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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ゆたかとゆうな
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嫌だと泣けど叫べど


 じんわりとゆうなの言葉が染み入ってくる。


 水面に雫を垂らしたように。

 小さいながらも、徐々に。


 そして、確実に響いてくる。


『別れましょう』


 それは交際の破綻。

 恋人としての付き合いを解消する、別れの一言。


 ……聞きたくない、って耳を塞ごうとしたのに。

 両手を掴まれて阻止されて。


 ……わかりたくないって思うのに。

 告げられた言葉の意味を、頭が理解してしまう。


 涙がとめどなく溢れ出る。

 先に流れていた拒絶のそれを洗い流す勢いで、流れ落ちる。


『別れましょう』


 ゆうなは言った。


 真っ直ぐ俺の目を見て。


 涙で視界が歪んでいたはずなのに、わかってしまう真剣な表情。


 嘘じゃない。

 嘘なんてつくはずないのに。


 嘘じゃない。

 嘘だと思いたかった自分が否定される。


 そんなの……。


「……嫌、だ……」


 声が震える。

 体が震えて、心も震えて。


「別れ、たくない……」


 目の前にいるゆうなが見れないのが怖くて。

 でも、涙を拭ける腕はゆうなに掴まれていて。


「別れたくない、よ……」


 わかっているのに。

 こうしてゆうなは目の前にいるのがわかっているのに。


 離れたくない。


 心が、そう満たされていく。


 頭と心は、やはり別物なんだと思った。


 頭で理解しうる状況でも、心は言うことを聞いてくれない。

 むしろ心ばかりで動いてしまう。


 きっと、心の方が強いのだろう。

 俺を突き動かす力が、頭の何倍も。


 だから、


「……勝手なこと言うのね」


 酷く沈んだゆうなの声を聞いても、


「嫌だ……ゆうなと、別れたくない……!」


 嗚咽で言葉になっているかわからないけど、そう言って。


 掴まれたままの両手を下に振り抜き、払いのけた。


 右腕で目を、涙を擦り拭く。


 ぼんやりとぼやけながら、ゆうなの顔が見える。


 それは、冷たいほど表情を消していた。


「人を裏切ったのに、別れたくない? 浮気したあなたが言えることなの?」

「浮気なんか――」


 浮気なんかじゃなかった。

 そんなつもりはなかった。


 罪悪感はあったけど……それでも必要なことだったから。


 だから浮気するつもりなんてなかった。


 そう紡ぐはずの喉は、


「――けほッ」


 途端にむせかえる。

 興奮して急いた体に歯止めをかけるように、むせかえってしまった。


 また涙が滲んできた。

 憎たらしいほど、ぶよぶよに視界を歪ませていく。


「ま、待ってくれ!」


 その時、聞こえてきたゆたかの声。


 見上げれば、


「事情を、私たちに説明させてもらえないか」


 涙で見えにくい視界の中、ゆたかはゆうなに迫っていた。


「……事情?」

「ああ、事情だ。私とあきらの、本当の事情を説明させてほしい」


 怪訝そうに声色を低くするゆうなに対し、ゆたかは答える。


 真剣な声だった。

 揺るぎがなく、どこか追い込まれたようにも聞こえる。


 涙を拭いて見れば、二人は向き合い、ゆたかがゆうなの肩に両手を置いていた。


 身長差からゆうなはゆたかをやや見上げ、眉をひそめる。


「へえ、あなたもこの期に及んで言いわけしようって言うの? あかりにしても往生際が悪いし……」

「そこだよ」


 ゆかたが両肩を掴む手に力を入れたようで、小さくゆうなが震える。


「君は先ほどから“あきら”を“あかり”と呼んでいる。私はそこから勘違いがあると思うんだ」

「は……?」


 ゆうなの表情が、険しいものへ。


「意味がわからないんだけど……。あかりはあかりでしょ? それに、結局あなたは言いわけをしたいだけ。違う?」

「たしかに私がこれから言おうとしていることは、君にとって言いわけに過ぎないかもしれない」


 けど、


「事実なんだ。何故私とあきらがこうなっているか。その真相を知ってほしいと、私は思う」

「真相なんて……ずいぶん大きく出るのね。たかが浮気の言いわけなのに」

「ああ、大きなことさ」


 言い、ゆたかは笑いかける。


「少なくとも、二つの世界をまたに掛けるくらいには大きなことだよ」

「……はあ?」


 強く言うゆたかに、ゆうなは変わらず険しい表情を浮かべていた。


「……」


 考えるように、ゆうなは右手をあごにやる。


 その間にゆたかはこちらに顔を向けてきた。

 柔らかくも真剣な表情だ。


「時期尚早とは思うけど、全てを話して構わないよね? こうなってしまった以上、他に手はないと思うんだ」


 ゆたかの言葉に、ようやく今を理解し始める。


 ゆたかがこれから話そうとしていること。

 それはオカルト研究部の部室で菊地原先生から得た話のことだ。


 この世界と、俺の世界の相違点。

 全ての人物が性別を変え、相応に名前も違う中で唯一それが適応されない人物。

 それがゆうなであることを、今、伝えようと言うのだ。


 たしかに、話すべきだろうと思う。

 さっきまでは下手に嘘で塗り固めようとしていたのが問題だったのだ。


 ゆたかとセックスしようとしていた。

 その一点を隠すためだけに必死になっていた。


 けど、言いわけがましくもそれは必要なことだった。

 それをきちんと説明できれば、もしくは……。


 そうして賛同して頷くが早いか、ゆうなに動きが見られる。


 えっと、と小さく言いよどんでからゆたかを見上げた。


「なんとなくあなたが言おうとしていることがわかったわ」

「おや、私はまだ何も話していないのにわかったのかい?」

「ええ」


 ゆうなは頷き、小さく嘆息を漏らす。


「そうやってわけのわからないオカルトの話をして、私を煙に撒こうって魂胆でしょ?」

「え……?」


 声をあげたのは俺。


 だが、ゆうなは続ける。


「菅原さん。あなたは得意そうよね、そういうの。オカルト研究部の部長さんなんだもの」


 ゆうなのそれは棘のある言い方だった。


 嫌みを言うような、攻撃性を孕んだ言葉。


 憮然とするゆうなに、今度はゆたかが顔を険しくする。


「煙に撒こうなんて気はない。そんなことをしたところで、君に良い印象を与えられないからね」

「あら、世界がどうのこうの話すんでしょ? 聞いた感じだと、パラレルワールドだっけ? だったら煙に撒くのも同じよ。私、そういう話は苦手だから」


 ゆうなは肩をすくめる。


「あかりはあなたと交流があるようだから理解あるみたいだけど、中にはそうじゃない人間もいるの。少なくとも、私はそちらに対しての理解はないわ」


 ――理解がない。


 その言葉に違和感を覚える。


「ちょ、ちょっと待って」


 互いに睨み合うような二人に割って入る程度には強い違和感。


 何と言うんだろう。

 何か忘れ物をしてしまっているような、抜けた頼りない感覚に襲われる。


「ゆうなは、その……オカルトに理解がない?」

「ないけど」


 キツく睨まれる怯えよりも、浮かんだ疑問の方が強い。


「だったら、今日の夜中に言ったことは? 信じてくれたんだよね?」


 今日の日付変更から少し過ぎ。

 俺がこの世界に来てしまったとき、俺の立てた仮説「パラレルワールド」をゆうなに話したこと。


 そのときのゆうなはどうだったか。

 どんな反応をしていたか。


 それを思い出すのが早いか、ゆうなは小さく笑う。


「ええ、理解はしたわ」


 そう、ゆうなは理解の色を示していた。

 理屈はわからないにせよ、と置いて。


 だが、


「そういう設定の遊び。そのときは、そう理解していたわ」


 ゆうなの笑いは、俺をあざ笑うように見えた。


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