双眼を見つめ、話し出した。


 一つずつ、一つずつ。

 間違えることのないように。


 自分への確認も込めて、ゆうなに聞かせる。


 まず、ゆうなに前置きとして聞かせることは一つ。

 俺は“そういう設定”のあきらではなく、本当にあきらだということ。


 提示できる証拠なんてないけど……。

 それでもこうして聞かせる前提だから、そう考えて聞いてほしい。


 でなければ話が進まない。だから、お願い――


 そうした嘆願がこうをそうしたのか、ゆうなは渋々ながらも頷いてくれた。


 少しだけ胸をなで下ろし、続ける。


 俺はゆうなと別れたあと、午後からの講義をさぼり、元の世界に戻るヒントを得るためにオカルト研究部部長のゆたかのもとを訪ねた。


 それは、俺があかりと入れ替わったばかりの深夜帯に持ち出したパラレルワールド説の基となる話をしてくれたのがゆたか(直接聞いたのはたくやだったが、同位置の人物であるため大差ない)だったから、俺はそれを頼りにしていたんだ。


 だから俺は、あかりと入れ替わっている異常事態であるにも関わらず、大学に行こうと考えていた。


 うまくすれば元の世界に戻れる手段を教えてくれるのではないか。


 そう希望を抱いてゆたかと会い……砕けた。


『元の世界に戻る方法はわからない』


 そう、ゆたかに言われたからだ。


 ゆたかは周囲に幽霊が見えると公言しているように、オカルトの知識の大半はそちら方面のもの。

 一応、部長として幅広くは知ってはいるようだが、その底は浅く、解決法を導き出せそうにはないと断言された。


 俺はその答えに愕然としたが、しかしゆたかはあてがあると言う。

 それが、オカルト研究部顧問である菊地原先生だった。


「へえ、菊地原先生が……」

「うん? もしかして面識あるの?」

「顔は知らないわ。でも話を聞いてもらったことがあるのよ」


 顔を知らないのに話を聞いてもらった……?


 気にはなったが、ゆうなの様子を見る限り、


「いいから続けて」


 話してくれなさそうなので、ゆうなの言う通り続ける。


「ゆうなは顔を知らないって言ったけど、実はその菊地原先生、俺たちと直接会ったことがあったんだよ」

「え?」

「昼のドリアンオヤジ、覚えてる? あの人が菊地原先生」

「え……嘘……」


 なんだかショックを受けたようだった。


「もっと渋いおじさんを想像してたのに……」


 ……菊地原先生、ゆうなとどんな関わりがあったのだろう。


 結構気になりだしたけど、今のゆうなはなんだか怖くて余計な口が聞けなかった。


 さて、話を戻して……。


 菊地原先生は、いわゆる助っ人的な立場だった。

 ゆたかからの応援要請を受け、わざわざオカルト研究部の部室まで出向いてもらった。


 そして、先生から教えてもらったことがある。

 それは――ゆうなが今回の出来事に大きく関わっているであろう、ということだ。


「……私が関わってるの?」


 怪訝そうにこちらを見るゆうなに頷く。


「俺のいた世界と、この世界。みんな性別が逆転しているんだよ。俺も、友達も、首相や大統領だって性別が逆になっている。なのに……ゆうなだけが例外だったんだ」

「私だけ、あなたの世界でも女ってこと?」

「そう。今日の夜中の十二時すぎくらいに話しただろ? ゆうなは俺の彼女だ、って」

「……ええ、たしかに言っていたわ」


 ゆうなは考え込むように眉根を詰めていた。


 しばらくゆうなのその素振りが変わる様子がないので、話を続けようと思い、確認。


「話、続けて平気?」

「ええ、まあ……」


 曖昧な返事ではあったが、何とか聞いてくれてはいるようだった。


 さて、ゆうなが今回のことに関わっているかもしれない。

 そういった憶測は、先に述べたことの異質さからだ。


 二つの世界を見比べたとき、ゆうな以外の全ての人間の性別が逆転している。

 逆に言えば、ゆうなだけが性別がそのまま。

 こんなの、どう想像したってゆうなが関わっているに決まったようなもの。

 逆にこんな条件下でゆうなが一切関わっていないとなれば、それこそ異常なことだろう。


「……ちょっと待って」


 考え込む表情のままだったゆうなが、こちらに手のひらを向けて制止を呼びかける。


「つまり、何? 私が原因だって言うの? 私があなたとあかりを入れ替えさせたとでも?」

「違うよ。ゆうなが直接的な原因ってわけじゃない。だって、ゆうなに心当たりないだろ?」

「当たり前じゃない。私はそんなわけわかんないことは信じてないの。できるわけがないわ」

「だから、ゆうなが関わっているのは間接的なこと。そう教えてもらったんだ」

「……どういうことよ?」


 キッと強く睨まれる。


「もし屁理屈こねて私に濡れ衣着せようって言うなら、今すぐ帰ってもいいのよ?」

「ち、違うよ、そんなんじゃない」


 焦りながら首を横に振る。


「そう……まあ、聞くだけ聞いてあげようじゃない」


 まだ睨む姿勢を変えないながらもそう言ってくれたゆうなに、少しだけ胸をなで下ろした。


 視線を下に。

 ふう、と小さく息を吐き出してから、もう一度ゆうなの目を見上げる。


「えっと……」


 話すべきは、ゆうなが間接的原因であると仮定した流れ。


 菊地原先生に聞いたそれを話すのだが……気を付けなければならない。


 それは、ついさっきゆうなが怒りかけた、逆鱗に触れる話にはしないことだ。


 あくまで俺はゆうなに聞いてもらっている立場。

 もしゆうなの機嫌を損なうようなことがあれば、その場で全てが終わってしまうような可能性さえある。


 そんなことにはしたくない。

 だから、これからの発言はそういった配慮も踏まえ……しかし真実を話す必要もある。

 あくまでゆうなは間接的な原因であることを伝え、決して濡れ衣を着せるつもりはない。


 ……わかってる。だから、緊張するな。


 心に言い聞かせ、俺は口を開いた。


「間接的って言うのは――」

「間接的、という意味合いならわかってるわ。私がしたわけではないけど、私の影響か何かで起きてしまった。そういうことでしょ?」

「あ、うん……」

「それで?」


 促す言葉に、「えっと……」とワンクッション置く。


 ゆうなの相づちが思考を乱し、続けようとしていた言葉が霧散する。


 一瞬白くなった頭の中、考えるのは今から話すこと。

 出てくる言葉は吟味する。

 その内容にゆうなを不機嫌にさせるものがないかと――


「あら、急に歯切れが悪くなったわね」


 低い声色のゆうな。


 また視線が鋭くなっていることに気付き、心臓が締められたらように苦しくなった。


「どうしたの? さっきまですらすら話せてたじゃない。いきなり詰まり始めたわね」


 それは疑問の声。


 だが、答える間はなく、


「あ、そっか。ここから嘘話が始まるのね。へえ、途中から嘘をつけば何とかなるとか思ったんだ?」

「ち、違う! 嘘なんてついてない!」


 急激に顔に血がのぼったような感覚。


 長い髪を振り乱して首を横に振るも、ゆうなは表情を睨んだまま変えない。


「なら、どうしてどもったりするの? あなたは事実を話すだけなんでしょ? 今日の午後、私と別れてから起きたことをそのまま話すだけ。違う?」

「……いや、違わない」

「だったら、さっきのまま普通に話せばいいじゃない。いきなり考え込むような表情になって言葉を詰まらせたら、「嘘を考え始めました」って言ってるようなものだわ」

「そうじゃないっ。ただ……言葉を選ぼうとして詰まったんだよ」


 へえ、とゆうなは小さく相づちを打つ。


「さっき、ゆうなが「濡れ衣を着せようとしてる」って怒ったから……そう思われないように、言葉を選ぼうと――」

「ずいぶんとチキンな考えね」

「……え?」


 話の途中に割り込まれ、一瞬思考が追い付かなくなる。


「ち、チキンって……」

「逃げ腰な考え、って意味よ」


 それはわかってるけど……。


「私に怒られたから、言葉を選んだ? あなた、仮にも男を語ってるのよね? なのに、女の私にちょっと怒られただけでそんなにビクビクするなんて……肝がちっちゃいのね」

「なっ……」

「男ならでっかく構えたらどう? 私は男なんか大っ嫌いだけど、男はそういうものなんじゃないかしら?」


 気が付けば、ゆうなの鋭い視線はなくなっている。


 けど……その代わりは、俺を蔑むようなものだった。


(……っ!)


 ぐっ、と拳を握りしめる。


 目を固くつむって。

 ゆっくり深呼吸して。

 奥歯を強く噛み締める。


 ……思うことはある。

 言いたいことも、たくさんある。


 けど――


「そう、だね……」

「ええ。私にあなたが男だと信じさせたいなら、ちゃんとしてちょうだい。そんなんじゃ、あかりよりも女々しいわよ」

「……ああ、そうだね」


 俺は、もうわかってる。


 昼の喧嘩で、さっきゆたかにほだされ、気付いたんだ。


 ゆうなが憎まれ口を叩く時、絶対に俺が怒ってはいけない。

 気持ちが素直なゆうなは、怒りを抑えられないんだ。


 だから、抑えなければならないのは、俺。

 俺が抑えなければ、ヒートアップするだけなのだから。


 そして、今はもう取り返しがつかない。

 昼間の仲違いとは違って、今は……最後、なんだ。


 だから、一呼吸。


 思う全てを追い出すように、強くゆっくりと息を吐いた。


「じゃあ……」


 まぶたを開け、再びゆうなの目を見上げる。


「言葉選びのために、俺は躊躇わない。それでいい?」

「いいも何も、あなたの勝手にしたらいいじゃない」


 突き放したような言い方。


「ただ、あまりに嘘っぽかったら口を挟ませてもらうし、酷い言い分だったら有無を言わせず帰る。それはいいわね?」

「……わかったよ」


 頷く。

 俺には、これしかないのだから。


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