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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
二つの可能性
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一日が解決の終焉


「あの、ちょっといいですか」


 ひとしきり菊地原先生が話し終えたところで、俺は小さく手をあげながら言う。


 何だね? と発言権を得たので、俺は続けた。


「偶然じゃダメってことは散々言われてわかったんですけど……話、脱線してませんか?」


 俺がそう言ったのは、どうにも話が進んでいないように感じたから。


 求めるのは、


「先生が言った制限時間とか……その、ゆたかとセックスしなきゃいけない理由とか、繋がってこないんですけど」

「セックス発言の前に少し間を置く恥じらい、可愛らしいね」


 今までその存在をなくしていたように静かだったゆたかが食いついてきたが、無視。


 さっきから頭をなで続けているけれど、これも無視。


「そう結論を急がないでくれたまえ」


 菊地原先生の言葉に、視線をそちらへ向ける。


「物事には順序というものがあって」

「それはわかりますけど」


 菊地原先生の発言に食うのは、ひたすら俺の頭を後ろからなでているゆたか。


「先生の話はそれでも長いです。飽き飽きします。そろそろ単刀直入に言ってください」


 ……ゆたかは菊地原先生に恨みでもあるのだろうか。


 なんだか気にしなくてもいいことが不安になってきた。


「まったく、ゆたか君は相変わらず厳しいなあ」


 対する菊地原先生は、ゆたかの刺々しい毒舌にも慣れた様子で苦笑い。


 その後咳払いを一つして、


「それでは単刀直入に。制限時間というのは、世界膜の歪みが直るまでの時間。つまり、ミステリースポットがなくなってしまう時間のことだよ」

「な、なくなるんですか?」


 問うた俺への返しは肯定。


「世界膜が動いた結果、薄い部分ができてそこがミステリースポットとなった。なら、そこが薄くなくならない可能性はどこにあるというのだね? 動的に膜が薄くなったのだから、そこが薄くなくなるのは当たり前のことだよ」


 世界膜が薄くなくなってしまえば、ミステリースポットはミステリースポットでなくなってしまう。

 そうなってしまったら……俺は、元の世界に帰れない?


「他のミステリースポットを探すのは不可能だろうね。世界中のどこに、いや宇宙中のどこに、何日後、何ヶ月、何年後にできるのかもわからないのだ。それを探すとなったら、無謀としか言えないね」


 偶然が続くなどありえない。

 そのことは、菊地原先生がさっきから何度も言ってきたことだった。


「だから今のミステリースポットがなくなるまで。それが制限時間となる。そこまでは理解できるね?」

「はい、なんとか……」


 ここで見栄を張る意味などなく、だから俺は正直に答える。


 わからなくはない。

 でも、一気に詰められたら情報を完璧に理解するには至らないわけで……。


「まあ、それで十分だ。理解を放棄しなければ構わんよ」


 菊地原先生は頷いていた。


「そして、君たちがセックスしなければいけない理由、だったね?」

「は、はい」


 できればセックスともろに言うのはやめてほしい。


 俺がウブだとかそういうのではなくて、気分的には、高校生くらいの保健の教科書でマスターベーションなどの言葉を朗読させられたときのよう。

 その単語を知らないわけじゃないし、それ自体に恥じらいを感じるわけでもないのだが……ただ、慣れない。そんな感じ。


「その理由は単純明快」


 次ぐ菊地原先生の言葉に、


「セックスした方が手っ取り早いからだよ」


 一度、思考が停止した。


「そ、それだけ……?」

「ああ、それだけだが何か?」


 いや、何か? ってさも当然のように言われても……。


 手っ取り早い?

 それは、俺がレズビアンについて知る意味で?


 そりゃあレズビアンのゆたかとセックスしたら、その手の知識を実体験で叩き込まれるだろう。


 今朝、ゆうなに襲われて否応にも知ったことはいくつもあるのだ。

 それを教えようという意思で行ったなら、効果は何倍にもなるに違いない。


 違いないとは思うのだが、


「セックス……しないとダメなんですか?」


 それは、そんなに軽々しいものじゃない。

 そう思う俺は、何か他に手段があるんじゃないかと思った。


 っていうか、よくもまあこのオッサンは軽々しくセックスしろだの言えるものだ。

 同性だから生殖行為にこそならないにしろ、それは性的な行動。


 それも友人に対して、だ。


 もっとも、ゆたか自体は今日出会ったばかりのあかりの友人だが、その存在は俺の友人であるたくやと同位置のもの。

 別人として考えるにはあまりに共通点が多いし、正直言って無理だ。


 こうしてゆたかと普通に話せるのも、相手にたくやの面影みたいなものが見えているから。

 もし全くの初対面だったら、こうまで親しくは話していなかっただろう。


 だからこそ、俺はゆたかをたくやと同義の友人として見ているのに、その友人とセックスだなんて……。


 ぶんぶんと首を振る。


「無理むり! 絶対無理だってば!」

「そんなに私が嫌なのかい……?」

「あ、いや……」


 いきなりしょんぼりとした声をゆたかから掛けられ、焦る。


 正直な感想、ゆたかは可愛いし、綺麗だと思う。


 すらっと伸びた手足に、無駄な肉の見られないスマートな体型。

 モデルとしても通用しそうなそれに、顔も鼻筋の通ってしっかりしているときた。

 唯一非の打てる薄い胸も、全体のフォルムを考えれば、なくてはならないバランスを担っている。


 つまり、かなりの美人。

 強く迫られれば、そう簡単には断れないほどだろう。


 でも……でもなあ……。


 ゆたかとセックスするにあたって、やっぱり色々なことが引っかかる。


 俺が男ではなく女のあかりの体であるのもあるし、ゆたかがその同性であるものある。逆に男でも嫌だっただろうが。


 友人であるのも引っかかる。


 それに、一番大きいのは、ゆうなという恋人がいることだろう。


 今は喧嘩してしまってるとはいえ、交際が解消されたわけではない。

 だから俺とゆうなは、俺の知っているゆうなとは違えど、付き合っているのは変わらないわけで。


 となれば、ゆうな以外の人とセックスするのは……。


「私は構わないんだよ? むしろ望むところなくらいで」

「あー、うん。そうだね、そうだろうね」


 俺に襲いかかろうとしたくらいだしな。


「でもなぁ……」

「そうも言ってられないのだよ、あきら君」


 割って入ってきたのは、菊地原先生。


「制限時間の件、忘れたわけではあるまい?」

「あ……」


 そういえばそうだった。


「その制限時間って、具体的にはどれくらいなんですか?」


 聞くのは俺。


 こうも菊地原先生が急かすのだから、その制限時間はそれなりに差し迫ったものなのだろうと思う。


 一ヶ月?

 いや、一週間?


 まさか一日しかない、なんてことは、


「一日だよ。君が入れ替わってからね」


 そのまさかでした。


 って――


「それまずくないですかっ!?」

「うむ、まずいな」


 一日って言ったら、相当時間がない。


 今は四時に差し掛かるころ。

 俺が入れ替わったのは夜中の零時。


 となると、残りは八時間なわけで……って、


「……あれ?」

「どうしたのかね?」

「八時間、ですよね? 残り時間は」

「単純な引き算でそうなるね」


 だとすれば、


「八時間って、微妙に少ないわけでもない?」


 一日の内の三分の一。

 急に聞かされたときは焦ったが、意外と多いような気がしないでも……。


「多いなんてことはない」


 ぴしゃりと、菊地原先生ははっきり言いのけた。


「考えてもみなさい。君はまだこの事象の解法を知らない。全くの無知の状態だ。そんな状態から起こす行動に、八時間という時間は少ないはずだ。例えば、私のプランで行うとすると――」


 菊地原先生の言う、これから俺が行うべき行動は三つ。


 ゆたかとラブホテルに行き、レズビアンについて理解する。

 ゆうなと会い、理解した内容を踏まえて原因を探る。

 俺の家にあるミステリースポットに行き、見つけた解決方法で元の世界に戻る、だ。


 これらを残りの八時間以内に遂行しないといけない。


「どのくらいかかるかな……?」


 まずは最初、レズビアンの理解まで。


 俺とゆたかがラブホテルへ向かわないといけないのだが、同性の入室が許可されるラブホテルは少ないらしく、どうしても大学から遠いところになってしまうらしい。

 となるとある程度は移動時間がかかるだろうし、到着した後、その中での休憩時間も必要だから、俺がレズビアンについて理解するのに、最低でも二時間半ほど、だろうか。


 次は、ゆうなのもと。


 ゆうなは自宅に帰っているころだろうから、そこまでは電車移動になるし、その前にラブホテルから駅までの移動時間もかかる。


 大学に行くまでのことを思い出すと、ゆうなの家の最寄り駅まで電車で行くのに、あかりの体は辛いかもしれない。

 夜の八時過ぎと言ったらまだまだ帰宅ラッシュの真っ只中だろう。この貧弱な体で最短時間で向かえるか、いや無事にゆうなの家の最寄り駅に降りられるかさえ危ういかもだから、念のため、到着時間に余裕を持って考えないといけないと思う。


 駅に着いたら、ゆうなの家までの移動時間。

 俺の体だったら十五分もしないうちに着くけど、あかりの体ならもう少しかかるだろうい、二十分くらい見ておくか。


 ラブホテルを出てからゆうなに会うまでは、だいたい一時間半ほどか。


 ここまでで合計四時間。残り時間の半分。


 工程的にはちょうど半分なのだろうけど、本質的なのは後半からだ。

 どうにかしてゆうなから原因を探って解決方法を見つけ出し、それを再現しなくてはいけない。


 その不明瞭な、どうすれば成功できるかもわからないそれにかけられるのが四時間。


 すんなり原因が見つけられるとは思えないし、原因から解決方法を探り出すのもきっと大変なことだろう。


 解決方法がわかったところですぐに再現できるものとは限らないかもしれないし、何度かトライアンドエラーを繰り返すことだってありえそう。


 いや、前半に関しても、レズビアンについて学べる機会は、たった一回のゆたかとのセックスだけなのだから、それでどこまで知れるかわからない以上、予定よりもかかってしまう可能性がある。


 ……なるほど。


 やっぱり、きついかもしれない。


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