008 民から愛される公主・後
皇后は部屋を飛び出していった春燕を追いかけた。
春燕は龍神の池へ向かって行った。
おそらく、雨乞いの舞を舞うつもりなのだろう。
なんと愚かな娘なのだろう。
皇后は心底呆れながらも春燕を追った。
皇后が到着した時、春燕は既に舞い始めていた。
そして皇后は、自身の目を疑った。
春燕が雨乞いの舞を踊ると池の辺りに光が集まってきたのだ。
まさか、そんな筈はない。
皇后ですらできない雨乞いの舞を、娘の春燕が出来るなんて。
しかし、よくよく目を凝らしてみると、春燕の周りに光は無かった。輝いているのは龍神の池だけ。
雪燕が舞った時は、雪燕自身も光り輝いていたのに。
龍神の池だけが、月の光を吸い取るようにして輝いていた。
「まさか……。雪燕が生きているというの」
何処かで雪燕は生きていて、碧砂国を想い、舞っているのかもしれない。
いや。そうに違いない。皇后はそう直感した。
「龍神の池が輝いているわ。私にも出来た。出来たのよ!」
春燕の歓喜の声が耳を掠めたが、皇后は気にも留めなかった。
「探さなくては……」
皇后が震える手を握りしめる中、春燕は自らの功績を喜び皇后へと駆け寄ってきた。
「お母様! 見てくださいましたか!?」
「えっ? はぁ、どうせ、まぐれよ。無闇に吹聴するような、はしたない真似はしないで。さぁ、部屋へ戻りなさい」
「……どうしてそんな酷いことを? 分かりました、失礼します」
春燕は肩を落とし部屋へ戻っていった。
「これでいいの。後で間違いだと分かって、春燕が傷つく姿は見たくないわ」
****
部屋へ戻る途中、春燕は父と偶然遭遇した。
父は雪燕の母である、麓妃の肖像画の前で、悲しそうに立ち尽くしていた。
「お父様。ご報告があります」
「雪燕が見つかったのか!?」
「い、いえ。そうではありません」
春燕がそう答えると、王は瞳を曇らせ肖像画へと視線を戻した。
「……今は聞きたくない。後にしろ」
聞きたくないと言われたが、雨乞いの舞の心配が無くなれば、きっと父も喜んでくれる。しかし、母は言うなと言っていた。
春燕は、悩んだ末に父に伝えることにした。
「お父様。私が、雨乞いの舞を成功させました。龍神の池が、雪燕が舞った時と同じ様に光り輝きました。ご安心ください。国は──」
「黙れっ! 今は聞きたくないと言っただろっ。下がれっ」
「……っ」
怖くて立ち尽くしてしまった私を睨むと、父は苛立ちながらその場を去っていった。
死んでもなお、私の邪魔をするの?
お父様もお母様も雪燕のことばかり。
でも、いいわ。もう雪燕はいない。
私は、雪燕が独占していた雨乞いの舞姫になれたんだもの。
雪燕がもらった宝石も、財宝も全部私がもらう。
許嫁だって、私のもの。
雪燕のものは、全部私のものになるんだから。
「ふふっ。ざまぁみなさい。雪燕……」
****
その頃、皇后は御者を部屋に呼びつけ、雪燕を探すように命令を下した。
「で、ですが、あの谷は危険で」
「駄目よ。見つけるまで帰ってこないで」
問答無用とばかりに、皇后は冷たく言い放った。
「どうかご勘弁を。谷を探せば、私まで死んでしまいます。それに、谷の毒で亡くなった人間は、谷の毒と同様に紫色に染まり朽ち果てるとの噂です。亡骸を見つけることすら簡単なことではありません」
「誰が亡骸を探せと言ったかしら? あの子は生きているの。谷へ落ちただけ、あの子の物は何も見つかっていないもの」
「そ、そんな馬鹿な」
頭を抱える御者に、皇后は先程の出来事を話した。
「いいえ。必ず生きている。龍神の池が輝いたのよ。あの子が国を想って雨乞いの舞を舞ったのは確実なの。本来ならば死刑でもおかしくない失態を犯したのに、命を助けてあげた恩を忘れたの。それにあなたの家族を誰が面倒を見てやっているのか……」
「も、申し訳ございません。私にお任せください。必ずや──」
御者は命乞いをするかの様に皇后に跪いた。
「早く行きなさい」
「はっ」
御者は逃げるようにして宮殿を後にした。




