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のびる意識


 練習、というのは、先ほどみそら先生が言っていたこと。

 俺たちが元の世界に戻るためには練習が必要で、それに付き合ってくれると言っていたことだ。


 しかし、何を練習するというのだろう。

 みそら先生が言うには、元の体に戻るためにはイメージすれば良いと言っていた。

 つまり、頭の中で想像するだけだ。

 それだけのこと、練習しなくてもできることだろうなと思ってしまう。


 その理由をみそら先生に聞けば、返ってきたのは意外な答えだった。


「それこそ、想像以上に難しいと覚悟してくれていたほうが良いだろう。人の想像力は潤沢で豊富だが、発散の方向にある。うまく集約させ、形作るのは容易なことではないはずだよ」


 そういうものだろうか、と首を傾げる俺に、みそら先生は小さく笑いかける。


「ふふ、そうして小首を傾げる姿はとても可愛らしいね。いや、脱線してしまってすまないが、つい。庇護欲がそそられるというか、その気のあるなしに関わらずめでたくなる愛らしさだ。ゆうな君がお熱なのもわかる気がするよ」

『あ、ありがとうございます……』


 俺としてはそんなつもりで首を傾げたわけではないし、それに返事したのはあかりで、まあ今の俺の姿はあかりのものなので筋違いではないのだが、何とも言えない感情でもにょもにょする。


「いや、私はあかりの見た目だけじゃなくて中身も好きなので」

『ゆうな……』


 かっこいい顔でかっこいいことを言うゆうなに、俺の顔をして惚れ直すような表情もやめてくれ。

 あと、ゆたかは俺の隣で深く頷くなよ、バレるぞ。


 そんなところで、みそら先生が両手を二度叩く。

 それが開始の合図となる。


「さて、実践といこうか。私が難易度を述べるよりも、やってもらった方が早いだろうからね。あきら君とあかり君、準備はいいかね? 君たちには「変身」できるようになってもらわねばならないよ」


     *


 それから始められたのは、みそら先生による「変身」の講義だった。

 俺たちに課されたのは、シンプルに一つだけ。


 ――自分の体に戻る変身を成功させること。


 俺とあかりが元の世界に戻るにあたって必要なのが、この“裏側”で自分の体に戻るイメージらしい。

 俺はあかりの姿から自分の姿に、あかりは俺の姿からあかりの姿に戻る変身をすれば、元の世界に戻るためのコツになると。

 これはみそら先生が世界を移動する当事者ではないため推測でしかないとのことだが、“n-1の俺”を元の世界に帰すことができたのは、このイメージの練習のおかげだと言っていた。


 みそら先生は“裏側”について考察し、元の世界に戻る方法はないかと模索し、考えていた。

 最初は俺のように何か世界と世界を繋ぐ出入り口のようなものがあるかと思って探索したこともあったが、それは以前のあかりも言っていたように、それらしいものは見つけられずに徒労に終わる。

 そして“裏側”の特性を掴んだみそら先生が、今の俺たちに教えようとしているイメージによる帰還を提案するも、当時はそれもうまくいかなかった。

 なぜかと言うと、みそら先生はこの“裏側”で自由にイメージによる力を行使できたが、“n-1の俺”はうまくできなかったことによる影響らしい。

 そのことから、“n-1の俺”がうまくイメージをできていないのではないかと推測し、試みたのが練習だった。

 みそら先生の誘導のもとであれば、“n-1の俺”をみそら先生の姿に変えることができた。

 そこから“n-1の俺”自身の力のみで、元の自分の体に戻るよう練習させ、ついに成し遂げた後、ようやく“n-1の俺”は元の世界に帰ることができたらしい。


 つまり、今の俺たちと近しい状況。

 すでにみそら先生に誘導されて変身させられているので、この状況から自分の体に戻るイメージを成功させれば、“n-1の俺”と同じように元の世界に戻ることができるという寸法だ。


 そうした実績があるのなら、とても心強い。

 元々はこのわけのわからない場所をしらみつぶしにでも調べて、どうにか元の世界に戻る方法か場所がないか調べるつもりだったのだから、みそら先生の経験値は希望そのものだ。

 俺たちが経るはずだった出来事を、結果まで一足飛びにショートカットさせてくれる、といっても過言ではないだろう。

 そんな心持ちで、俺たちは「変身」の練習を開始した――


 ――のだが、極端な結果が待ち受けていた。

 あかりはやすやすと自分の体に戻ってみせたのだが、俺の成果はゼロ。

 ゼロもゼロ。何の変化もない。

 あかりはあかりの体になったのに、俺はあかりの体のままだった。


「な、なんで……」


 俺が膝をつき落ち込む一方、あかりは妙にふんぞり返って俺を見下していた。

 たぶん傍から見れば、同じ見た目の女がいるように見えるのだろうが、今の俺を占める感情は悔しさしかない。


 というか、思い返せば、あかりはすでに変身を使いこなせているのだ。

 俺が三回目の“裏側”に来たときの記憶はまだ残っていて、その記憶の中で散々見せつけられたこと。

 あかりは自分の体になることはもちろん、あかりの中の憧れを体現したような女性らしい姿になることもできていたし、髪の毛をショートカットにすることや、空を飛ぶこと、極端に大きくなることだってしていた。


 そんなあかりは、みそら先生の練習が始まって早々、というか一発でいとも容易く変身を成し遂げてみせる。


『じゃあ、こうすれば……』


 なんて俺の声でつぶやいた直後、俺の姿になっているあかりの周囲に黒い霧のようなものが現れる。

 あかりの全身を包む霧は、素早く俺の体にフィットして、瞬く間に収縮する。

 収縮した後の大きさは、今の俺と同程度。

 その黒い霧はあっという間に霧散し、中から本来の姿のあかりが出てきて、俺は前にここに来たときのことを思い出していたが、みそら先生は舌を巻いていた。


「ほう、ほうほう、これはすごいね。あかり君は“裏側”の特性を使いこなす才能でもあるのかね?」

『い、いや、そんな……』


 そんなことを言われて、本来の姿に戻ったあかりは照れくさそうにしながら自分の経験を語っていたが、できない俺にとってはなかなかに悔しい出来事だった。


 加えて言えば、俺はすでに練習済みでもある。

 厳密には変身の練習ではなかったが、イメージの練習と言えば同じことだろう。

 その練習とは、あかりの不思議な力が俺にもできるのかと思い、空を飛ぼうとしたときのことだ。

 そのときの結果は惨敗。

 どれだけ想像を膨らませようとも、あかりのように宙に浮く体験をすることはできなかった。


 そのときのことを今と重ねて焦り始める俺に、拍車をかけたのはゆうなだった。

 みそら先生に練習を課せられたのは俺とあかりだけだったが、ゆうなはそれを見て自分もやろうと思ったのだろうか。

 俺が目を閉じてイメージする練習をしている最中、目を閉じていてもわかる眩しい光が急に発せられた。

 何事かと思って顔をしかめながらそちらを見ると、とにかく眩しすぎる光に目が潰されそうになる。

 光が収まった頃に改めて見ると、そこには元の女性の姿のゆうなが立っていた。

 あら、なんて驚いた声をあげて、自分の手や体を見下ろし、その成果を確かめて、


「私にも適正があるみたい。あかりと一緒。不思議ね」


 ゆうなの言葉は、やはりゆうなの声でこそよく似合っている。

 鈴を鳴らしたような可愛らしい声に一瞬癒されるが、翻ってできない俺自身に焦りを覚えた。


 ちなみに、ゆたかは俺と同じくできない組。

 ゆうなの様子を見て感化されたらしく、ゆたかも挑む様子が見受けられたが、結果は失敗。

 少年の姿で、まだ声変わりしていないような高い声で「ん~」と唸ったりしていたが、あかりやゆうなのようには変身できず、その姿のままだった。


「……おや、私はあきらと同じだね。何も変わらないよ。なら、一緒に練習しようか」


 優しく微笑みかけられ、励みになる。

 だいたい似たような身長になったこともあって、少年の見た目のゆたかはとても接しやすい。

 元の姿が接しづらいということはないのだけど、とにかく首への負担が段違いに軽いのが助かる。


「ふむ、こうも綺麗に半分に別れるとは。一体君たちの何が違うのだろうね?」


 教える側のみそら先生も、できる側とそうでない側がどうやって分かたれていているのかは理解できていないらしい。

 ああでもない、こうでもないという話を聞いては実践を繰り返し、瞬く間に時間が過ぎていった――


     *


 そして、ふとした瞬間。

 前触れもなく、変身は成功した。


 ……ゆたかの変身が。


「お、おお、体が戻っていくよ」


 ゆたかを見て気づいたが、どうやら変身するときに起きることは人それぞれらしい。

 あかりは霧のようなものに包まれ、ゆうなは光り輝いたが、ゆたかには何もなかった。

 ゆたかはこれまでの二人のように何かに視界を隠されることなく、俺たちの見ている前でCG合成された映像が流れているかのように、体がみるみる変化していった。

 あかりとほぼ同じくらいだった身長は、あっという間に誰よりも高く。

 手足も同様にするすると伸びて、顔つきは徐々に女性らしいものに。

 ほとんど縦に伸びるような変化だけで、ゆたかの元の体への変身が完了した。


「みそら先生の言うとおり、どこがどんな風に変わっていくのか、ということを意識してみたら、変化したね。なるほど、ぼんやりとしていたのを具象化できると、成功しやすくなった気がするね」


 俺より遥か高みに登っていったゆたかを見上げ、取り残された俺はまたも膝をつく。

 ゆたかの言っていることはわかる。俺もやった。でも、だめだった……。


 みそら先生の練習は、とにかく身に入ってこなかった。

 いわく、みそら先生が俺たちを誘導して異性の体に変身させたときの逆になるよう、頭の中でイメージを固めていけば良いらしい。

 それは先ほどゆたかが言っていたように、部位ごとの変化を想像して、確実にイメージを捉えていけば良いとのこと。

 しかし、それができない。


 曖昧になりがちな頭の中の想像を、より具体的に落とし込む必要がある、ということはわかっている。

 わかる、わかってる。

 言われていることが理解できないわけじゃないし、その通りにやろうとしているのに……。


「ぐうう……なんで、俺だけできないんだ……」


 長くて黒い髪の毛を地面に垂らし、絶望する。

 ゆうなやゆたかができたって仕方がない。俺ができなくちゃ、元の世界に戻れないのに。


『お前、想像力が貧しいの?』


 頭上から降り注ぐあかりの声に、カチン。

 心当たりがないわけでもないそれにムカついて立ち上がると、小憎たらしいしたり顔のあかりが目の前に立っていた。


 ――俺よりも、少しだけ高い位置から見下ろしていた。


「……ん?」


 疑問は行動へ。

 気になって視線を下にしても、あかりは俺と同じ地面に足をつけていて、背伸びもしていない。

 真っ白で何もわからない地面だけど、段差があったりして差がついているわけではない。


 視線を上にすると、あかりは目の前で、俺の目の位置にはあかりの口元。

 俺の変身は成功していないから、俺はあかりのままで、あかりは自分の姿に戻っていたはず。

 それならば、俺とあかりの目線は全く同じになるはず。

 というか、視線を下から上に戻す時に見えた胸にも違和感。


「……お前、なんか盛ってない?」

『なっ、なにがだよっ!?』


 明らかに身じろぐあかり。

 目を大きく見開き、口端を引きつらせ、どう見ても動揺している。

 そんな様子を見れば、俺の疑いは確実なものと見て良いだろうと思う。


「身長と、あと胸か? 元々の体より盛って変身してるだろ?」

『そ、そそそ、そんなわけあるかっ!』

「あら、やっぱりそう?」


 言葉を噛み慌てるあかりの後ろから、こちらはいつも通りのゆうなが登場。

 胸の下で腕を組み、少しニヤけた顔であかりを見る。


「身長って姿勢で結構変わるからわかりづらかったけど、あきらと並ぶとちゃんと違うわね。あと、おっぱいは明らかに大きくなってるものね。へえ、あかり、そんなことしてたんだぁ」

『や、やめろよっ、俺をそんな目で見るなよっ!』

「まあまあ、あまりあかりを責めないであげよう」


 そう止めに入ったのは、やっぱり身長の高いゆたか。

 対面する俺とあかりの横から、なだめるように両手を前にして近寄ってくる。

 目測では男の姿になっていたときのゆうなよりもずっと背が高く、あかりの身長になっている俺から見れば、目線は胸元にあって――


 というところまで考えて、また違和感。

 俺から見えたのは、ゆたかの上半身だが、胸元というよりもお腹に近い位置のような……。


「あれ、もしかして俺が縮んだ?」

「そんなことないと思うわよ。本当のあかりは、今のあきらと同じ身長のはずよ。私から見る限りはね」

『ゆ、ゆうなぁ……』


 俺の疑問にゆうなの否定をもらい、疑問から確信へ。


「ってことは、ゆたかも身長盛ってるってこと?」

「えっ……あ、いや……その……」


 途端に目が泳ぎ始めるゆたか。

 俺たちから数歩下がるも、その高身長はやはり高すぎる。

 その反応から、ゆたかもあかりと同じことをやっていたのは間違いないだろう。


 とは思うのだが、


「ゆたかは、もうこれ以上は身長を伸ばさなくても良くない?」


 二メートルを超えたりしたいのだろうか。

 そう思って聞くと、ゆたかは恥と照れを混ぜた気まずそうな表情で、


「だ、だって、私が大きいと、みんながより小さく見えて可愛くなるから……」


 という、ゆたかにしかわからないような理由だったのを聞いて、何も理解できなかった。


     *


 そんな脇道にそれるようなやり取りもしながら、俺の練習は続くも、成果は上がらない。

 正確にはちょっとだけ進捗があったのだが、それは俺の股間だけが元に戻るというハプニング的な赤っ恥な出来事だったので、進んでいないのと同じだった。


 ――時間には余裕がある。


 それは、この“裏側”は現実の時間よりもずっと早く進んでいることから言われていたこと。

 あかりが以前にそう言っていたこともあって、俺の中で時間に対する焦りの気持ちが抜けてしまっていたのだろう。

 だから、こんな風に悠長にやっていたのかもしれない。

 俺としては真剣に練習しているつもりだったが、もしそれを察知していたらもっと集中して取り組めていたのではないかと後悔してしまう。


 みそら先生が見つけた、あの異変を認識するまでは――


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