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帰納的抱擁


『い、意外と近くにあったな……!』


 ゆうなの考えた策は有効的だったが、それがこんなにも早く発覚するとは思いがけなかった。

 俺たちの目の前に広がる空間に、降り注ぐ花びらを触れる途端に消し去る存在。

 見えないはずのものなのに、見えるものが周りを包み、それを消し去る境界を認めることができれば、それは視認できたと言えるレベルのものになる。

 今見える限りでは三つほど見受けられ、いずれもいびつに歪んだ球体状のもの。

 近い順に正面よりやや上に小さめのものが一つ、右前方に大きめのものが二つ並んでいるのを見つけた。


『三つ……探せばもっとあるかも……』

「あ、ちょっ……」


 慌ただしく周囲を見渡そうとするあかりの動きに、抱きしめられている俺たちは振り回されるしかない。

 右に左に振り向く動きに合わせ、これもまた遊園地のアトラクションのような遠心力が加えられ、首が痛い。

 心なしか俺たちを抱きしめる腕がより締め付けられたようで、押さえつけられる腹も苦しくなってきた。


「あ、あかり、落ち着いていきましょう。見えるんだから、全部探さなくても、向かう方向のものだけちゃんと見て避けていけるはずよ」

『あ、ああ、そうだな。うん、俺、頑張るよ』


 ゆうなに声をかけられ、動きを止めるあかり。

 下から見上げるあかりの顔は、あかりの方から見下ろしている状態であっても見慣れないアングルの視界で、ほぼ真上を向くものだからこれも首が痛い。

 あかりの返事で発せられた息遣いが俺たちの頭頂からかかり、声の振動が肺の底を震わせるように感じられる。


「あまりスピードは出さず、あれを確認しながら避けて進みましょう。当てずっぽうになっちゃうけど、みそらさんは色んな方向に向かっていたし、探していけばどこかで見つけられるはずよ」

『うん、わかった』


 それから俺たちを抱きかかえたあかりは、適宜飛ばされるゆうなに指示に従って飛ぶ。

 最初こそはおっかなびっくりで、注意深く中空に点在する“無の壁”を確認し、おおげさに避けながら当て所なく飛行していった。

 移動する先々に桜の花びらを大量に舞い散らし、同じように存在を視認しながら移動を進めていく。

 時間が経つと、“無の壁”の見つけ方に慣れてきた俺と、青ざめているものの少し落ち着いてきたゆたかも加わり、花びらを展開する範囲を広げ、視野を広くし、少しずつ移動速度も上げていくことができるようになった。


 移動し、見つけられるいくつもの“無の壁”。

 それは本当に壁のように反り立っているものもあれば、先ほど見つけたような球体で宙に浮いているものもあった。

 そうしたものを見つけて避けて進んでいくたびに、みそら先生が説明してくれた当初の想定とは違って“無の壁”は外側から迫ってくるものではなく、突然湧いて出てくるものがあることを俺たちは深く理解していく。

 それと同時、さっき忽然と姿を消したみそら先生が、やはり“無の壁”に触れてしまったのであろうことも強く実感してしまう。


 みそら先生は俺たちを守ってくれるために分身を作り出して周囲を警戒してくれていたのに、そのみそら先生本人がふっと生じた“無の壁”の犠牲になってしまった――

 あんなの、いきなり湧いてきたら対処できようはずもない。

 できようはずもないのに、自分を責める感情に苛まれる。

 俺が変身するためのイメージをしている間に、みそら先生は消えてしまったのだ。

 もし俺が周りに目を向けられていて先に見つけることができたら、そうでなくとも俺が変身しようとするタイミングが少しでも違ったら、なんて考えてしまう。


 でも、今はゆうなの言葉を信じるしかない。

 きっとゆうなの言うとおり、みそら先生は分身を作ったけどそのどれもが本物のみそら先生で、俺たちの前にいたみそら先生が消えてしまったからと言って全部のみそら先生が消えてしまったとは限らない。いや、そうじゃないと信じたい。

 桜の花びらが大量に舞い散る空間の中、まばらに現れる“無の壁”を見つけては避けるようあかりに声をかけながら、必死になってみそら先生の姿を探した。


 そして、俺たちが探しているのはみそら先生だけではない。


「菊地原先生も、大丈夫かな……」


 思い出したのは、俺たちと一緒に“裏側”に来た菊地原先生の存在。

 結局こちらに来てからは一度も会わずに、代わりに俺のいた世界における同一人物のみそら先生とばかり接していたのだが、男性の菊地原先生も“裏側”のどこかにいるはず。

 みそら先生があんなに詳しく“裏側”に長けていたのだから、同じ存在の菊地原先生であればきっと大丈夫だろう、もしかしたら先に元の世界に戻っているかもしれない、なんて想像はできるのだけれど、それでも思い出せば心配になっていた。


     *


 どれくらいの時間が経っただろう。

 ゆたかの顔に血の気が戻ってきたのを感じられるほどになった頃合いに、周囲に展開していた花びらの空間の一部に異変が生じたのを目の端に留める。

 見れば、それは“無の壁”があることによる空白の異変ではない。

 あかりが出現させていた桜の花びらは薄い桃色だったのに、一部、その色が鮮烈な赤色に染まっている場所があった。

 そこは俺たちから見て下方向で、おそらく地面のある高さだと思う。

 まだ距離があるので判断しづらいが、見逃せない異変だった。


『な、なんだろう、あれ……』

「行ってみましょうか。少しずつ近づいて、よく確認しましょう」


 ゆうなの言葉にあかりが頷き、飛行速度が徐々に落ちる。

 高度も下げ、しばらく近づいていくと、見えた赤色の正体が見えてきた。

 あかりのイメージによる桜の花びらはそのまま、ある場所を境に真っ赤に染め直されているように見える。

 それはある一点を中心に展開されているドーム状の空間で、その中央には人影が確認できた。


 その姿を認めた途端、胸に湧き上がる熱い感情。

 自覚する間もなく、それは声として溢れ出た。


「みそら先生……!」


 赤みがかった長髪のポニーテールに、紺色のスーツ姿。そう見られないほど大きく盛り上がった胸。真っ赤なハイヒール。

 その特徴は、俺たちが探していたみそら先生のもので間違いなかった。


 俺の声に続いたみんなの声もあり、みそら先生が俺たちに気づいたらしい。

 振り返って見えたみそら先生の顔は驚いたそれで、こちらに向けて大きく手を振る。

 それを認めた俺たちは総意でみそら先生のもとまで近づき、その目の前に降り立った。

 どすん、と重い音を立てて巨大なあかりが着地し、抱きかかえていた俺たちを下ろす。

 近距離になり、改めて見たみそら先生は、間違いなく本物のみそら先生だった。


「いやあ、びっくりしたよ。いきなり桜吹雪に包まれて、もしかしてと思って私の存在を主張してみたのだが、まさかこんなに大きくなったあかり君が飛んでくるなんてね。元のサイズのあかり君もいるようだが、さては私の言いつけを守らずに分裂したのかな?」


 流暢に語る様子も、俺たちの知るみそら先生そのもの。

 耳に響く女性らしさ溢れる声は心地良く、そして胸に響いた。


「よ、よか、った……っ。みそら先生、ちゃんと、生きてた……っ」


 嗚咽が漏れ、俺は膝から崩れ落ちる。

 力が抜けてしまったのは、ずっとあかりに抱きかかえられていた状態から解放されたということもあっただろうけど、それ以上に心境によるものが大きい。

 ようやくみそら先生を見つけられた安堵感から、突然目の辺りにした“無の壁”の恐怖で張られた緊張の糸が緩み、先に考えてしまった申しわけないと思う感情も溢れ出す。

 いろんな思いが混ざり合って、胸にせり上がり、視界が涙で滲んだ。


 きっと、みそら先生が守ってくれていた状況から強制的に放り出されてしまったのは、みんなにとっても同じようにきつかったのだろう。

 ゆうなやゆたか、あかりも同音異句にみそら先生との再会を喜び、みんなして涙目になってしまった。

 そんな俺たちをみそら先生は酷く戸惑った様子で慌てていたが、俺たちから事情を説明できるのは、もう少し落ち着いてからだった。


     *


「――なるほど、なるほど。それは大変だったね。みんな、ありがとう。よく頑張って逃げ延びてくれた」


 ようやく落ち着いた俺たちの話を聞き、みそら先生は優しい笑顔を俺たちに向けてくれた。

 慈愛を感じられる笑顔がまた嬉しくて、胸の内が温かくなる。


 俺たちの置かれた状況を整理し、説明してくれたのはすっかり冷静さを取り戻したゆたかだった。

 まず俺のイメージが失敗し続けていた原因を掴み、無事に変身できるようになったこと。

 その直後、俺たちと共にいたはずのみそら先生が恐らく“無の壁”の唐突な出現によって消されてしまったこと。

 俺たちはそれから急いで逃げ、分裂したみそら先生を探してきたということ。

 道中に得た“無の壁”を視認する方法や、迫ってくるだけではないことを含めて伝える。

 ゆたかの説明が丁寧で要領を得ていたこともあるが、みそら先生の理解力もすば抜けていて、すぐに理解してくれた。


「あと、さっき否定しそびれちゃったんですけど、俺はあきらです。さっき大きくなっていたのが本当のあかりで、分裂はしてないです。俺はまだ変身してるだけなんで」


 忘れていた否定を加え、俺は元の大きさに戻った――と言っても今の俺よりもしれっと少し背を高くしている――隣に立つあかりを指差す。

 あかりはみそら先生に会えたすぐ後、巨大化していた体を元のサイズ感に戻した。

 戻った直後、ずっと俺たちを抱えていた腕に疲れが溜まっていたのか、辛そうに腕を擦っていたのが見え、あかりは飛んでいる間、無理を押して頑張ってくれていたのだろうことがわかった。

 落ち着きがなく、怖い思いもさせられたけど、あかり自身が前に宣言したとおり、あかりはあかりなりに頑張ってできることをやってくれたのだ。

 だから、本当にありがたいと思う。

 お礼にはならないかもしれないけど、あかりがみそら先生が禁止していた分裂はしていないとちゃんと否定するし、見栄を張って身長を伸ばしていることも咎めない。


「それなら良かった。元の世界に戻るこのタイミングになって、これ以上のトラブルは避けたいからね」


 みそら先生は横に並ぶ俺とあかりを見て、ふふ、と小さく笑う。

 それは言葉通りに安堵したものだろうか、俺があかりの姿のままでいることによって見つけた結果によるものだろうか。


「さて、状況はわかった。君たちと一緒にいた私は不慮の退場になってしまったが、あらゆる準備は整ったようだね」


 俺たちを見ていたみそら先生は、ゆうなとゆたかにも目を配る。

 周囲に舞い散る桜の花びらも一通り見渡し、両手を大きく広げて、俺たちに宣言する。


「それでは帰ろうか、私たちのいた世界。それぞれの世界へ――」


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