転がりだしたら止まらない
「……え?」
あまりに不機嫌そうなゆうなの物言いに、俺は思わず振り向きながら問い返した。
そして俺が見上げた先。
見えたのは、眉間にシワを寄せているゆうなの顔だった。
「ど、どうし――うわっ」
最後まで声に出す暇はなかった。
電車のドアは開いている。
大量の学生とおぼしき人波に押されながらその場にとどまるのは不可能で、当然の流れで俺たちは電車からホームへと押し出された。
このままだと改札口まで流されそうで、ゆうなとはぐれてしまいそうだった。
「ゆうな、こっち行こう」
そこで俺はゆうなの手を引き、人波を避けるように階段の裏手へと回ることにした。
ゆうなとはぐれないように人並みを避けたい意味もあるけれど、今はそれ以上に、
――なにそれ
低い、あからさまに不機嫌な言葉。
胸のあたりがざらつく、嫌な感じのする言葉。
その言葉がなんだったのか、気になって、こべりつく。
着いた階段の裏手はベンチも自販機なく、埃まみれの時刻表のみで、他に人はいない。
乗る人は乗り、降りる人は降りたばかりのホームで、こんなところに用があるのは俺たちぐらいなものだろう。
俺は人の流れに気兼ねなく、そこに着くと手を引いてきたゆうなの方を振り返る。
見れば、まだ不機嫌そうな顔をしていた。
先手を打ったのはゆうなだった。
「ねえあきら、」
凛とした表情で、真っ直ぐ見つめられる。
「なんで愛されてないなんて言うの?」
問うようなものではない。
はっきりと、俺を責める口調だった。
「ご、ごめん」
俺は真っ先に謝ることを選択する。
「あんなタイミングで自虐するなんて、どうかしてたよな」
せっかくぎこちなさから解放されたばかりなのだ。
俺に原因があるというなら謝る。
あんなギクシャクして、ろくに会話もしづらい状況になんて戻りたくなかったから。
でも、ゆうなはそれをよしとしなかった。
「そういうことじゃないわよ」
ばっさりと言い捨てた。
否定され、俺は戸惑った。
ゆうなが怒っているのは、何の気なしに気の落ちるような話をしたからだと思っていたが、ゆうなはそれを違うと言う。
「なら何だよ? 何で気を悪くしたんだ?」
問う俺に、ゆうなが向けた視線。
それに若干の侮蔑の色を感じた。
「やっぱりあきらも男ね」
やれやれ、と言わんばかりに深いため息をついた。
「自分のことしか考えないで、相手の気持ちはおざなり。自分はこうだ、こうされたからこう思った。そればっかり」
胸の下で腕を組み、俺を見下ろす。
「どうせエッチじゃ、自分は出すだけ出してはい終わりなんでしょ? 相手が感じてようがいまいが、出せば気が済むものね。これだから男は」
「……なんだよ、それ?」
正直、腹が立った。
何が原因かはわからないが、俺が責められる立場にあるのはわかる。
だけど、だからといってどうしてここまで責められなくちゃいけないんだ?
しかも、俺がした所業ならまだしも、男というくくりで勝手に罵ってくる。
わけもわからず見下されて、怒らないわけがなかった。
「今のあなたじゃ、にらんでも怖くないわよ?」
「うるさい」
イライラが止まらなかった。
「いきなり何なんだよ? ネガったのは悪かったって謝っただろうが」
「あら、そういうことじゃないってさっき言ったの、もう忘れたの? ずいぶんにわとりみたいな頭してるのね」
「何だよその言い方! 俺は何でキレてんのかって聞いてんだよ!」
一度滑り出した口は止まらなかった。
「怒ってるのはあなた一人じゃない。なに勘違いしてるの?」
「んなわけねえだろ! お前が勝手にキレたのが事の発端なんだよ!」
今となっては後悔してやまない。
「ちょっと、何よお前って! あきらが悪いのよ! 愛されてないなんて言うから!」
「だから、そのどこが悪いんだよ! ネガったのは別にいいって言ったのはお前だろ!」
なんで俺は言葉を尖らせたんだろう。
なんでゆうなと痴話喧嘩してしまったんだろう。
どうして、もっと穏やかにゆうなに聞いてやれなかったんだろう、って。
「あんたが愛されてないって言うなら、私も愛されてないってことだからよ!」
後悔してしまうんだ。