必要なのは原因か
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結論から言うと、話の進展は少しだけだった。
俺の世界とゆたかの世界、そして俺の周りの人間関係も非常に酷似していた。
日本は日本だし、民主主義で兵役はないし、議会もある。
俺たちの通っている大学の偏差値は同じだし、大学で取ってる授業も同じで、制度も何も変わりない。
俺とたくやが友人だったように、あかりとゆたかは友人で、俺とあかりの恋人はゆうな。
その他にいくつかあげた友人たちの関係性も変わりない。
もしかしたら詳細まで詰めれば差異が見つかるのかもしれないが、口頭でやり取りできる情報ではこれで精一杯。
というよりも、そこに注力するべきではない、というのが正しいか。
決定的な例外が一つ、あったのだ。
「あの木田が――女?」
「あの、と言われても私にはわからないけどね」
少し困ったように眉尻を下げて笑うゆたか。
一方で、俺は酷く驚いていた。
木田、というのは俺たちの通っている大学の教授のこと。
担当教科は一般教養で、俺とたくやが初めて会った時の講義の教授だ。
俺の記憶を辿って出てくるのは、薄茶のよれよれスーツを着た、メタボリック体型の油ぎっしゅオヤジの容姿。
それはどこからどう見ても典型的な小太りオヤジで、間違いなく性別は男性。
なのに、ゆたかの言う木田は女であると。
「なかなかスマートな女性だよ。あの若々しい見た目で四十代後半というんだから驚きだね。大学内には彼女に恋している男子大学生が何人もいるとか、いないとか」
ゆたかが告げるのは木田の容姿。俺の記憶とは相違するものだった。
いや、なんていうか……マジで?
そして話を聞くと、どうやら違うのは木田だけじゃないらしい。
「実におかしな話だね」
相変わらず芝居じみた口調で話すゆたかに対し、頷く。
本当におかしな話だ。
――ゆうな以外、全ての人間の性別が逆転しているなんて。
聞けば聞くほどおかしな気がしてくる。
まず、元の世界では男友達の方が多かった俺が、あかりでは女友達ばかり。
それは同性の友人関係に偏っているという話ではあるのだが、ゆたかも知る共通の友人たちを照らし合わせると、いずれも性別が逆転している。
あと、たくやといつも一緒の守護霊。
いつも世話焼きだったのはおばあちゃんだったはずだが、ゆたかの世界ではおじいちゃんの方が世話焼きだと言う。
あげ句には、俺の知る日本の首相は歴代全ての性別も逆だった。
首相だけではなく歴史上の人物でさえも、名前を相応に変えて性別を入れ替えていたと聞いたときは、もう驚きを通り越して笑えるくらいだった。
「男女の立場が逆転している世界とは、実に興味深いね」
けど、とゆたかは続ける。
「一番気掛かりなのは君の彼女――ゆうなの存在だよ」
俺もそう思う。
全ての存在が逆転している世界の中でただ一人。
ゆうなだけがそれに逆らっているのだから。
ゆうなだけが例外に値する。
その事実をそのまま飲み込むのなら、
「ゆうなが何かしらの鍵を握っているだろうね」
「だよな」
代弁するようなゆたかの言葉に頷く。
唯一の例外ならば、そこに何かがあると考えるのは道理。
単純な思考かもしれないが、これはたった一つの光明だ。
原因の解明、そして解決に繋がる糸口かもしれない。
わらをもすがりたい気持ちの俺に、光にすがる選択肢以外ありえない。
だが、
「でもさ、ゆうなが例外だからって……どうしたらいいんだ?」
思った疑問を口にする。
もしゆうなが例外的だからといって、それに対してどうすればいいのかがわからない。
ゆうなに詰め寄ればいいのかというと、そうではない気がする。
ゆうなが超常的な力を持っているなら別。
俺とあかりを入れ替わらせた張本人なら、何かしらのアクションをもって説得すればいいだろう。
しかし、現実はそうではない。
ゆうなは、今さら考えるまでもなく普通の人間。
世界間の入れ替わりをさせるどころか、超能力の類だって持ち合わせていない普通の女の子だ。
現に、悲しいことながら、ゆうなは喧嘩の捨て台詞に『あかりに戻れるまで連絡しないで』と言ったのだ。
ゆうなが何かしらの超常的能力を持ち合わせていたのなら、そんなことを言わず、自分で行動した方がよっぽど早いのだから、そんなわけがない。
そんな普通の人間に、俺はどうすればいいのか。
だからこそ俺は悩む。
仮にゆうなが原因に関わっていたとしても、ゆうなが直接何かをしたというわけじゃないだろう。
可能性としては、何かしらの理由で原因の一因として巻き込まれただけに過ぎないのだろうと思う。
じゃあ、ゆうなの周りに直接的に手を出した人間がいるんじゃないかと張り込むか?
いや、こうしてゆたかと考えた結果、例外がゆうなだけだったのだ。
そんなやつがいるとは思えないし、仮にいたとしても理由は何だ?
どうしてゆうなを原因に見せかけ、俺とあかりを入れ替わらせた?
つまり、取り留めがないのだ。
ゆうなが原因に関わっているであろうことがわかっても、まだ行き詰まっている。
「私もわからないな」
そう切り出したのはゆたか。
俺と同じことを考えていたのだろう彼女は、困ったように眉尻を下げていた。
「できることなら、あきらもあかりも、あるべきところに戻るのが望ましいと思う。君の事情や、私があかりの友人である私情を含めてね」
机に両肘をついたゆたかは、自身の顔の前で指を絡めた。
「でも、私じゃ力不足感が否めない。聞いててわかるだろう? 私にはパラレルワールドの知識がない。ある人から聞いたことを浅いままに、現状を聞いて推測しているに過ぎないんだ。このままじゃ君の求める解答にたどり着けない気がする」
だから、
「その専門家に助けを請おうと思う。できれば頼りたくなかったけど……」
「頼りたくなかった?」
それはどうして? と首を傾げる。
「正直、私の苦手な人種でね。あまり関わりたくないんだよ。――先生には」
「先生?」
投げかけた問いに対するものは、頷きだった。
「このオカルト研究部顧問、菊地原先生だよ」