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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
二つの可能性
42/116

想定しうる最低と最高のセクハラ


     *


 菊地原先生が最初に切り出したのは、話の切り口のように、最悪のケースから。


 最悪こそ一番に話し、必要なことは後でじっくりと。

 そういう算段らしかった。


 対し、俺とゆたかはそれに反論なく、話は進む。


 ――最悪のケース。


 それは、俺がパラレルワールドに来たことが、全くの偶然であること。


 菊地原先生が言うに、それが最も危惧しなければならないケースであり、もしもそうであった場合、どうにもならないケースだと話していた。


 どういうことなのか?

 そう問いかけたところ、返ってきたのは冷淡な口調で一言。


『偶然を人に操ることは、絶対にできない』


 そう言っていた。


 偶然とは、直接的な原因に結び付かない、間接的な理由にのみ影響される事象のことだ。


 例えば、渋谷のスクランブル交差点で、人通りの多い昼間に旧友とばったり再会したとする。


 これが偶然であるのは、言うまでもないことだろう。

 自分がいつ渋谷のスクランブル交差点を通行し、旧友がいつそこに来るのか。

 示し合わせてもいないそれが起こるなど、確率で表せばとんでもなく低い数値であるのは想像に容易い。

 仮に示し合わせていたとしても、渋谷のスクランブル交差点でばったり会うなんて、相当な難易度だ。


 これは人通りの多い昼間、というのがネック。

 人の流れというのは、非常に強い力を持っているため、例え俺が非力なあかりの体ではなく本来の俺の体だったとしても、人波に逆らって進むのは非常に億劫だ。


 それ故に、もし示し合わせて渋谷のスクランブル交差点で落ち合おうとするなら、まず人波をかき分けられる力。

 次に、再会しようという相手を人ごみの中から発見できる身長。

 そして、うまく渡り歩ける運が最低条件となる。


 もっとも、現実にはそんなことをする意味なんてないが、わかることがある。


 ――偶然を模倣するだけでも、膨大な労力を必須とする。


 そう、菊地原先生は言っていた。


 そして、着目すべき点はもう一つ。

 そうまでして得られるものは、所詮模倣に過ぎないということ。

 これは当たり前のことであり、最も重要であると、菊地原先生。


 先の例で言おう。


 渋谷のスクランブル交差点で旧友との再会するというその偶然を模倣するために、前もって旧友と二人で計画をしなければならない。

 現地の渋谷のスクランブル交差点を下見すべきだろうし、人の流れを確認すべく何度も予行する必要もあるだろう。


 そして、多くの時間を掛けて実行、遂に成功に至ったとする。


 が、疑問。


 果たしてそれは“再会”と言えるのだろうか。


 この場合、頑張って模倣したところで、再会は計画を練る時点で成っているだろう。


『再会を装った、ただの顔合わせに過ぎない』


 偶然を模したものは、偶然と同じ巡り合わせになるとは限らない。

 むしろそれは絶対にないのだと、菊地原先生は言っていた。


 人は偶然を作り得ない。


 その解釈で考えた時、出る最悪のケースが先に述べたもの。

 原因が全くの偶然であった場合だ。


 何年かに一人、いや何十年間に一人、今の俺のような現象になる人間がいたとする。

 遺伝ではなく、環境でもなく、条件でもない。

 ただ、宝くじの一等を連続で当てるような超低確率でそれが決められた場合。


 引き当てられた人間は、どう対処すればいい?

 何の理由も原因もなく、ただの運で当てられ、どうすればいい?


 再び引き当てるのを待つのは不毛だ。

 ただでさえ尋常でない確率で当てられたに過ぎないのに、それが二度連続当選?

 ありえない。

 確率論で語るならそれはたしかにありえないことではないのだが、感覚的には到底ありえないことだと思えてしまう。


 つまり、それが最悪のケース。


 俺は、「ゆうなだけが例外の反転世界」に来てしまった。

 理由は、ただの偶然。


 俺にもゆうなにも関係なく、ただただ容赦なく選ばれただけだとすれば……。


 それは絶望。


 元の世界に返ることなど、到底叶わないだろう。

 それこそ、奇跡が起きない限り。


 だからこそ、願うべきは必然性。

 意図的な要因。


 何かしらの理由を持って、この世界の自分と入れ替わってしまった、その可能性だ。


 先述より、それが単なる偶然である場合、人が叶えるのは不可能に近いと明らかになっている。


 だから、取るべきはその逆。


『人が作り出した事は、必ず人が作り出せる』


 その当たり前のことが、背理によって確たるものとなっているのだ。


 それはそうだろう。

 人は所詮人としての力しか持ち合わせていない。

 故に人が作り出した現象は、必ず他の人も成し遂げることができる。

 それが簡単なことであれ、難解であれ、間違いない。


 だから、菊地原先生はこう言った。


『ゆうな君が犯人であることを望もう』


 それは悪としてではない。

 間接的な原因をゆうなが作り出してしまったがために起きた事故。

 そうであることを望もうと言うのだった。


 それがどういうことか。


 例えで示すなら、ゆうなが俺とあかりが入れ替わることを望んでいた場合。

 ゆうなを見れば実際そうでないのは一目瞭然だが、仮にそうだと考える。


 まず、ゆうなが俺とあかりが入れ替わることを願っていたとする。

 が、それは願っただけで、ゆうな自身はそれ以上のことをしていない。

 なのに、叶った。

 どういった経緯か、理由なのかを知るのに意味はない。

 ただゆうなは願って、それが叶ってしまった。

 結果が、現状であったとする。


 ならば、ゆうなにもう一度願わせるのが解決策だろう。

 俺とあかりの人格が元あるべき場所に戻るよう、そう望んでもらう。

 それがもう二度と叶わない可能性は孕めど、叶う可能性だってある。

 仮にも一度は叶った願い。一度も叶えられていない人物が願うよりは良いだろうし、もし本人の気づかぬところで、ゆうなが叶えられる力を持っていたとしたら確実。


 つまり、どういった形であれ、ゆうなが絡んでいれば、ゆうなを通して解決法に近づける。


 また、ゆうなでなくとも同様。人が絡んでさえいれば、対処のパターンが生まれる。それに沿い、行動すればいいのだから。


 だから菊地原先生は言っていた。


 俺に、レズビアンについて学べ、と。


 理由は、何らかの形でゆうながレズビアンであることが原因に関わっている可能性が高いから。


 ゆうなは、俺の世界とこの世界を比較したとき、世界間のルールから外れた唯一の存在だ。

 他の全ての人が性転換しているのにも関わらず、ゆうなだけが例外。

 ただ一人、性別を変えることなく、あかりの彼女として、いた。


 加えて目につくのが、ゆうなの性的指向の変化。

 ゆうなは、俺の世界では異性愛者だった。

 なのに、この世界では、まるで恋人である俺の性転換に合わせたように、同性愛者になっていた。


 これらが示すことの意味はわからない。

 しかし、あからさまに浮いているのは誰の目にも明らか。


 だからこそ、そこが一番可能性があると踏み、行動すべき。

 菊地原先生がそう言い、ゆたかも同意。


 俺も反論はなかった。


「だから、可能性は二つある」


 菊地原先生がそう言うが、次句を待つ必要もない。

 今までの説明を受けていれば容易に想像がつく。


 一つは、原因が偶然であること。

 そして、誰かの手が加わった必然であること。


 ――偶然と必然。


 そのうち、俺が望むべきは後者一つである。


 俺がそう告げると、菊地原先生は満足そうに頷いた。


「そう、その通りだよ、あきら君。なかなかこの手の話にも理解があるようだね」


 まあオカルト系の話は、元の世界でたくやから散々聞いていたから、少なくとも拒否するつもりはない。

 だから、理解ある方と言えば、そうなんだろう。


「もし良かったら君もオカルト研究部に入らないかい? ゆたか君も一緒だよ」


 それは結構です、と断ると、菊地原先生は残念そうに小さく笑った。


「勧誘ならあかりにどうぞ」

「それもそうだね。失礼した」


 俺は、これから元の世界に戻るために動く。

 なのにこの世界のオカルト研究部に入るなど、考えるまでもなかった。


 もっとも、向こうのそれに入る気もあまりしないのだが。


「さて、これからについてだが、」


 言うのは菊地原先生。


 これからについて、と言うのは、やはり俺のことだろう。


 相変わらず鼻をつまんでいるゆたかを横目に苦笑しながら聞くと、


「君たちにはセックスをしてもらいたいと思う」


 ……。


 ……えっと?


「今、何て……?」

「だから、君たちにはセックスをしてもらう。当然同性愛のセックスだがな」


 ……これは、何だ?


 意味のわからない冗談?

 それともオヤジのセクハラ?


 前者だとしたら死ぬほど笑えないし、後者だとしても、例え両者共に貧しい胸元であることを加味しても、十分に訴えられるレベルであって……。


 ほら、ゆたかだって絶対に引くか軽蔑するかの表情を浮かべて――


「先生、たまには良いこと言いますね」


 皮肉交えて賛同しちゃってるーッ!?


 予想外のゆたかの言葉に、菊地原先生はそうだろうそうだろうと頷いている。


 が、俺は口をあんぐり。


(な、何を言っているんだ、ゆたかは……)


 俺の想像の斜め下をいくゆたか。


 もはや菊地原先生に対する尊敬の念がないのは定番だが、何故ゆたかは、菊地原先生の意味のわからない意見に賛同を……?


『先生、今から訴えるんでそこを動かないでください。もちろん近づくのは二つの意味でダメです。やめてください』


 先ほどまでの言動で刻まれた俺の中のゆたかのイメージでは、罵倒染みたことを早口で言うのだろうと思っていたのに……。


「ゆたか、お前……マジなのか……?」

「私は真面目さ。少しセクハラ臭がするけど、概ね同意だよ」


 少しどころのセクハラ臭じゃないと思うのだが……。


 そもそも、


「何でそんなことする必要があるんですかっ」


 自然と語尾が荒くなった。


「レズビアンについて知るなら話を聞いたりするだけで十分じゃないですかっ。なのに、いきなり実践なんて……」


 菊地原先生がそう言ったのは、おそらく俺が言った通りの理由だろう。


 目指すところが、レズビアンについて知ることなのだ。

 納得はいかないが、知ることへの行為の一つであるのに間違いないが……。


 それも友人であるゆたかと、なんて……想像できなかった。


 が、菊地原先生は言う。


「そうしなければ、間に合わないかもしれないからだよ」

「間に合わない……?」


 菊地原先生の言う意図を理解できずにいると、


「先生、それはどういうことですか?」


 隣の高い位置から、ゆたかの疑問が聞こえてきた。


 これに関しては、どうやらゆたかも解せないことらしい。


 間に合わないとは、一体何のことだろう?


 そう勘ぐり入れようとするが早いか、菊地原先生は口を開いた。


「あきら君が元の世界に戻るのに、だよ」

「え……」


 声を漏らしたのは俺だった。


「ま、間に合わなくなるんですかっ!?」


 菊地原先生が言うのは、制限時間。


 そんなこと、俺には初耳で、


「いつですかっ!? 何時に戻れなくなっちゃうんですかっ!」

「まあ、落ち着きたまえ」


 菊地原先生がそう言うのと、肩にゆたかの手が置かれたのはほぼ同時。


 落ち着きたまえと言われても、そんな大事なことを言われては焦るに決まっている。

 俺をなだめかせようという二つの意思に、渋々ながらも閉口した。


 代わりに次の句を繋ぐのはゆたか。


「制限時間なんてものがあるんですか?」

「ある」


 頷きの返答。


「それを逃せば、戻れる確率が大いに下がってしまう制限時間がね」


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