失念も過去形
「……うーん、やっぱり何かありそう」
「え、そんなこと……」
不意に俺の顔を覗き込むゆうなにドキリとしながらも疑問符を浮かべると、ゆうなは不満そうな顔で頷いた。
「うん。なんだか、全然楽しそうな顔じゃないよ」
それはそうだろう。
せっかくのゆうなからのお誘いなのに、それをこなせるブツを元の世界に置いてきてしまったのだから、悔しくないわけがない。
鏡を見たわけじゃないからどんな顔をしているのかはわからないが、それでも楽しそうな顔をしているはずはない。
「もしかして、やっぱり私が泊まるの、嫌だった?」
「い、いや、そんなことないって! それはすっごく嬉しいよ!」
今度は心配そうになるゆうなの表情。
それは誤解だと、俺は首を強くに横に振る。
ゆうなが泊まること自体には何の不満もない。
不満どころか、俺からすれば超ハッピーで最高なイベントなわけで。
むしろ、そうしたゆうなのお誘いに応えられない自分が情けなく――
――って、“ゆうなから”のお誘い?
不意に自身が浮かべた言葉が脳裏によぎり、唐突な違和感を覚える。
だって、俺を女だってことを認識しているはずのゆうなが俺を誘うなんて、理由が不適格なのだ。
俺が男の体だったとしたら、こうやって男女の営みを誘う理由はわかるが、今の俺は「あかり」という女。その女である俺に対し、誘いをかけるなど……。
あー、もしかしたら、彼女は本当に汗をかいたからシャワーを浴びたかったのかもしれない。
そうだとするなら、俺がこうしてやきもきしている懸案は俺の妄想。
つまり、鼻息をふごふごいわせた俺の勘違いだった、ということになる?
どうしてだろう。
その可能性も考えてみたけど、決して俺の勘違いではない気がする。
それは彼女の言動から?
彼女がシャワーを借りるとき、「先にお風呂入ってきていい?」と、「先に」を強調するように言っていたから?
……いや、それだけじゃない気がする。
もちろん先に述べたそれらもこの引っかかりに影響を与えているようだが、それ以上の何か。何か大事なことを忘れているような気がするのだ。
はたして俺の忘れた何かとは。
それは、疑問符の根元であるゆうなの口から語られることになった。
「もう。これから「女の子同士」でするのに」
唇を尖らせながら言った彼女の言葉。
その中に含まれた「女の子同士」という単語が、俺の忘れていた事実を思い出させてくれた。
それは、俺が女でありながら誘われた理由であり。また、俺が勘違いしていなかった根拠にもなる。
そう、俺の彼女は――
レズビアンでした。