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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
俺、女になりました
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ある意味の初夜


     *


 パタンっと扉を後ろ手に閉め、俺は凝り固まった緊張をほぐすように深く息を吐いた。


 目の前にあるのは脱衣所の洗面台の鏡と、それに映る「あかり」。

 体は華奢で、黒い真っ直ぐな髪の毛が印象的な女――そう、女なのである。


 俺は女になっていて、ゆうなも女なのだ。

 男として彼女と体を重ねたことはあれど、女としてはない。

 それはまあ、男から女に体が入れ替わって、男だったときの彼女と事をいたそうなんてこと、普通はありえないか。


『じゃ、ベッドの上で待ってるね』


 俺が風呂場に向かう最中に言われた言葉。

 そんなことを妖艶な笑みで言われた日には、俺が男だったなら即行で風呂場に向かったことだろう。または、体を洗うことも忘れてベッドに押し倒したかもしれない。


 しかし、今の俺は「あかり」という女なのである。

 嫌という気持ちはないが、こればっかりは初めての経験なので緊張せざるを得ない。


 何をどうしたらよいのだろう。

 俺からリードしようにもやり方がわからない、というか、ゴールはどこなんだろう。

 わからないからってゆうなにリードしてもらうのは、恥ずかしいというか、なんというか……。


 少しの待望と多くの不安の気持ちをその小さな胸に抱えながら、俺は脱衣所の中央へと歩く。


 ゆうなを待たせてもよくないし、考えても仕方のないことだと思って、今はとにかく風呂に入ろう。うん、そうしよう。


 服を脱ぎ去るための移動を経たところで、俺は洗面台の鏡に映る自身の姿が目に入る。

 先ほどよりも近い距離となり、はっきりと「あかり」の姿が見え――思いがけず目を見開いて小さく声をあげた。


 それは「あかり」の姿が、予想以上に可愛らしかったから。


 ゆうなをさらに一回り小さくしたような背丈に、背中まで届く黒々とした真っ直ぐな髪の毛。それと同色の漆黒の瞳を携えた目がほどよい程度に大きく、逆に肌はすべすべと抜けるように白い。

 小さくとも可愛らしさを示している鼻と、少し薄めの唇が、顔のバランスを整えていて、美少女と形容するのがふさわしい。


 また、驚いた原因は可愛さだけではなく、そのギャップにもある。


 非常に可愛らしい容姿は、その背の低さもあって、とても大学生には見えない。せめて高校生、いや、中学生に見られてもおかしくないぐらいだろう。

 俺の年齢から幼い方向にかけ離れていた見た目に、本当に「あかり」は俺と同い年なのかという疑問が驚きにつながる。


「わぁ……」


 無意識の内にあげてしまった感嘆の声も、こうしてその姿を見ながらだと様になっている気がしてくる。

 声だけ聞いたときは、高いだけでなんだか気持ち悪いかもと思ったぐらいなのに……。


 しかして、ギャップはもう一つ。

 今、着ている服装だ。


 このあどけない少女のような可愛らしい容姿に反して、身につけている服はずいぶんと質素なもの。

 裾がよれよれになってシワになっている半袖シャツに、ダメージと呼ぶにはあまりに酷すぎる、ただ生地がすり減っただけのボロジーンズ。それだけ。


 鏡を前に、体を捻ったり回ったりして自分の全身を見るも、やはり不釣り合い。

 俺が普段着にしていたそれを、そのまんまあかりに合うサイズに縮めただけのような状態なのだ。


 男女差別をするわけじゃないが、男でこの格好はまだしも、女でありながらこれは……。


 おい、あかりよ。

 お前、どれだけ男臭い性格してるんだ。


「やれやれだぜ……」


 嘆息をつきながら、俺ははいていたジーンズを脱ぎ始める。


 容姿は美少女と言えるレベルなのだが、やれ主語が「俺」だの、やれ性格は俺とそう変わらんだの。

 レズとは言え、ゆうなはこんな女のどこに惚れたのだろう。まったくもって難解である。


 風呂から上がったらゆうなに直接聞いてみようか、と思い始めていたころ。

 脱いだジーンズの下に、白い三角地帯が俺の股間に広がっている様が見えた。


 ……え? お、女物のパンツ……?


 その光景に、俺は思わず自分の股間を凝視してしまう。


 華奢な体に見合った細い太ももの付け根が合わさったその股間。そこに見られる物は、他の何物でもない女物のパンツだ。


 ハイレグのそれが太ももの付け根に合わせてピッタリ締まっており、またゴム部分には花を模したレースがつけられている。

 そんないかにも女の子らしいパンツを、俺がはいているのだ。


 いや、まあたしかにあかりは女だし、こんなパンツをはいてても不自然さはないけど……。


 上に着ていた男物の服装から、無意識的にどうせ女らしいものを身につけていないと踏んでいたのだろう。

 まさかこんな可愛らしいそれをはいているなんて思ってもみなくて、目を見開いてぎょっとした。


(あ、もしかして上も――)


 不意に浮かんだ思いに、俺はジーンズを脱ぎ終え、すぐさま着ていたシャツも脱ぎ去る。

 そして鏡に写った俺は、


「お、おおう……」


 病的なまでに白い肌に、薄桃色に着色されている女性用下着。

 パンツと同じくレースのついたそのブラジャーが、俺の胸につけられていた。


(こ、これは……)


 下着のみを身につけた、裸に近い格好。

 それを見て、俺は――


 まったく興奮しなかった。


 いやだって、まず胸がない。

 まだ中学生の方があるんじゃないかと思うそれは、もしかしたら人差し指ほどの厚みもないのではないか、というほど。


 たったそれだけの小さい胸、略してちっぱいに加え、ただただスレンダーなだけの体型。ウエストは細めにしても、尻まで小さいし、出るとこ出ずに引っ込んだ風を受ける。


 そんなちっぱいのちっこい女を見て、可愛さは覚えども、エロスはまったく感じられなかった。


 まあ……つるぺた、だよね。


 これが自分の姿なのかぁ、と思い、がっくりと肩を下ろす。


 別世界の自分とはいえ、それは一応ながらも自分なのだ。

 男のときの俺は中肉中背、いや、高校時代の名残で多少なりとも筋肉はついていたはずだから、俺が女になったからといってこうなるのはおかしい。


 それがこんな貧相な体をしているとなると……不憫でならない。

 この体の持ち主であるあかりと、その恋人であるゆうなに。


 何が悲しくて、こんなちっぱいのあかりと付き合っているんだか……。

 あとで聞くべき懸案が増え、ちょっと頭が痛くなった。


 さて、と気持ちを切り替えて下着を脱ぎにかかる。


 これから風呂に入ってシャワーを浴びるのだ。いつまでの脱衣所で長居している場合ではない。なにしろ、これからゆうなと「女の子同士」とやらをするのだから。


 七割楽しみ、三割不安の気持ちでブラジャーを外そうと背中に手を回した、ちょうどそのとき――


 その音にさえビックリするような勢いで、ゆうなが脱衣所に乱入してきたのだ。


「あ~きらっ」


 ――下着姿で。


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