力強き乱入に抗うこともできず
「わっ……」
あまりに唐突すぎるゆうなの登場に、俺は振り向きながら驚きの声をあげる。
すると、なぜかゆうなも俺を見て驚いた表情を見せた。
「あれ? まだ入ってなかったの? そろそろ入ったころかなぁって思ったんだけど」
たしかに諸事情によりもたついてはいたけど……なにその、俺がすでに風呂に入っていることを前提にしていたようなセリフ。
しかも下着姿で入ってきて、それじゃあまるで――
「せっかく一緒に入ろうと思ったのに」
「ちょ、おい」
俺の考えていたことを継ぐように唇を尖らせたゆうなを見上げて、俺は肩を叩いて突っ込んだ。
なんやねん、風呂に乱入って。
これからベッドの上でにゃんにゃんするというのに、フライングで風呂場にまで来るとは。どんだけ我慢足りないんだよ。
「それにしても」
突っ込まれたことを軽く笑い流したゆうなは、俺の体のつま先からつむじまでを舐めるように見て、言う。
執拗なそのねちっこい視線に、なぜか鳥肌が立つほどの怖気がした。
そんな俺の気持ちに気づく様子もないゆうなは、ゆっくりとした動きで自身の唇を舌なめずりする。
「そんな格好で待ってたってことは……誘ってる?」
い、いやいやいや!
「な、なんでそうなるんっ?」
「だって、こんなあられもない格好で私を待ってくれてるなんて」
「脱いでただけだから! シャワー浴びるために脱いでただけだから!」
っていうか、なんかゆうなのキャラ変わってないっ?
俺がそう言うなり、ゆうなは「あらそう」と、お預けされた子犬のような甘ったれた顔になった。
可愛いには可愛いけど、その全身から滲み出る「襲いたい」オーラのせいで欲情してこない。
むしろそれに危機感を覚えて、俺は無意識の内に後ずさりをしていた。
(ゆうなって、こんなキャラだっけ……?)
すねるように唇を尖らせている下着姿のゆうなを見て、俺は元の世界のゆうなを頭の中に思い浮かべる。
元の世界のゆうなはもっとおしとやかで、どちらかというと受け身体質だったはずだ。
あの頭を撫でる行為だって、たまに興味本位で俺の頭を撫でることはあれど、あれほど好んで撫でるということはなかった。
ということは、この世界でのゆうなは――
「もしかしてゆうなって、S?」
「いやぁ、Sってほどでもないよー」
まるでペコちゃんのように下を出してとぼけて見せるゆうな。
……どうやら予想は的中したようです。
この世界のゆうなは、間違いなく攻め手。
そして、対するあかりは受け手側だったのだ。
ゆうなの性格が微妙に改変されているように感じたのは、こういう違いからだろう。
ゆうなとあかりがそういう関係性だったのだから、ゆうなは別世界の同一人物である俺に対しても同様の対応を見せ、俺にとってはそれが違和感だったに違いない。
そう理解するも、状況的には何も解決していない。
これは……ひょっとしてまずいかも?
いや、まあ女の方から襲ってくるシチュエーションは、それはそれで味があると思うよ? 年上の女性に押し倒されて、その熟練された技術で骨の髄までしゃぶられるようなめくるめく世界。それに対し、一度ならず魅力を感じたことはあるさ。
でも、それを今から実践だなんて……。
しかも、相手は同い年であるゆうな。で、普段の関係性とは真逆。普段の関係を逆転して行うなど、とてもじゃないけど気持ちがついていかない。
そんな気持ちが置いてけぼりの性交など、不安こそ感じれど、興味の類はこれっぽっちも湧かない。
無理無理、ぜったい無理だって!
「さーてっ」
俺がゆうなに対して怯えを感じていたせいだろうか。
その俺たちの間に流れていた妙に緊迫した空気を払拭するように、黒の下着を身につけたゆうなはパン、と胸の前で手を叩いた。
「せっかくだし、お風呂でしよっか」
……は、はい?
「はぁぁああっ?」
「ちょっと、あんまり近くで大声出さないでよ。耳痛くなる」
顔をしかめて耳に手を当てるゆうなの仕草を無視して、俺は、俺の肩よりも高みにあるゆうなのそれを揺さぶった。
「お、落ち着けゆうな! 俺はMじゃない! あかりと同じにするな!」
「もう、あきらこそ落ち着いて。それに、あかりだってMじゃなかったよ?」
「……うん?」
あかりがMではない、というゆうなの一言を受け、俺は間の抜けた声を疑問符とともに投げかけた。
Sに近いゆうなの恋人だったあかりのことだから、てっきり相性ピッタリのMだと思っていたのだが……。
では、あかりは何なのだろう。
もちろんすべての人間がSかMかで大別できるなどと酔狂な思考を持っているわけではないが、あかりはSのゆうなの恋人なのだ。
先ほどまでのゆうなが俺を可愛がる様子からして、なかなか手練れているはず。おそらくあかりへの接し方は毎度こんなものだったのだろう。
そして、あかりがその相手はしている日常だったはず。
こんな接し方をされているあかりが、何の変哲もないごくごく普通であるはずはない。
もし俺が毎回こんな風に接せられるのであれば、嫌になるかMになるかの二択だろう。
それなのに……。
喉のそこまででかかった俺の疑問。
それは、俺が直接口にするまでもなかった。
ゆうなが、余裕を多分に含んだ笑みで驚きの一言を言ってのけたからだ。
「だって、嫌がるあかりを無理に押し倒してたんだもん」
どSじゃねえかぁ――ッ!!