熱弁する根拠
「先生、質問です」
ひょい、と小さく手をあげる鼻をつまんだゆたかが鼻声で言う。
久々に俺の頭から手が離れた気がする。
「制限時間の一日って言うのは、どこからきたものですか? はっきりしてくれないと先生の戯言にしか聞こえません」
「ああ、すまないね」
後半のそれさえなければ普通の質問なのに……。
菊地原先生も普通に謝ってるし……。
ともあれ、前半のそれには俺も共感できる。
菊地原先生の言う一日とは、何を根拠としているのかを知りたい気持ちが、少なからず俺の中にもあった。
まあ菊地原先生の言うことだから、俺のオカルト知識の浅さではその正誤をはかりかねるだろうけど。
ごほん、と菊地原先生が一つ咳払いをする。
「一日とは、これ即ち世界がリセットされる最小単位である。この考え方はわかるかね?」
振られたのは俺だったので、素直に首を横に振る。
「すみません、わからないです」
「ううん、そうだね……。なら、地球の自転で考えてくれたまえ」
俺が首を傾げると、菊地原先生の説明が始まった。
世界のリセット。
そのことについての話が。
地球が世界の核である、というのは先述の通りだ。
地球に住む人間が「もしも」を生むことによって、世界は分裂していく。
故にこの地球は、核と言うだけあって、世界の中心として捉えられるのである。
そして、今さら言うまでもなく、地球は一日に一回転、地軸を中心に回る自転運動を行っている。
昼や夜があるのはそのためだし、その一周によって「一日」という単位が決められているのも今さらなことだろう。
今回は、それが大きく関わってくる。
世界の核たる地球が、一度くるりと回るのである。
一日という時間を掛け、一周、地球は昨日の同じ位置まで自らを回転させる。
それは、ゴールとスタートが切り替わるということ。
「零時から始まり、零時で再び始まっていく――これこそがリセットだ。そう思わんかね?」
世界のリセット、つまり世界の歪みを直す過程というのは、その規模から把握しきれないものらしい。
しかし、それはたしかに存在する。
ならそれはいつか、と考えたとき、当てはまる区切りに思い浮かぶのは「一日」。
これではないだろうか。
と、菊地原先生は言っていた。
「だから制限時間は一日だと、先生は思うんですね?」
「ああ。我ながら安直な考えとは思うがね。相手が掴み所のない存在である以上、推測の域を出ることはないんだ」
そうお茶を濁すように、菊地原先生は苦笑いを浮かべる。
これだけ事細かに説明できるだけよく考えたものだと俺は思うが、本人的には「お恥ずかしい」と添えられる程度のものらしい。
そういえば、ゆたかは初めに菊地原先生のことをこう言っていたっけ。
その手の専門家、と。
だからこうまで詳しいし、推論だけで話すのはプライドが許さないのだろうか。
と、その菊地原先生が口を開く。
「他にも一週間、一ヶ月と候補はあるがね、それぞれ一日よりは根拠が薄くなるんだ」
一週間と一ヶ月は、あくまで人間が決めた区切りであるため、大きな流れに沿うものではないので、原因としての根拠はあまり強いとは言えない、とのこと。
「だから次の候補は一年となるが……」
語尾を落とす菊地原先生。
一年。
これは公転周期に合うため、ある種の区切りであるのは間違いないだろう。
だから候補になりえるが、
「そちらに期待せど、一日しかない可能性は常に孕んでいるのだ。念には念を。そう押すべきところで下手に楽観するのは、愚というものだよ」
制限時間が一年である可能性はあるけど、一日しかない可能性だって十分にある。
だから、悪いケースを想定して動くべき。
そう、菊地原先生の言葉から受け取れた。
「はぁ、だから一日なんですか……」
「そうとも。わかってくれたかね?」
「まあ、なんとなく」
本当はほとんど理解してもいないくせに、なんだかわかったような返事をする自分に、内心苦笑。
やっぱり、こういう系苦手かも。
たくやの体験談を聞くくらいが精一杯だ。
なんて、せっかく説明してくれた先生に対してむげなことを思ったりしたり。
「つまり!」
不意に声高になる菊地原先生。
腕を振りかざし、こう語る。
「こうしている時間ももったいない!」
握りこぶしを作り、力強く。
「そう! 君たちは今すぐにでもセックスを、行為をするべきなのだよ!」
……いや、まあ理由はわかるよ?
制限時間が一日な可能性が高いってことは聞いたし、だから時間がないこともわかる。
聞いた限りだと、現段階でもかなり厳しいみたいだし。
でも……、オッサンが熱く「セックス」とか「行為」なんて言わないでくれ。
普通に気持ち悪――
「セクハラするなら死んでください。または社会的に死んでいただいても構いません」
だから、ゆたかは先生に厳しすぎない!?
鼻をつまんで猛毒を吐き出すゆたかに突っ込もうかと思ったが、撤回。
今のはどう考えてもセクハラ臭い。
俺を抜きにしても、ゆたかみたいな女の子に先の発言はいただけないだろう。
だから代わりに、
「……」
俺も鼻をつまむことにした。
だって、その……さっきから先生が熱弁を奮ってたせいでフローラルな香りが消えたっていうか、ほのかにドリアンっていうか……。
とにかく、軽蔑してますよって意味も含めて。
そんな感じを前面に押し出して菊地原先生を見ると、
「君たちは時間が押していることがわからないのかね? 早く行為に及ばなければ――」
むう、この人、打たれ強いな……。
俺がそっちの立場だったら、今すぐ香水コーナーに買い求めに行くのに。
もっとも、この耐性はゆたかのせいみたいだけど……。
「あ、そうそう。いい加減気付いてるだろうけど、一応言っておくね」
何かを思い出したように言うのは、やはり鼻声のゆたか。
もはや話を聞く気にもなれない行為談義をしている先生をしり目に、一言。
「先生、無類のビアン好きだから」
……うわ、先生の株がめっちゃ下がったんですけど……。