ゆうなの知るゆたか
突然のゆうなの言葉に、さすがのゆたかも動揺の色を隠せない。
「な、何を……?」
「狙っていたのか、いなかったのか。それだけ答えて」
端的に告げるゆうなの語気は強い。
「まあ……そうだね、うん。狙ってはいたよ」
「そう。ごめんなさいね、本人の前でこんな話をするのもあれなんだけど」
曖昧に頷くゆたかに、ゆうなは薄く目を細めた。
「きっかけは、あかりにあなたの話を聞いたこと。「幽霊の見えるすごい友達がいる」って、そんな感じだったわ。ね?」
「え、えっと……」
最後の「ね?」で俺に振られて焦るも、記憶をさかのぼる。
ええと……そういえば、
「う、うん。たしかに話したことある」
そこに世界の違い、ゆたかとたくやの違いはあれど、話したことはある。
たくやのすごさは、それだけで話のネタになる。
話し始めはみんな信じないものの、実際に抜き打ちテストを当てたことや、その後日の体験談を話すと、ナチュラルに驚いてくれる人ばかりだった。
だから俺はたくやの話をそこそこの頻度でするし、逆にその話をしたらこういうリアクションがあった、とたくやに話すこともある。
そして記憶上、ゆうなにもそれがあった。
「初めは胡散臭いなって思ったわ。私、あんまりそういうの信じないタイプだから」
そういうとおり、ゆうなの反応はあまり良くなかった。
俺の世界でそうだったのだから、こちらの世界でもそうなのだろう。
「でも興味は湧いたわ。恋人のあかりがすごく楽しそうに話すんだもん。それがどんな人なのか、気になったの」
「それで私を調べたのかい?」
「ええ、調べたわ。あなたとあかりが一緒の授業に忍び込んだの。自分の授業をサボってね」
どの授業で一緒なのかあかりに聞いていたからね、と付け加えるように言う。
「大学の授業ってそういうの楽よね。代返が簡単にできちゃうんだから、逆も簡単。百人近く学生が参加してる授業に一人くらい増えたって、全然バレなかったわ」
ゆうなが俺の受けていた授業に忍び込んだ。
その事実があったか記憶の中に探るも、該当するものは一つもない。
俺に見つからないようゆたかを観察していたのか、それとも俺の世界ではそれがなかったのか。
どちらかはわからないが、とにかくこの世界のゆうなは、そうしてゆたかを見て調べていたと。
「そこで気付いたの。菅原さん、あなたがあかりと話す時のあなたの不自然な態度に」
「不自然な態度? 私はあかりとは自然に接していたつもりだけど……」
思い当たる節がないように顔をしかめるゆたかに、ゆうなは小さく首を振る。
「そういうのは本人は気付かないみたいだけど、他人から見たら結構わかるものよ。特に、あなたと同種の人間ならね」
「同種というと……」
「レズビアン。忍び込んだ当時にも耳に挟んだことがあったわ。「菅原ゆたかはレズビアンだ」って。ずいぶんと大っぴらにカミングアウトしていたみたいね、あなた。私はなるべくひた隠しにしていたけど」
「そうだね、隠すつもりはなかったから。偏見を抱いてそうな相手以外には、聞かれたらカミングアウトしていたよ」
つまり、ある程度公表していたゆたかがレズビアンである事実を、ゆうなも聞いていた?
聞くと、ゆうなは頷く。
「ええ。だからこそわかったわ。あなたのあかりを見る目。話し方。接し方。あなたたちの三つ後ろの席で見てたからわかるの。あなたがあかりをそういう目で見てるんだって」
「そ、そんなにわかりやすかったのかい?」
焦りを帯びた様子のゆたか。
対し、ゆうなは小さく笑う。
「ええ、私から見ればね。あなたは同種だし、あかりは私の恋人だったから、嫌でも敏感になるわ。もはやバレバレってくらいだったわね。でも、あかりには気付かれなかったみたいよ、この様子からすればね」
と、ゆうなは俺を見る。
この様子、というのは俺の様子のことのようだ。
俺はあきらだから、気付くも何も、今知らされるようなもので……。
「でも、決して不安には思わなかったわ。あかりは今まであんなにも私を好きだって言ってくれたから」
ゆっくりと息を吸い、ゆうなは言葉を続ける。
「嘘が苦手な私と同じように、あかりも嘘を隠すのが下手だから」
特別何かの感情を押し出すでもなく、かといって無表情に淡々と告げるでもない。
「私と楽しそうに過ごしてくれるあかりを見て、不安になんて思う要素はなかった」
誰に向けた言葉でも、独白でもない。
ただ溢れるように、ゆうなは言葉を吐き出していく。
「でも、今日は違うのね」
一息溜め、言う。
「今の状況を見て、よくわかったわ。――“そういうこと”なんだって」
つまり、ゆうなの言うそれは――
「浮気してるんでしょ?」
ハッキリと見抜かれた俺の嘘だった。