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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
オカ研部長との邂逅
24/116

菅原たくやとの邂逅


     *


 オカルト研究部。

 その名前を聞く限りでは、いかにも不可解な怪奇集団を思い浮かべるかもしれない。


 俺も初めはそうだった。


 怪談話とかそういうのが嫌いなわけではないが、UFOや幽霊なんてものを心の底から信じているわけではないし、それについてどうこう語ったこととはなく、なんなら少し恥ずかしい部類の話題だと思っている。


 そんな考えを持っていたから、俺はオカルト研究部に対してあまりいい感情を抱いていなかった。

 胡散臭いとか、根暗そうとか、そういう失礼なことを。


 だが、それはある事によって覆されることになる。


 大学一年当時はオカルト研究部に入ったばかり、現在では部長の任を勤めている人物。


 菅原たくやと講義の席が隣になったことがきっかけだった。


     *


「隣の席空いてる?」


 最初に話しかけたのは俺。


 たしか入学して間もないころだったか。

 二百人分の席はあろうかという広い講義室を用いる一般教養の授業が、最初の出会いだった。


「うん」


 特に何のリアクションも見受けられない、単調な肯定。

 固定された木製の席に座っていたたくやの返事は、たったそれだけだった。


 当時の俺は地元から一人で進学してきたため、大学周辺には一人の友達もいなかったため、俺は一刻も早く友達が作りたくて、同じく一人だったたくやに話しかけた。


 早く一緒に昼飯を食える友達がほしい。

 馬鹿話や愚痴をこぼせる友達がほしい。

 そんな心境からの行動。


 期待したのは、せめて愛想ある返事。

 だが、たくやから返ってきたのは淡白な頷きのみ。


 この反応は、ちょっと意外だった。

 というのも、俺が講義室に入ったとき、たくやは背筋を伸ばし、何かを探すように首を左右にキョロキョロとして辺りを見渡していたのだ。


 そんな様子を見て、たくやも友達になれそうなやつを探してるのだと踏んでいた。

 こいつも俺と同じかと、そう思って。


 入学当初はみんなそんなものだろう。

 一人は寂しいから、話す相手がいないから。

 そういった考えで友達作りに励むのが、学校入学当初における定番だと思っている。


 俺は辺りを見渡しているたくやの仕草を見て、きっと俺と同じ心境なのだろう、なら友達になれるかも、と思って近づいた。

 同じ目的なら互いに打ち解けようと努力し合うだろうし、もし気が合わなければそのときはそのとき。

 友達を作ろうと思ったら、自分から行動するのが一番の近道なのだ。


 だからこそ俺は、


「横、座っていいか?」


 そう、そのときはまだ名前も知らないたくやに問うた。


「別に」


 しかしたくやの返答はひたすら淡白なもの。


 お前は沢尻エリカですか、と突っ込みたくなったが、初対面でそんなことをするわけにもいかない。

 初対面の相手に沢尻エリカ返答をするたくやもどうかと思うのだが、当時の俺はめげなかった。


「じゃあ遠慮なく」


 そう言ってカバンを肩から下ろし、隣の席に腰掛ける。

 古くなっていたのか、俺が座ると木製の椅子と金属の留め金が軋みをあげた。


「ところで名前――」

「あ」


 まず最初は名前を知ることだろう。

 そう思って話しかけるなり、たくやは消え入らんかという小さな声をあげた。


 おかげで行き場を失った言葉が宙をさまよう。


 出会って数秒で沢尻エリカをされ、その数秒後には言葉を食われ。

 今に至っては、俺に対してそっぽを向いてしまった。


 そっぽを向いているというか、「あ」と声をあげたと同時に虚空を見つめた、という表現が正しいのだが、それでも話しかけた俺を無視し、よそを向いているのに変わりはない。


 もしかして俺、こいつに嫌われてる……?


 いやそれはないだろうと首を振り、自分の意見を否定する。


 たったの数十秒。

 たったの二回しか言葉を交わしていないのだ。


 それだけ僅か時間で嫌われるほど、その手の才能に恵まれてはいないはず。

 そう自分に言い聞かせ、どこか上の空になっているたくやに話しかける。


「どこ見てるんだ?」

「おばあちゃん」


 ……頭痛がしてきた。


 たくやの見やる先を、俺も同様にして眺める。


 そこにいるのは、授業開始前ということで木製の机の上に買いたての教科書を並べている学生や、すでにグループになっている連中がつるんでおしゃべりしている姿。

 もちろんそれらはすべて十代後半から二十代の連中だが、目の前のこいつは「おばあちゃん」を見ているという。


 見た目からの判断だが、こいつは俺とタメ程度。

 この年齢でおばあちゃんと言えば、六十代から七十代にかけてのはず。


 しかし、眺める先に見えるのは、どいつもこいつも背筋が伸び、肌にも張りがある年代の連中だけ。

 その中のどこを探しても、こいつの言うおばあちゃんは発見できそうになかった。


 ……からかわれているのだろうか、俺は。


 人とコミュニケーションを取るということにおいて、そこに己と相手の性格が反映されるのは言うまでもないだろう。

 会話を盛り上げようとするやつもいれば、相づちばかり打つものもいる。

 馬鹿みたいなことをして笑いを誘おうとするやつもいるし、ついていけない人もいる。

 様々な性格差が生まれるのがコミュニケーションというやつで、そこに合う合わないが生まれることも、先ほどと同様に言うまでもないこと。


 苦手な人種が存在する。

 つまり、そういうことだ。


(こいつ、苦手かも……?)


 コミュニケーション開始早々、この事態。


 相手をどうこう判断できるほど会話を交わしていない、というより交わせない。

 会話しようと話しかければ淡白に返され、さらに続ければぷっつり途切れさせられる。

 コミュニケーションのコの字も達成できてやしない。


 俺は話の会うやつが好きだ。

 一緒に馬鹿騒ぎできるようなやつが好きだ。


 だが、こいつは……。


 そう俺は、半ば諦めた気持ちで未だに「おばあちゃん」を見ているこいつを見ていた。


 この時、俺の脳内には二つの案があった。


 一つは、めげずに名も知らないこいつに話しかけること。

 せっかく話しかけたのも何かの縁。

 合う合わないの判断は一旦置き、短くともこの講義中は話してるのもありだと思う。

 よくよく付き合ってみれば第一印象とまるで違った、というやつも山ほどいるのだ。

 もしかしたら、こいつもその内の一人かもしれない。


 そして、もう一つ。

 こいつをとっとと見切り、他の候補を探すこと。

 まだ講義開始まで数分を残しているから、他に友達になれそうなやつを探すことぐらいできるだろう。

 先に第一印象云々について述べたが、逆もしかりだと思う。

 第一印象と違うやつもいれば、まんまのやつもいる。


 つまり、これは二択。

 我慢してみるか、諦めるか。


 その選択を見極めんと、今一度目の前のこいつを見たとき、


「菅原たくや」


 いきなり名乗られた。


「……はい?」


 いろいろと思案している最中にぽつりと言われ、誰がそれを自己紹介だと判断できるだろうか。

 もちろん俺とてそれをすぐさま理解するには至らず、少しの間をおいて問い直した。


 しかしその返答は、


「菅原たくや」


 俺は、こいつの主語を聞き取る能力がないのだろうか……。


「ああ、名前ね……」


 ただ言葉を漏らしたようにしか聞こえない呟きに、ようやく俺はこいつの名前が菅原たくやであることを知る。


 先ほど俺が『ところで名前――』と言いかけたことから、名乗ることを選択したのだろう。


 名乗り方は決して良いものではないが……まあとにかく、だ。

 相手が名乗ってくれた。


 それに合わせるなら俺も、


「あきらだ。よろしく」

「よろしく」


 割にあった返事がきて、少し嬉しい気持ちがした。


 俺はようやくたくやとまともに会話できたと、半ば上げかけていた腰を座席に据え置く。

 選択肢は一つにしぼられた。そう思って。


 そして腰を落ち着けたところ、改めてたくやの方を見ると、その容姿が目に飛び込んでくる。

 先ほどまでこいつの突飛な性格にばかり気を取られていたせいで、あまり容姿たるものを意識してなかったのもあるが、なんだか女みたいな見た目だな、という印象だった。


 パッと見で言うなら、体躯はかなり華奢だろうと思う。

 男の割りには線が細く、耳の中程までかかるストレートの黒髪。

 身長は、たくやが立っているところを見ていないからわからないが、隣に座っている限りでは低く見える。座高が特殊でなければ、百六十程度だろうか。

 低めの身長に細い体で、顔つきも中性的に見える。


「ところでさ、」


 俺からの切り出し。


 それに応じ、たくやがこちらに首を向ける。


「さっきの「おばあちゃん」って、なに?」


 それは疑問。

 俺の中で解決し得ないので、聞くほかない。


 まるで“俺には見えないものが見える”ような物言いに、どうしても納得できなかった。


 そんな、まさか幽霊でも見えるわけじゃあるまいし――


「守護霊」


 長いまつげを向けたたくやは、淡々と告げてみせた。


「しゅ、守護霊?」


 守護霊って言うと、やっぱり幽霊の類のあれ?


「おばあちゃんとおじいちゃんが憑いてる」

「そ、そうなんか」


 なんというか。

 ただ曖昧に頷くことしかできない俺を、誰が責められよう。


 俺は決して幽霊否定派ではない。

 真夜中に怪談話をされれば相応に怖がるし、その後に風呂やトイレに行くのは躊躇われる。

 鏡を覗いたら……ドアの隙間から……。

 そう思うと、夜、布団の中にいることさえ嫌になることだってある。


 だが、それと今回は別だ。


 真っ昼間の、幽霊の「ゆ」の字だって出てこないようなこの時間。

 夏でもなくポカポカと暖かい春の季節に幽霊話。

 しかも怖がらせる目的ではなく、ただの事実として伝達された言葉だ。

 それをどうして素直に受け入れられるというのか。


 決して否定派でもなければ頑固たる肯定派でもない俺に、どうすればいいというのか。

 はなはだ疑問ではあったが、この数分後、俺は思い知らされることになる。


 たくやが、本当の本当に祖父母連れであることを。


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