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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
オカ研部長との邂逅
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謝罪と招集


「ほ、本当にごめん……」


 勢い良く振り下ろされた俺の右手が、清々しい音を立ててゆたかの頭を叩いたからだろう。

 珍しくきょとんとした顔になるゆたか。


 それに可愛らしさが垣間見えたが、それよりも。


「何、人の耳舐めてんだ! 変態か!」


 右足で強く床を踏み、怒りをあらわにする俺。

 未だに座り込んでいるゆたかの眼前で、腰に手を当てて仁王立ち。


 そこから大口を開けて、


「何であんな暴走をしたのか詳しく説明し、て……」


 尻すぼみに詰まる言葉。


 理由は、俺が目を向けた視線の先。

 ゆたかが自身の正面を――俺の脚を見て息荒く、


「あ、あかりの生足……」

「暴走禁止っ!」

「いたっ」


 本日三度目の右手が披露された。


「痛いなあ……」


 ゆたかが患部の頭を擦るが、さすがに二の舞を演じるわけにはいかない。


 学習した俺は、バラバラに落ちている本を避けて距離を取る。

 ゆたかの座り直した席から机を挟み、直接手の届かない位置を陣取った。


「さあ話してもらおうじゃねえか」


 脅しの意味も含め、座ってこちらを見上げているゆたかに対して睨みをきかせる。


「強気ぶる姿もなかなか……」


 一歩下がった。


「はは、冗談だよ。もう頭を叩かれるのはこりごりだ」


 冗談には聞こえなかったんだが……。


「まあ、さっきは本当に済まなかったと思う。携帯電話で撮った写真を見られて、動揺してしまってね」


 ジーンズに包まれた長い脚を組むゆたか。


「そこに可愛らしく責められてしまったものだから、つい理性のたかが」

「いや、可愛らしく責めてなんか」

「すごく可愛らしかったよ?」


 可愛らしかったとか、笑顔で言わないでくれ……。


「それで、結果的にこんなことになってしまった。謝るよ。ごめん」


 そう言って、ゆたかは一礼。


「まあいいけど、」


 原因はゆたかであれ、突き飛ばした俺にも責は少なからずある。

 だから、それは両成敗として済まそうと思う。


 でも、思うことが一つ。


「もしかして、ゆたかって……レズ?」


 疑問は、口について出た。


「レズとは失礼だな」


 むすっとむくれたように眉尻を上げるゆたか。

 ありゃ、もしかして禁句に触れたかなと思ったが、


「せめてビアンと呼んでくれ」

「どっちも変わんねえよっ」


 突っ込みのつもりだった。


 が、続く言葉はゆたかの真摯な視線によって止められる。


「変わることだよ。レズは、私たちからすれば蔑称に近い表現だからね」

「え、そうなのか……?」

「ああ。例えるなら、日本人を黄色人種と呼ぶようなものかな。気にしない人もいれば、過剰に嫌悪感を示す人もいる」


 振り上げた右手は行き場を失い、おずおずと体の横におさまった。


「まあ君がそういうつもりで言ったのではないことはわかってるよ。でも、どうしても好かないんだ」

「そうか……なんか、ごめん」


 ゆたかの表情が緩んだ。

 微笑み。


「ううん。わかってくれたらいいんだ」

「うん……」


 俺はレズビアンについて詳しいわけではない。


 現に略称は「レズ」で正しいとばかり思っていたし、「ビアン」と呼ぶなんてことを、今初めて知った。

 無知を盾に知らない振りを通すつもりはない。ただ、申しわけないと思った。


 俺……ゆうなに「レズ」って言わなかったかな……?


「さて、話を戻そうか」


 話を区切るように、ゆたかは椅子に座り直し、脚を組む。


「たしか、連絡先の交換の途中だったね。悪いけどやってくれるかい? またおかしなことになったら嫌だからね」

「ああ、わかったよ」


 ゆたかは携帯電話を机に置く。

 俺の警戒心を汲み取っての行動だろう。机に置かれたそれを、俺は受け取る。


 端末の状況は変わらず、先ほど見たあかりの写真のホーム画面になっていたが、これ以上の言及はしなくていいだろう。きっと、先ほど見せた暴走のように、後先考えずに勢いで撮ってしまったのだ。


 俺はゆたかの携帯電話を操作し、さっき準備を終えていた俺の携帯電話も操作して、連絡先の交換完了。


 その終わりは、途中までのごたごたと反してあっさりとしたものだった。


「はい、できたよ」

「ありがとう」


 携帯電話を手渡すとき、ふと、ゆたかの手を見る。


 細く女性らしい手だが、やはり身長に見合うだけの大きさ。

 男の俺の手と比べても、あまり大差はないだろう。


 対して俺の、あかりの手はかなり小さい。

 普通からしても小さいのだろうが、ゆたかのそれと比べればさらに顕著だ。


 手のひらだけでもわかるこの体格差。

 それだけのものを、さっきの俺はよく突き飛ばせたものだなあ、と今さらながらに思う。


「次は菊地原先生への連絡だったね」

「あ、そういえば」

「ふふ、忘れていたのかい?」

「ま、まあ……いや、仕方ないだろ」


 ゆたかは、基本的には落ち着いた性格同様、思考もしっかりとしているらしい。


 その返答の通り、俺は菊地原先生へ連絡すること自体を忘れていた。


 自分のことなのに……と情けなく思うが、まあ色々あったのだ。

 ゆたかが携帯電話を持っていることに驚いたとか、そのホーム画面が盗撮されたあかりだったとか、レズビアンであることのカミングアウトをされたとか。


 ……まあ、そんな自分への言いわけ。


「じゃあ連絡するね」


 情けない気持ちが顔にも出てしまっていたのだろう。

 おかしそうにくすくすと笑ったゆたかは、少しの操作の後、携帯電話を耳に当てた。


 電話はすぐに繋がったらしい。


「もしもし先生ですか? 菅原です。実はお願いがあるんですが」


 そう切り出し、少しの間。


「ええ、事情は部室で。じゃあお願いします」


 おそらく二つ返事で決まったみたいだった。

 あっという間に通話を終えたゆたかは、こちらに向けてにっこり微笑んだ。


「すぐに来てくれるって」


 連絡先の交換と同様、ためた割りにはあっさりだったなあ。


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