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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ゆたかとゆうな
51/116

あきらの家で


「おじゃまします」

「狭いけどどうぞ」


 ワンルームタイプのアパートに広さを求めるのはどうかと思うけど。

 なんて思いながら、開け放たれたドアから家の敷居を跨ぐ。


 そういえば、ゆうな以外の誰かを家に招くなんて久しぶりのことだ。


 うちが大学から近くないのもあり、友達を呼ぶことはあまりない。

 だからこうしてゆたかを家に上げるのは、なんだか新鮮な気持ちがした。


 玄関に置いてある靴をサイドに退け、ゆたかのそれを置けるだけのスペースを空けてから上がる。


 部屋の中央、ベッド付近まで歩みを進めて振り返ると、


「わあ、ここがあかりの部屋かあ」


 ゆたかは家に上がりもせず、玄関先で我が家を様子見していた。


 どうやらあかりの部屋を見て楽しんでいるようだが、あまり見渡されるのも気恥ずかしい。

 ところどころ細部の違いこそあれ、ほとんどが俺の部屋と同じなのだ、あかりの部屋は。


 だから手招きをして、


「ほら、そんなとこいないで上がってきなよ」

「あ、うん」


 素直な返事で頷き、ゆたかは部屋に上がってきた。


 きちんと踵を揃えて靴を脱ぐあたり、妙に礼儀正しい。


 と、こちらを見るなり血相を変えた。


「そ、それはまさかあかりのベッドかい?」

「あ、勝手に寝転がるの禁止だから」

「えー、それはあんまりだよ、あきら」


 だって「今すぐダイブしてくんかくんかしたい」って顔してるんだもん。

 さすがにそれは、ねえ?


「まあ、あとのお楽しみにしておこうかな」


 とりあえずはベッドインを諦めてくれたらしい。

 あとの、の件が気になりはするが……。


「さて、それじゃあ厳重に鍵を閉めて、その前のお楽しみと……おや?」


 閉めたドアの方を向き直るなり、首を傾げるゆたか。


「チェーンが壊れているようだけど、どうしたんだい?」

「あ、それ?」


 玄関付近にいるゆたかのそばまで歩み寄って、ゆたかの見ている先に視線を合わせる。


 そこにあるのは、ドアに鍵をかけるためのチェーンだったもの。

 チェーンの中ほどから千切れ、本来の役目をまるで果たせないなれの果てだ。


「なんだか無理に千切られたようだけど……もしかして誰かに?」

「いやいや、そんな大層なことじゃなくて」


 ゆたかは心配そうにこちらを見てきたが、対して俺は首を振り、ゆたかを見上げる。


「これ、老朽化してたみたいでかなりボロかったんだよ。それで、前にチェーンしてたのを忘れて思い切り開けようとしたときに――」


 あの時はビックリした。


 普段の勢いでドアを開けただけなのに、何故か一瞬の抵抗とチェーンがジャラッと鳴る音が一度。

 何だろうと思ってドアを見たら、チェーンが途中から千切れていた。先端部分が床に転げ落ちて、根元の方はぷらぷら揺れて。


 こんなことあるんだなあ、と不思議と感心した覚えがある。


 それが俺があきらの時に起こり、こうしてあかりの部屋にもあるということは、こちらでも同様のことが起きたのだろう。


「それはどれくらい前のことだい?」

「えっと、二週間くらい前だったかな」


 今よりもっと平均気温の高い時期だったと思う。

 チェーンの千切れた記憶のBGMに、やたらセミの声が大きく残っているのを思い出す。


 聞くゆたかに答えると、驚いたように目を見開く。


「二週間もこのまま放置しているのかいっ?」

「ま、まあ」


 この辺りじゃ空き巣の被害なんて聞かないし、チェーンがなくても不便しないかなって。


 と、ゆたかが腰に手を当てて目くじらを立てる。

 叱りつけるような口調。


「ダメじゃないか、女の子の一人暮らしでこんなことじゃ! 万が一にも何かあったらどうするんだい! 安全管理がなってこその一人暮らしだろうっ?」


 ものすっごく責められる俺。

 まあ悪いのはわかってたんだけど……。


「なんていうか……」


 どうやら、責められると俺は極端に弱いらしい。


 心が窮屈になる感覚を覚えながら、口ごもりつつゆたかを見上げる。


「その……大家さんに話したら意外とお金が掛かるって言われて、先延ばしに……」

「それでも安全に越したことはないよ! 女の子の一人暮らしなんだよっ? そこら辺の自覚はしっかりしなくちゃ!」


 より怒られた。


「てか、俺は男の一人暮らしだったし……」

「あ」


 そこで、ゆたかはふっと思い出したような声をあげる。

「ああ、そうか。そうだね、あきらに言っても仕方ないことだね。あかりに言うべきことだったよ」


 どうやら気付いてくれたらしい。


 良かったと思いつつも、ただ、あかりのことを少し羨ましく思ってしまう。

 こんなにも自分を心配してくれる友人がいることを。


 もし、たくやだったら、どうだろうか。


 頭の中で想像してみて、


『チェーン、どうしたの?』

『ああ、それ老朽化してて千切れちゃったんだよ』

『そう』

『うん』

『……』


 これで終わりそうだな、と内心苦笑した。


 そもそも口数の少ないたくやとゆたかを比べるのが酷だ。

 だったらゆうなと比べた方が――


 そういえば、ゆうなはまだチェーンが壊れたことを知らないっけ。


 付き合ってからというもの、ゆうなはそれほど俺の部屋に上がったことがない。


 もちろん恋人だし、何回かは上げてはいる。

 その時に合い鍵を渡してはいるものの、大抵はゆうなの家に上がってばかりだった。


 俺の部屋がそれほど広く綺麗でないのもあるし、俺がゆうなの部屋がいいとせがんだのもある。


 故に、ゆうながこの二週間のうちで俺の家に来たのは今日だけ。

 で、その今日も、ドアについて触れる話題が一度もなかったから、ゆうなはこれを知らないはずだった。


 だから、思う。

 ゆうなは、こうしてゆたかのように心配してくれるだろうか、と。


(心配してくれたら、いいな)


 なんて曖昧に思うのは、きっと俺に自信がなくなっているから。


 この世界のゆうなと喧嘩してしまって。

 世界は違えど、俺の世界のゆうなに対しても劣情を感じる節があって……。


 情けなくとも、それが俺の感情だった。


「あ、でも」


 ふと、ゆたかが声をあげる。


 慌てた様子はなく、ただ言い忘れたことを付け加えるような何気ない口調で、


「あきらもちゃんと直さなきゃダメだよ? 何かあってからじゃ遅いんだからね」


 ゆたかが心配してくれた。


 なんだか心の内を読まれたような発言に、一瞬唖然としてしまう。


 ……けど、


「あはは、ありがとう」


 嬉しい気持ちで笑ってしまって。

 少し膝の力が抜けるような、柔らかい気持ちに包まれた。


 ……今日の俺は、何かとネガティブに考えてしまう傾向がある。


 わかってはいるけど、気が付いたときにはそうなってしまっているのだ。


 だからかもしれない。

 それを少しでも救って発言をしてくれたゆたかが、すごくありがたく思えた。


 そして思うだけじゃなく、行動にも表そうと思う。


「ほらゆたか、早くシャワー浴びてきてよ」


 ドアの鍵を閉め、ゆたかの背中を押す。

 両手でぐいっと部屋の中に向けて。


 えっ、と驚かれたが、とにかく笑顔を向けた。


「俺とするんでしょ? だったら早くシャワー浴びて――」


 そう言って、


「早く、しよ?」


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