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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ちょっと臭うんです
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見上げれば一人


 俺が愛されてないというなら、ゆうなも愛されてない。


 そう言うゆうなの言葉が、俺には理解できなかった。


「……なんだよ、それ? 意味わかんねえ」


 言葉を飲み込む代わりに問うと、ゆうなは人を小馬鹿にするように肩をすくめた。


「そのままの意味よ。あなたがそっちの世界の私に愛されてないって言うなら、私もあかりに愛されてないってこと」

「は?」


 これだから男は。

 そうぼやきながら、ゆうなは先ほどの口論中に乱れた髪を手ぐしでとかす。


「私とあきらの境遇はそっくりなの。恋人との行動はいつも自分から。プレゼントはいつもあげるだけあげるのに、もらえることはない」


 ゆうなは俺から視線をそらし、すっとどこか虚空を眺める。


「私だって普通の女よ。私よりも綺麗な女なんていくらでもいるし、あかりの可愛さならどんな美人だって釣り合う。私なんて、たまたま付き合えたからってあかりを束縛してるだけ」


 一度口を閉じ、また開いた。


「似てるでしょ? だから、あなたが愛されてないと否定したら、それは私のことも一緒に否定してることになるのよ。だからムカついたの」


 ゆうなは俺の返答なんて待ってなかった。


「でもね、私は愛されてると思ってた。ううん、今でも思ってる」


 ただ一人ごちて、言葉を紡いでいくだけ。


「いっぱいデートの約束をして、いっぱい楽しんで。たくさんプレゼントして、たくさん思い出作って」


 思えば、周囲からの視線は売るほどあった。

 痛いほど向けられていた。


「私は同性愛者だから。結婚はもとより、いつまでもこの関係が続くとさえ思ってない」


 視線を向けられるのも当然だ。

 大声で怒鳴り合って、見れば女同士の痴話喧嘩で。


「だから、付き合えてる今だから目一杯楽しんでるの。許されない恋だからこそ、今を楽しむしかないの」


 痛い。


「なのに、私はあなたに侮辱された。私と同じその境遇を、馬鹿にされたのよ」


 痛い……。


「最低よ、あなた」


 すごく、痛かった……。


 いたたまれなくなって、俺はうつむいた。


 ジーンズをはいたゆうなの足と、ワンピースから伸びる俺の足。

 駅のホームのアスファルトを踏む四足のそれらが、酷くにじんで見えた。


 ぐっ、と自身の拳を握りしめる。


「ごめん、ゆうな……」


 そんなつもりはなかった。

 ゆうなを侮辱するつもりなんてなかった。


 ただあかりと俺の差が許せなくって、つい愚痴をこぼしただけ。

 その差別で寂しくなって愚痴をこぼしただけ。


 それだけなんだ……。


「もういい」


 許す意味での言葉ではなかった。


「もういい」


 繰り返すそれは、


「あかりに戻る方法が見つからなかったら、二度と私に連絡してこないで」


 俺との干渉を拒否する言葉だった。


「じゃあね」


 別れるときの、また会おうねという意味のそれではない。


 確実に俺の心をえぐり取るよう、冷たく言い放たれたゆうなの言葉。


 俺はそれに何の返答も、何の行動もできずに視界から消えていくゆうなの足を見ていることしかできなかった。


 まぶたをぎゅっと閉じ、微かに震える拳を強く握りしめる。


 今の俺の心境を支配している感情の正体が掴めない。

 ゆうなを傷つけてしまったことへの後悔なのか。

 ゆうなとの恋を罵ることしかできなかった自分への怒りなのか。


 それを整理できずに拳を握りしめることしかできないのは、きっと混乱しているから。

 大好きで大好きでたまらなかったはずのゆうなと、こんな形で喧嘩してしまうとは思わなかったからだ。


「何やってるんだ、俺は……」


 頭を両手で抱える。


 かきむしる。

 がりがりと、爪先に思いを託すようにかきむしる。


 何も判断することのできない頭は、ただオーバーヒートをして頭皮にかゆみしか与えなかったから。


     *


 しばらくその場から動かずにそうしていると、次第に人足の音もまばらになってきた。


 まぶたを開くと視神経に苦を感じるほどのまばゆさを感じ、次第に視界が戻ってきた。


 聴覚の判断通り、辺りに人はほとんどいない。

 いるとしても時刻表と睨めっこしている人や、次の電車をのんびりと待つ人だけ。


 もちろん、その中にはゆうなの姿はなかった。


(……何期待してるんだよ)


 ――「ごめん、さっきのは私が悪かった」


 そう謝ってくれるゆうなの姿を一瞬でも想像してしまった自分に嫌悪を感じる。


 俺が悪いのに、何で向こうから謝ってくる妄想なんか……。


 再び頭皮をかこうと手が動き――すぐにやめた。

 かきすぎで痛みを覚えたのと、こんなことをしてもどうしようもないと実感したから。


 俺は、ゆうなに振られてしまった。


 だから、そんな俺が何をしたところで意味などないのだ。

 それも、ゆうなの愛するあかりの体を傷つけるなど……。


 やめよう。

 そう思い、俺は視線を駅のホームに向けなおす。


 そして、改札のある二階に向かって歩き始めた。


 だいぶ使い古した元は白色のスニーカーでホームのコンクリート床を叩き、ワンピースの裾をひるがえす。


 今の俺からすれば大きな歩幅で。

 元の俺からすれば限りなく小さな歩幅で。


 俺が動き出す目的は一つ。

 それは俺が当初から見定めていたものであり。

 また今は嫌われてしまったゆうなの望むことでもある。


 元の世界に戻る方法。

 その手がかりを探すために、俺は大学へと向かう。


 そこに俺のあてにしている人物――オカルト研究部の部長がいるのだから。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] いやー、ないわ、あかりちゃんが悪いんだろうけど、あきらはしっかりと愛してたんだし、ゆうなちゃんはそれを蔑ろにしてたのに 同調するならまだしも それを批判するのは八つ当たりとか理不尽なん…
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