ゆうなは嘘がつけない
気が付けば、俺の両手の指はゆたかのそれによって全てほだされていた。
腰を屈めているおかげで、ゆたかの顔が僅かに近い。
その距離で、ゆたかは俺を安心させるように小さく笑んだ。
「今は落ち着いて。ね?」
ほだされたのは、両の指だけではなかった。
そう言われたころには言葉の溜飲を下がりきっており、心に波風はない。
ゆたかが俺を気遣ってくれた。
その事実だけで、だいぶ楽になれた気がする。
と、不意にゆたかは視線を俺からゆうなへ。
「あきらに言っておいてなんだけど、私からも口を挟ませてもらうよ」
その言葉は、仰々しいながらも怒りの感情を滲ませているうに感じられた。
「遊びなんてそんな言い方、私も酷いと思う」
決して強い言い方ではないにせよ、真に迫る、責め立てる雰囲気をまとっている。
まるで俺の気持ちを代弁してくれるように。
「あきらは、真面目に君に相談したんだ。それを遊びなんて軽く流すのは……」
「あら、あなたは信じてるって言うの?」
ゆうなは驚いたような、それでいて少し嘲笑を含む声をあげる。
「何か証拠があるわけでもないのに、昨日まで何の素振りもなかったのに、口先だけの言葉をそのまま信じるって言うの?」
「話を聞く限り証拠が得られる状況ではないし、昨日まで素振りがあるわけもない。だから、信じられないことではないよ」
「そうね。本当に起きたのかもしれない。あかりの表情を見ればわかるわ。冗談を言うようでもふざけているようでもない」
「だったら――」
「でも、現実味はない。そんなものを信じるよりも、そういう設定で遊びたがってる。そう、私は考えたわ」
ゆうなの言葉は揺るぎない。
何か確信を得ているような、ブレない言葉だった。
「さっきも言ったけど、私はあなたたちの言うようなオカルトなことは信じないの」
一歩、ゆうなは脱衣場の外に向かって後退りをする。
人の密度の高かった空間が少しだけ空き、ゆうながやや遠くなった。
「宇宙人とか幽霊とか、神様とか宗教とか。普通じゃありえないようなことが簡単に起きるなんて、ありえない。ありえるわけがないのよ」
「……言い切るね」
少しの間をためて、ゆたかは言う。
「他は知らないが、少なくとも私には霊が見えるよ。おじいちゃんとおばあちゃん。二人がいつも私を見守ってくれている」
そこで視線を、ゆうなから脱衣場の天井。
いや、俺には見えない二人がいるであろう空間にに向けられる。
「いないなんてことはない。見えるか見えないかは個人差あるけど、たしかにいるんだ。それを頭ごなしに――」
「だったら、」
ゆうなが言葉を挟み、またゆたかがそちらに目を向ける。
「だったら、何でそこに差別があるのよ!」
叫びに近い、声量が幾分も大きくなっていた。
「あなたはその力を望んだの? 望んでたならおめでとう、そうじゃなかったら何で? 何であなたがそんな力を持ってるのよ?」
「いや、別に望んでいたわけではいなかったけど……」
矢継ぎ早に繰り出すゆうなに、ゆたかは気圧されているようだった。
一つ、ゆうなの眉間が険しくなる。
「ならどうしてその力があなたにあるの? あなたじゃなきゃいけない必要があった? 私じゃダメな理由でもあったって言うの?」
「そんなことは……」
「だから私は信じないの。理由もなしに、望んだわけでもないのに身に付く力なんて、あるわけがない。あるはずないじゃない」
ゆうなは言う。
恨むように、ゆたかを責め立てるように言う。
「そんなの、理不尽じゃない」
言い終え、ゆうなは息をついた。
はあ、と体にたまっていたものを吐き出し、目を閉じて小さく首を横に振る。
そして、少しの沈黙。
「……君は、」
口を開いたのはゆたか。
「君は、何かを望んでいたのかい?」
その問いに探り入れる様子はない。
先の間に考え、出た結果を確認するような口調に聞こえた。
「……」
閉口するゆうなに、ゆたかは続ける。
「超常的現象、オカルトなことは信じない。君はそう言っていたね?」
「ええ、信じないわ。そんな非現実的なこと」
「だったら、どうしてそれを望んでいたような言い方をするんだい?」
「……」
またゆうなは口をつぐむ。
ゆたかの話は続いた。
「まるで信じないなら、その力があることを仮定しない。仮定したとしても、どうせありえないものだと一蹴するはずだ。けど、君の言い方は違った」
一息。
「君の話は――そう、まるで羨むよう。その力が欲しかったのに、自分にはない。そんな現状を理不尽と嘆き、同時に羨んでいるようだったよ」
「……」
苦虫を噛むような、指摘された箇所に触れてほしくなかったような。
苦々しい表情を浮かべていた。
……そうだ、こんな感じだった。
ゆうなが嘘をつくとき、何か隠しながら話そうとするとき。
彼女は言葉端にそれを隠しきれない。
表情や態度はもちろん、その言葉だけでも知れる。
本当の気持ちが滲み出てくるような言い方をするんだ。
「……ええ、そうよ」
嘘をつくのが嫌いだから。
本音を大事にする子だから、ゆうなは嘘が苦手なんだ。
「たしかに、欲しかった。昔は欲しかったわ」
それは、まるで今は諦めてしまったような言い方。
……いや、諦めたのか?
諦めたからこそ、オカルト系の話を信じていないと言っていたのではないだろうか。
だが、今の言葉だけではその経緯までは察することができない。
「その事情、詳しく話してくれるかい?」
俺が思うより一歩早く、ゆたかがゆうなに問う。
やはり、ゆたかの頭の回転は早い。
のうのうと考えるしかない俺のすぐそばで、俺よりも早く、そして行動を示してくる。
――この場に、俺がいなくてもいいのではないか。
そう考えてしまうほどに。
しかし、ゆうなは首を横に振る。
そこに、先ほどまでの苦々しい表情はない。
「いやよ。何であなたに私のことを話さなくちゃいけないの? そもそも事情って、元はと言えばそれを話そうとしていたのはあなたじゃなかったのかしら?」
ゆうなは胸の下で腕を組んだまま、ゆたかの顔を見上げている。
俺ほどの差ではないにしろ、なかなか離れた体格差に臆する様子はまったくない。
むしろ余裕を見せるような笑みを浮かべてすらいるように見える。
「あなたが私に言いわけをする。そんな事情を話す、と言っていた気がするのだけど?」
「ああ、たしかに私はそう言ったとも。できることなら今すぐにでも聞いてほしいさ」
「なら、話したらどう? もちろん――」
すっ、と視線をそらした先はゆたかの体。
バスタオルに包まれたそれを見て、
「服に着替えてからね。あかりを奪った憎い相手と言えど、私の目の前で風邪をひかれたら良い気がしないわ」
「はは、たしかにそうだ。すまないね、いつまでもこんなはしたない格好でいて」
ゆたかが軽く笑い、ゆうなは薄く笑む。
「いいえ。あなたなんかの裸に何か思う価値もないわ」
……ゆうな、棘キツいなあ。