美少女は気落ちする
「ほらほら、とにかく鏡見てみて! 絶対あきらも可愛いって言うから!」
「わっ……ちょっと!」
今の俺のそれより幾分か大きいゆうなの手が、俺の華奢で白い二の腕をつかまえ、ぐいっと引っ張った。
行き先は、脱衣場にある鏡台。
(そんな大した差はないと思うんだけどなぁ……)
あかりの容姿ならもう脱衣場の鏡で見たことがある。
どちらかというと少女に近い容姿だが、あかりは可愛いと思うし、ゆうなの選んだワンピースのデザインは決して悪くない。
だが、それを組み合わせたところで劇的な変化が訪れるとは思えないのだ。
無理やり着させられたこともあるし、正直めんどくさいという気持ちが先行していた。
というか、ワンピースを手にとったのは着るつもりじゃなくて、ただ気になったからで……。
そんなことをゆうなに言えず頭の中でぐるぐる考えながら、俺は脱衣場の鏡の前に立たされる。
ゆうなに肩を掴まれ、ぐいっと回されたので渋々正面を見て――
「わっ……」
驚くことになる。
あかりのワンピース姿――
透き通るような白い肌の華奢な体に、清涼感溢れる薄着のワンピース。
上から下まで一切の障害なく流れる流線型には感嘆するほかなく。
またあかりの性格なのかそういう体質なのか、ムダ毛たるものが一つもなく、それがワンピースの涼しさを煽っている。
あかりの背の低さとシンプルなワンピースのデザインの相乗効果で、少女らしさを――
……いや、これでは足りないだろう。
もはや、なんと表現するのが適しているのかもわからない。
俺の語彙が乏しいというのもあるが、それ以上。
伝える要素が見当たらないほど、素晴らしく綺麗にまとまった可愛らしさがそこにあった。
「どう? 可愛いでしょ」
唖然としている俺の後ろ。
まるで愛犬自慢をするように笑うゆうなが、俺の背中にぴったりくっついてきた。
身長差から、俺の頭の少し上にゆうなのあごが位置している様を鏡で見て取れる。
「まあ……うん。可愛いな」
「でしょでしょ! あかりは、世界で一番可愛いのよ!」
曖昧に頷く俺に、ゆうなは満面の笑みを浮かべて飛び跳ねた。
それほど、自分の恋人であるあかりが誉められて嬉しいのだろう。
鏡の中の俺が、微妙な表情になっているのにも気づかないほどに。
この気持ちは……なんだろう。
戸惑い。
嫌悪。
そして、嫉妬。
俺はあかりに対して、はっきりとしない負の感情を抱いている。
釈然としない心持ちで鏡の中のあかりを見つめ、思ったのだ。
(なんで、お前はそんなに可愛いんだよ?)
自虐趣味など持ち合わせているつもりは毛頭ないが、これだけは言える。
あかりは、俺なんかよりずっと容姿で優れている。
それは間違いないと思う。
年齢不相応であったり、口調や普段の服装が男のそれだったりする変なところはあるけど、こうして似合う服をあてがわれれば、どこにもすきのない美少女としか見えない。
鏡越しに、ゆうなと目が合う。
ニコニコと微笑み、すごく嬉しそう。
ゆうなは可愛い。
あかりも可愛い。
……でも、俺はどうだ?
ゆうなが可愛いのは知っている。
こんなに可愛い子と付き合えて俺は嬉しくて、でも浮かれっぱなしではなかった。
周りから釣り合ってないなんて言われないように努力してたし、ゆうな自身にも俺で良かったって思ってもらえるようにしてきたつもりだった。
そのことを恨みがましく言うのではない。
ただ、そうしてきた俺と同じ立場にあるあかりが、こんなにも容姿に優れているという点が胸に刺さる。
昨日はあかりの体になった直後で、こんなことを思う余裕すらなかった。
でも、改めて――
いや、こうしてゆうなに贈ってもらった可愛らしいワンピースをこれ以上なく着こなす姿を見て、気落ちする。
このあかりなら、同性愛どうこうは抜きに、容姿の良し悪しではゆうなとお似合いなことだろう。俺みたいに、釣り合っていないかどうか気にする必要なんてない。
他の人から見れば美人と美少女に見え、それが同じ嗜好の人であれば羨望の目で見られるに違いない。
だが、俺はなんだ?
なぜ俺があかりと同じ立ち位置で世界に存在していたのか。
その答えを求めて頭の中を探ったとき、俺は気付いたんだ。
俺は、あかりに勝っていない。
俺があかりに勝てると言ったら、身長と筋力ぐらいなもの。
身長は直接比べるまでもなく、圧倒的にあかりの方が低いし、筋力で言えば、ゆうなに抑圧されてしまう程度なのだから、男だった俺に勝てるはずもない。
だが、それがなんだと言うんだ。
平均身長を見れば、男の方が女よりも身長が高いのは当たり前。筋力だって、男の方がつきやすくできている。
そんな決まりきったことを取り上げて小さな優越感に浸ろうなど、その後に来る劣等感の足しにしかならない。
「……ゆうな、もう行こうか。着替え終わったしさ」
両肩に置かれたゆうなの手を振り払い、俺は脱衣所を後にする。
なにやら後ろから声が聞こえるが、今はどうでもいい、という気持ちが優先していた。
俺は、ゆうなに相応しくなんかない。
「ちょ、ちょっとあきら!」
これから白のスニーカーをはこうと玄関でしゃがみ込もうとしたとき。呼びかけと共に右腕をぐいっと引っ張られた。その勢いに流され、ゆうなの正面に向かされる。
返事もなくゆうなを見上げると、ゆうなは眉尻をつり上げていた。
「待ってよ。私、まだ着替えてないんだから」
少し視線を落とした先にゆうなの黒い下着姿が見え、頷いた。
「なら、早く着替えてよ」
すると、ゆうなは怒ったように、
「んもう、急かさなくったっていいじゃない。そんなに学校行きたいの?」
「……まあ」
学校に、というよりも“会うべき人”が学校にいるから。
でも、それをゆうなに言う必要はないだろう。
学校に行きたいと言ったところでそれほど語弊はないし、もし言えば「誰?」と聞いてくるに違いない。
それが、今はどうしようもなく面倒くさく思えた。
元の世界のゆうなならまだしも、この世界のゆうなは……。