推測された予想は事実を交えて
これまでみそら先生が語ってきたことに驚いていた気がするが、今のが一番かもしれない。
俺の体に、別の世界の俺が入り込んでいた――
俺はあかりの体に、あかりはこの場所に留まり、なら俺の体は?
意識を向けられていなかった事柄。
それを今の言葉でむき出しにされ、なおかつ予想さえできなかった言葉で紡がれる。
「この場にいるあきら君は、あかり君の体に入り込んでいたんだよね? では、あきら君の体はどうなっていたと思う? 正解は、また別の世界のあきら君が入り込んでいた、だよ。私は、私たちはそれを解決し、こうしてこの“裏側”を時間の許す限り散策していたのさ」
「べ、別の世界の、俺……?」
「そう、ここにいるあきら君ではない。ここにいるあかり君でもない。また別の世界のお話さ」
俺たちとは、さらに別の世界にいた、もうひとりの俺。
別の世界の存在なんて、考えてもみなかった。
「私も、男性の私と会うまではn件か否か確信を持てなかったが、こうして君たちもいることだし、きっともっと多くの世界が存在するのだろう。果たして、この現象はどこから発生していたのだろうね」
でも、とみそら先生は続ける。
見るのは、俺の姿をしたあかり。
その視線にドキリとした様子を見受けられたが、なぜだか元の体のときよりも怯えが少ないようにも見える。
「あかり君に確認だ。あかり君は誰かの体に入り込むことなく、君はずっとこの“裏側”にいたんだね?」
『は、はい』
俺の姿をして頷く。
それを認めたみそら先生は、嬉しそうにニヤリと笑った。
「なら、あかり君が終着点だ。私はその直前に居合わせることができたようだね。実に僥倖だよ」
ふふふ、と口元に手を当て、喜びを堪えきれない様子。
みそら先生はめちゃくちゃ嬉しそうだが、その話は俺たちを置いてけぼりにしがちで、全然状況が飲み込めない。
「あの、全然わかんないんですけど……」
「これは私も先ほど得た情報から推測しただけのものなのだがね、」
俺の問いに、みそら先生はキラキラとした目を向けて答え始める。
「あきら君たちは、双方の体を入れ替えたというわけではなく、次々とあきら君と同質の存在の体と入れ替わり続けていたんだ。言うなれば、“玉突き事故”のようなものが起きていたと考えられる」
「た、玉突き事故……!?」
物騒な単語に、思わず驚く。
それはゆうなとゆたかたちも同じだったようで、それぞれが驚いたり訝しむ表情を浮かべた。
ああ、と軽々しく頷くみそら先生は、手を使ったジェスチャーと共に話してくれた。
「先に言っておくが、これは状況から推測したものに過ぎないから、間違いがあることは承知の上で聞いてくれよ。――最初は、何かが原因で自分の体を離れてしまったあきら君がいたのだろう。便宜上、これを“1のあきら君”と呼称する」
みそら先生は、俺達に向けて人差し指を立てて見せる。
「その“1のあきら君”は、別の世界にいたあきら君の体に入り込んでしまったと考えられる。このあきら君は、“2のあきら君”としよう」
もう片方の手で人差し指と中指の二本を立てる。
「“1のあきら君”が入り込んでしまったがために“2のあきら君”の精神が追い出されてしまったのか、“2のあきら君”自身に何かが起きて精神が抜け出し、その器に“1のあきら君”が入った可能性もあるが、定かではない。私はそれを観測していないからね」
先に立てていた一本の指が、次に立てた二本の指に向けてぶつかるような動作。
ぶつけられた二本の指は一本の指にその場所を奪われ、横に退けられてしまう。
「しかし、それは連鎖的に続いたものと思われる」
みそら先生の両手で立てる指が二本と三本に替わり、同じ動作。
それが三本と四本、四本と五本と続き、そのジェスチャーをやめて、今度は俺のことを指差す。
「そして――今、私の目の前にいるあきら君を“nのあきら君”としようか」
数学的な表現に面喰らう。
みそら先生が言いたいのは、何番目かであるかは不明であるため、これを仮にnとしているとのことだった。
「ああ、あきら君があかり君の見た目に、あかり君があきら君の見た目になっているからわかりづらいかもしれないが、私が指すのは外見ではなく内面の方で理解してくれよ」
そう忠告してくるけど、それをやったのはみそら先生だしなぁ。
あ、いや、みそら先生はきっかけを作っただけとか言ってたか。
とりあえず俺は、俺のことを指しているか、俺の姿をしているあかりを指しているのかは当事者としてわかるので、そこまで問題ではない。
「さて、このあきら君が“nのあきら君”とするなら、私が先ほど見送ったのは“n-1のあきら君”ということになる。その“n-1のあきら君”は、“nのあきら君”の体に入り込んでいた子だよ。そして、今ここにいる“nのあきら君”は、“n+1のあきら君”の体に、つまり、あかり君の体に入り込んでいたんだ」
俺を指差す方とは逆の手で、また人差し指だけを立てる。
俺を指していた手はあかりへ向き先を変え、人差し指を立てていた手は俺に向け直される。
そして、そのジェスチャーはそこでおしまい。
みそら先生は両手を開放し、肩より上におどけたように振る舞う。
「これが私の推測する“玉突き事故”の構造だよ。もしかしたらあきら君以外の存在がこれに巻き込まれていた可能性もあるだろうが、私が観測している実例はいずれもあきら君たちだからね。おそらく同質の存在同士で引き付け合うような力が働いていたのだろうと思うが、それは私の知らない“裏側”のことだよ」
みそら先生の話はこれで一段落らしい。
俺の名前がゲシュタルト崩壊しそうになってきたが、頭の中で反芻して噛み砕き……まあ、わからなくもない、といった程度の理解はできたと思う。
たぶん俺と同じ存在が存在する世界はたくさんあって、そのどこかで俺たちの入れ替わりが始まった。
みそら先生が言うには、その入れ替わりは、お互いの世界を入れ替えるものではなく、次から次に別の世界を巻き込んでいくような入れ替わり方だったんだ。
俺はあかりの体になって入れ替わったが、俺の体にはあかりではなく、どこか別の世界の俺が入れ替わっていたと言っていた。
それを“玉突き事故”という表現にしたのは、なるほど、たしかに入れ替わりという言葉では意味合いが違いそうなので、次々にそうなったのを指すのにピッタリかもしれない。
そして、あかりを終着点と言った理由も、わかった気がする。
「あかりは誰とも入れ替わっていなくて、ずっとここにいた。だから、その次から次に起こっていた入れ替わりが起きていない最後の俺だから、終着点、ということですか?」
「そうだね。この“玉突き事故”は“n+1のあきら君”であるあかり君によって終結されているはずだ」
みそら先生の言っていたことが、多少なりとも飲み込めている気がする。
俺自身に起きていることなのに、あまりに現実離れしている説明は他人事のような気分にさせるものらしい。
右から左に流れていってしまいそうになる言葉を食い止め、俺は頭を回転させるのに必死だった。
そして、大きな希望を見つけることもできた。
俺の見つけたそれは、高身長イケメンになったゆうなも気づいたものだったらしく、そのゆうなが先に声をあげる。
「みそらさんは、その“n-1のあきら”を元の体に戻して、解決できたってことですか?」
その質問に、みそら先生は満面の笑み。
この人は本当によく笑う人だが、これはその中でも一番晴れやかに見えるものだった。
「そのとおりだよ。この現象に対して、私たちは“n-1のあきら君”を送り返すことに成功した」
俺を指していた人差し指の向き先は、誰でもない外側に向けられ、その手が開放される。
告げられた言葉、その動作に俺の心臓が強く跳ねるのを感じる。
成功した――それは、俺の待ち望んでいたこと。
俺が元の世界に戻る方法を、みそら先生が知っている――