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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
二つの可能性
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レズビアンという希少価値


「ゆたか君、根も葉もない話をしないでくれないか。私の印象に関わるではないか」


 むっと眉根を詰めた表情でこちら側、ゆたかを見る菊地原先生。


 対して、ゆたかは鼻をつまんだまま呆れた声をあげる。


「根も葉もびっしり生え放題ですよ。もうお祭り状態です、先生」


 どういう例えかわからないけど、まあ今だけでもわかりやすい挙動ではあったしな。


 続け、ゆたかは言う。


「むしろどうして否定できますか。私がレズビアンであることをカミングアウトした次の瞬間からですよ、先生が私をひいきし始めたのは」

「え……そうなの?」


 隣を見上げて問うと、ゆたかは仰々しく頷く。


「そうなんだよ、あきら。それまでは鼻をつまんだだけでも怒られたくらいなのに、以降はこの通り。いくら罵っても、暖簾に腕押ししているような手応えのなさだよ」


 いや、だからって罵りまくっていいわけじゃあ……。


 と思いつつも、現状、俺だって鼻をつまんでるし、何か言ってやりたくなるくらいの辛さがあることはわかる。


 あれだけ部屋中がフローラルな香りに包まれていたにも関わらず、今ではそれも失せ、最たるはドリアンに似た香り。

 加齢臭にタバコの臭い、汗臭さなどが折り混ざったこの臭いは、下手をすればそれをも凌ぐかもしれないと思うほどだ。


 それをこうして間近で強制的に嗅がされている状態なのだから、せめて鼻をつままなければやっていられない。


 改めてキュッと鼻をつまみ直すと、ほぼ同じタイミングでゆたかが言う。


「ちなみにあきらが鼻をつまんでも怒られないのは、私の友達だから……いや、見た目だけで言うならレズビアンと同じだから、かな」

「だから、違うと言っているだろう」


 不機嫌そうに菊地原先生は言い放ち、一息挟む。


 そして、


「私はレズビアン好きではない。――私は、同性愛を愛しているのだ」


 一瞬、空気に亀裂が入ったような感覚。


「……先生? それ、初耳なんですが」


 割って入ったのは、珍しく言葉を詰まらせたゆたかだった。


 ただ呆然とするしかない俺を前に、菊地原先生は前髪をかきあげる仕草をする。


「滅多なことがない限り言わないようにしているからね。ゆたか君の前ではこれが初めてだ」


 初めて言うから初耳であるのに間違いない、と菊地原先生は言う。


「それに、今の表現ではまだ不足だね。こう言うと大それているようではばかられるのだけれど――私が寵愛しているのはレズビアンだけでなく、同性愛だけでもない。言うなれば、少数派。数少ない、マイノリティと呼ばれる人たちだよ」


 それはカミングアウトの一種だったと思う。


 自分の思いの丈を打ち明ける行為。

 菊地原先生が行ったのは、それで間違いないだろう。


 けど、流暢に話されたそれについていけるほど、俺の頭は柔らかくないわけで……。


 現に、少しの間を置いてからゆたかが反応を示した。


「……つまり、先生はレズビアンをマイノリティ、と?」


 それは、訝しく相手を探るもの。

 急に低くなったゆかたの声に見上げれば、明らかに機嫌を損ねんとする表情があった。


 それに、菊地原先生は取り繕うように首を横に振る。


「違うぞ、ゆたか君。何も私は侮蔑の意味でレズビアンをマイノリティと言ったわけではない。事実、ノンケに比べれば数が少ないであろう?」

「まあ否定はしません……けど、納得できる表現ではありませんね」


 レズビアンである人を少数と言ったこと。

 それが、ゆたかが目くじらを立てる要因らしかった。


「ゆたか君は自身がマイノリティであることを嫌がっているようだが、こう考えてみてはどうかね?」


 案を提示する前置きに、続けて言う。


「それは希少価値である、と」

「希少価値、ですか?」


 問うゆたかに、頷く菊地原先生。


「マイノリティとは少数派であることを示す言葉であると同時に、社会的弱者、という意味も含んでいる。これは民主主義が主流である現状、少数派の意見は無視されやすいためだ。これはわかるね?」


 ゆたかは頷く。


 それを認めたらしい菊地原先生が続ける。


「だが少数であることが社会的立場にまで及ぶという考えは、私にとって非常に不可解なことのである。何故ならそれは、例え少なくとも受け入れられるべきであり、自由意志だからだ」


 拳を握り、力説。


「マイノリティには様々あるが、例えるなら同性愛だろう。正確な統計ではないだろうが、現在、異性愛者の割合は九割以上と見込まれている。つまり同性愛者は十人に一人いれば良い確率であり、その相手を探すとなれば二十人に一ペア。しかも、それはあくまで“出会うため”の確率であり、必ずしも互いの好みであるとは限らない。その好みが互いに合う、恋人になることのできる可能性を考えれば究極に狭まっていくのは改めて言うまでもないことだろう。さらに――」


「もう大丈夫です、先生。ビアンがどれだけ希少であるかわかりましたから」

「うむ、そうか?」


 まだ語り足りないと言わんばかりの菊地原先生に、ビシッと手のひらを前に出して制止させるゆたか。


 っていうか菊地原先生、おたくだなぁ……。

 大学の教授だけあって、講義よろしく語るのが好きなのだろうか。


「それに、希少かどうかは経験でよくわかってますから。可愛いなって思った子に限って、ノンケどころかビアン嫌いであることもよくありますし」


 へえ、レズビアン嫌いな子かぁ……。


 マンガなんかでは女の子同士が……なんて展開があるけれど、実際はそうでもないのだろうか?


 たしかに異常にイチャイチャしている女子なんてあまり見かけたことないし、そんな噂も滅多に聞かない。


「例えばね、あきら」


 不意にゆたかの語りかけるような言葉。


 そちらを向くと、淡い笑みが返ってきた。


「あきらが友達の男の子に好意を持たれたとする。友達としてではなく、恋愛対象として。それをどう思う?」

「ん? んー……」


 少し考え、


「応える気はないから、まあ傷つかないように断――」

「それが男性ホルモンむんむんのボディビルダーだったら」

「断るわ!」


 つうか、そんな友達いねえよ!


「さすがに今のは過剰だけど、同性愛に対する認識は男も女もそんなものだよ。男ならレズビアンに対しては寛容で、ゲイには拒否反応を示すケースがよくあるように、女もその逆に当てはまるのがほとんど。異性同士は良くては、同性同士はダメ。極端に言うとそんな感じかな」

「そうなのか。まあ、本人同士が良ければそれで良いって感じだけどな、俺は」

「ふふ、あきらも、あかりみたいに寛容的で良かったよ」


 いや、あかりみたいかどうかは知らないけど。


 っていうか、


「何で俺の疑問わかったん?」


 俺が聞こうと、いや聞こうと思うことさえ間もなく答えを出してくれたゆたかの対応の早さに首を傾げる。


 それに軽く笑ったゆたかは、何でもないように言う。


「あかりみたいに顔に出てたからね。え、そうなの? みたいな表情が」


 え、マジで?


「今のは、本当に? って感じだよ」


 だ、大体合ってらっしゃる……。


「はあー、顔に出やすいのかあー……」


 自分の頬を片手で触り、もう片方は鼻をつまんだまま、ため息。


 ポーカーフェイスを気取っていたわけではないにしても、顔に出やすいというのはあまり嬉しくない情報だ。


 こうもありありと伝わるほど表情が変わってたなんて、ちょっと恥ずいかも……。


「すまないが、話を戻していいかね?」


 ごほんっと、菊地原先生の小さな咳払い。


 そちらに視線を向けると、先生はやや不機嫌そうだった。


「あれ、まだ続いてたんですか?」

「当たり前だよ。まだ同性愛の希少性について話しただけだ。話はまだまだこれからだよ」


 ま、まだまだ話すの……?


「ほら先生、あきらも先生の趣味には興味なさそうな顔ですよ?」

「人の表情を代弁しなくていいからっ!」


 いっそのこと顔を両手で覆い隠そうかとも思ったが、その前にゆたかが俺の頭に手を置き、一撫で。


「それに先ほど時間がないと仰ったのは他ならぬ先生です。そんなくだらない話をしている暇なんてありません」

「む……ゆたか君の言うとおりだ。たしかに、私の息子がブーツフェチであるが故にマイノリティを愛さざるを得ない私の事情を話す時間も惜しいか……」


 えっ、何その新しい情報?

 菊地原先生が子持ちで、その子がブーツフェチで……えっ?


 つうか、何でそんなことを父親が把握してるの?

 そんなに情報開示に協力的な家族なの?

 マジでオープンなの?


「先生、あきらを混乱させるような発言は控えてください。あまりにも愛くるしい表情に理性が保てなくなりそうです」

「本当なんだかなあ……」


 よくわからなくなってきた……。


「それでは、これまでの話を簡潔にまとめよう」


 えへんっ、と菊地原先生は少し歯切れの悪い咳払いをする。


 この人がマイノリティオタクで、息子がブーツフェチ……。


 構わず菊地原先生は続ける。


「あきら君が元の世界に帰ることのできる推定時間は一日、あと八時間あるかどうかというところだ」

「はい、そうですね」


 先の話に気を奪われっぱなしの俺に代わって、ゆたかが返事をする。


「そしてこれから取るべき行動は三つ。まずはゆたか君と身を重ねてレズビアンについてよく学ぶことであり、次はゆうな君と接触し、原因を探ること。最後は原因から解法を見つけ出し、あきら君の家にあるであろうミステリースポットで再現すること」

「後半は、なかなか難しいことですね」

「ああ。だが最たる任務はそちらだ。前者はあくまで原因を探りやすくするためのものである。それを忘れないように」

「はい、菊地原先生に言われなくても承知してますよ。あきらも、ね?」


 ブーツフェチってことは、やっぱり主に脚なのか……。

 それともブーツを主体としているのか……。


「あきら?」


 ……あ、今、話振られた?


 え、えっと……


「ぶ、ブーツも悪くはないとは思いますけど……」

「いや、そっちでなくてね?」


 ぽんぽん、と頭を優しく撫でられる。


「とにかく、あきらは頑張って元の世界に戻らなくちゃいけないんだ。どんな方法でもいとわずに、ね?」

「あ……う、うん。そうだな」


 そうだ、頑張らなきゃ。


 時間は少ないみたいだし、やらなきゃいけないことはさっさと済ませるべきだ。


 だから、


「ブーツなんて気にしてる場合じゃない」

「いや、ブーツはもういいって……」


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