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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
オカ研部長との邂逅
33/116

オカルトな女にご用心


 ホーム画面にあかりの写真。


 果たして、ホーム画面に友人の写真を設定している人はどれほどいるのだろうか。

 友人たちと撮った楽しい思い出、とかならあるかもしれないが、俺が見たのはあかりが一人だけで写っているもの。


 しかも――


「あっ、それは……っ!」


 慌てて手を伸ばしてきたゆたかに背を向けて避け、確信した。


 ――これは盗撮写真だ。


 写真を撮られるとき、被写体の人物はカメラを意識する場合が多いだろう。

 撮られることを承諾しているのなら、カメラに視線を合わせるなり、視線を外しても撮られることを意識した感じになったりするはずだ。


 しかし、このあかりの写真はそうではない。


 ワンポイントの入った白いTシャツに藍色のジーンズといったシンプルな服装を身につけたあかりが、カメラの方向ではないところに向いている。


 どこかに向かって歩いている途中なのだろうと推測できる構図だが、特に写真に映えるような場所ではなくて、よく見れば俺も知っている大学の構内のなんてことのない場所。

 果たして撮影の許可を得た人物が、わざわざそんなシチュエーションで撮るだろうか。


 しかも、解像度の低くなったそれ。

 明るい時間に撮られているのだが、恐らく遠くから撮ってズーム機能を使用して画像が引き伸ばしたのだろう。

 なんとかあかりと認識できるが、粗い画質になっている。


 最近買ったとだけあって、ゆたかの携帯電話は新しい機種。

 それで普通に撮ったのなら、こんな写真になるわけがないだろう。


 さらには、先にゆたか自身が言っていた「この携帯電話を買ってからあかりに会っていない」という言葉。


 これらを踏まえて考えると、もう揺らぎようがなかった。


「ゆたか、お前……」

「違うんだっ」


 荒い一息。


「これはたまたまあかりを見つけたから撮っただけで、他意は何もないんだっ」

「いや、たまたま見つけたからって撮ることは――あっ」


 その発言と共にゆたかは素早く長い手を伸ばして、今度こそ携帯電話を奪取する。


 盗撮は良くないことだと、他人ごとながら思う。


 何も肖像権云々を語ることもない。

 ただ、本人の意図しないところで勝手に写真を撮るのは、いささかモラルに欠けると思うのだ。


 それにゆたかなら、


「友人なんだからさ、何も盗撮しなくても」

「盗撮じゃないっ」


 ……まあそうしておこう。


「別に遠くから撮らなくても、本人に頼めば一枚くらい撮らせてくれるだろ? なんだってこんなことしてるんだよ?」

「そ、それは……」


 どもるようにゆたかは言葉を詰まらせた。


 知らない人相手じゃあるまいし、写真の一枚や二枚くらい撮らせてくれるだろう。

 俺なら構わない。その立場と同じくするあかりなら、拒むとは思えないのだ。


 だから理由を聞かんとして、ゆたかの顔を見上げたとき、


「……可愛いから」

「……え?」


 その目は、爛々と妖しく光っていて、


「か、可愛いからに決まってるじゃないか!」

「ぅわっ!?」


 思い切りの力で抱き寄せられた。


(だ、抱き……!?)


 いきなりのことに頭がついていかない。


 ゆたかの顔は俺の真横。


 俺の口元は鎖骨に押し当てられ。

 大きなゆたかの体は小さなあかりの体を包みきり、密着。


 お、俺、抱き寄せられてる……? ゆたかに?


 前のめりにゆたかに引き寄せられ、背中を反った体勢。


 眼下には、ゆたかの薄い胸。


 カップはあかりのそれに同等、いやそれに達しているかどうかさえ怪しい程度。

 つまり、極薄。


「ううぅ……この抱き心地……っ。はあ、小さい……可愛い……っ」


 何か悦に入ったようなゆたかの声に、ハッと我に返った。


 こんなまな板を見ている場合じゃない。


「は、離せって! このっ!」


 ゆたかの背中を叩く。

 けれど、抱き込まれる姿勢ではろくな力が入らない。


「あかりぃ、可愛いよあかりぃ……っ」


 背中に回されたゆたかの長く細い腕は力強いまま。

 離れる気配は、まるでない。


「ちょ、は、離れ……! ゆた、か……っ!」


 切り替えて、両手でゆたかの肩を押す。

 が、びくともしない。


 むしろ押し倒さんばかりの勢いでハァハァしていて――


(お、押し倒される?)


 ゆたかの甘い息が耳にかかって、ぞわっと嫌な感覚が巡る。


 このパターンは、もしかして……


「あかり、可愛いよお……」


 ぺろりと、耳たぶを舐められた。


 ――火事場の馬鹿力というものの正体をご存知だろうか。


 諸説あるらしいのだが、人間はその細胞に余計な負荷を掛けないために筋力をセーブしており、力いっぱいと思っていても、三十パーセント出ればいい方らしい。

 もしそれ以上を出し続けようものなら、力に耐えきれなくなった筋肉細胞が破壊されてしまうためのセーブらしいのだが、使いどころはある。


 それが咄嗟のとき。


 身を守る本能が本来の限界を破り、思いもよらぬ力を発揮することができる。

 人はそれを火事場の馬鹿力と呼ぶのだ。


 ゆたかに耳たぶを舐められたとき、おそらく俺の中のそれが発揮した。


「ぅぎゃあああああっ!?」

「わ……っ」


 鳥肌の大寒波と共に、俺は予想を遥かに超えた力でゆたかを突き飛ばした。


 瞬間、聞こえたのはゆたかの小さな声のみ。


 が、それはすぐに破られる。


 この部室は狭い。

 入室当初に感じた事実に加えて、ゆたかの座っている椅子がキャスター付きだったのが災いした。


 俺に突き飛ばされたゆたかは、勢いそのままに椅子ごと滑っていき、棚にぶつかる。


 ――衝撃。


「あ……」


 それはどちらの声だったか。


 事実認識の目前。

 本棚から、様々な物がゆたかの上から降り注ぐ。


 プリント。ノート。そして分厚い辞書。

 それらが自由落下を見せ――


 バタバタと激しい騒音を巻き立てた。


「ゆ、ゆたかっ!?」


 本棚の内容物、その三割がゆたかに向かって落ちた。

 激しく重い音を立て、その衝撃からかゆたかは椅子から転げ落ちる。

 したたかに腰を打ち付けた音。


「大丈夫かっ!?」


 乾いた埃の舞う中、棚に背を預けて座り込んでいるゆたかに駆け寄る。

 辺りに散らばった辞書の類が視界の隅に映り、嫌な予感が巡った。


「お、おい! ゆたか!」


 両肩を揺らす。が、様子はぐったり。

 足は投げ出され、頭も垂れ。

 力のいちるも入っていないように見えて――


「ん……」


 反応があった。


「いたた……」


 どうやらぶつけたらしい後頭部に手をやり擦るゆたか。

 それを見て、安堵の息を漏らす。


「良かった……洒落にならないかと思った……」


 気が抜けて、緩んだ声帯から思いがそのまま溢れ出した。

 対して、ゆたかは大したことのないように笑う。


「いやあ、あかりにそんな力があったなんて思ってもみなかったよ。驚いた驚いた」


 俺としても、ゆたかを突き飛ばせるとは考えもしなかったわけで。

 過失とはいえ、ゆたかには危ない目に遭わせてしまった。


 それを詫びようと


「ゆたか、本当にごめ――」


 言いかけて、はたと気付く。


「――んって謝れ変態っ!」


 原因がゆたかだったことに。


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