謀りの言葉は俺を試す
机の上で拳を握りしめる力さえ湧いてこない脱力した体。
思うのは悲しみでも憤りでもなく、喪失感だった。
「……っ」
天井を見上げ、無機質な明かりの蛍光灯に目がいく。
前に来たときには、もっと近くに感じたっけ……。
そろそろ寿命がきているのか、時折ジジジ、と小さく鳴る蛍光灯。
その無表情さに、下唇を噛み締めた。
これから、この小さな体で生きていかなくちゃいけない。
街を歩けば人の肩が視線にあり、電車に乗れば非力さを痛感させられる。
男の俺だったら、ありえないことだ。
なのに、それが日常になっていくなんて……。
……認められるかよ。
ふざけんな。
何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
褒美をくれたなら、俺はこんなの欲しがっちゃいない。
罰だったとしたら、他にもっと与えるべきやつがいるだろ。
理不尽だ。
ありえない。
だから、認めたくない。
認めてしまったら、何かを失ってしまう。
そんな気がしたから。
なんとか……。
「なんとかしなくちゃ……」
認めないのなら、何かしなければいけない。
時間の経過は、優しくも残酷だ。抉られた傷は癒やしてくれるが、覚えた違和感までも綺麗に整えてしまう。
きっと、失くしてはいけないものでも。
なのに、俺の口をつくのは曖昧な言葉。
具体案が出てこないのは、俺に知識がないから。
湧き出る焦燥感。擬似的な喉の乾き。
たくやが、ゆたかがわからないのなら、もはや自分でなんとかするしかない。
そうするしかないのに、具体的なアクションが一つも出てこない。
そもそもパラレルワールドの発想自体、元はたくやからの受け売りだ。
いつも心霊に関する知識を教えてくれていたたくやに、たまには別の話も聞いてみたいと言ったことがきっかけだったと思う。
――IFの世界。
人は生きてるうちにいくつもの選択肢に巡り合う。
選ぶということは、選ばなかったものを捨てるということ。
パラレルワールドは、その捨てられた選択肢の世界だ。
それを聞いた当時の俺は、そんな考え方もあるのか、と感心したものだった。
たくやから色々と現実離れした話を聞いてるうちにそれらに対して免疫がついていたから、純粋に受け取れた。
だから、俺はあかりと入れ替わって間もなくパラレルワールドの可能性に行き着くことができたわけだ。
……まあ、それがわかっても、それだけだからなぁ……。
「もしかして、元の世界に戻る方法を考えているのかい?」
見上げ、蛍光灯の逆光でまばゆいゆたかの顔に向ける。
返事は肯定。
上に向けて頷いた直後、背の高い彼女の顔が途端に晴れた。
「それはよかったよ」
胸の前で手を打ち、視線を合わせるためか隣の席に着いた。
「いやぁ、諦めないでくれてよかった。表情がだいぶ陰っていたから、もしかしたらって心配だったよ」
その言葉に、疑問。
「さっき「無理だ」って言っといて?」
責めるつもりはないが、事実として希望を絶ったのは他ならぬゆたかだ。
なのに、諦めないでくれてよかった?
いまいち読めない思考に、ただゆたかは微笑む。
「人の管轄できる力の範疇を超えたものに挑むわけだからね、結論を言うなら「無理」。だから嘘を言ったつもりはないよ」
けど、と挟む。
「君は――あきらは意思の有無に関わらず、一度その「無理」を超えた。一度超えられた「無理」なら、決して超えられない「無理」じゃないんだよ」
それはつまり……、
「俺を試したのか?」
「言葉の棘を考えずに言うならそうだね。決して超えられない「無理」でも、生半可な覚悟じゃ超えられっこない。せめて「無理」である事実くらいは受け入れてもらわないと、ね?」
いや、そんな大きな体で可愛く「ね?」と言われても……。