007 民から愛される公主・前(春燕視点)
私は、碧砂国の公主として生まれた。
名を春燕という。
見た目だけが取り柄の姉の雪燕と違い、私は幼少期から勉強に勤しみ、寺院や災害に遭った村に足を運び民を助け、皆から愛されてきた公主だ。
しかし、私は両親からは愛されなかった。
父である皇帝は、亡き寵妃の娘であり、瓜二つの容姿を持つ雪燕を溺愛し、私の実の母である皇后も、雪燕を溺愛した。
理由は簡単だ。
雪燕には雨を呼ぶ力があるからだ。
砂漠を有する碧砂国には有り難い存在なのだ。
雪燕は、私の母を独占し、菓子やお茶を嗜み、豪華な宝石と財宝に囲まれるのが当たり前だと思っている強欲な女。
私はあの女が大嫌いだ。
だから、あの女がこんなことになって、ざまあみろといった気分だった。
昨日、雪燕を乗せた馬車の御者が、一人で国へ帰ってきた。泥だらけで道に倒れていた所を、通りかかった商人に助けられ、命からがら戻ってきたのだ。
「も、申し訳ありません。雪燕様が……。雪燕様がっ……」
御者の話だと、あの女は馬車ごと崖下へ落ちたらしい。
それを聞いて、父は大層取り乱した。
あの女が奇病を患ってから、恐れて距離をとっていたのに。伝染病だと分かると、宮殿から追い出したのに。
やはり雨乞いの舞姫はこの国にとって重要だからだろう。
「そ、そんな馬鹿な。今すぐ捜索隊をっ」
「陛下。崖下は死色の深淵の谷です。行けば毒に侵され全員帰らぬ者となるでしょう」
焦る父に、宰相は平然と答えた。彼は至って冷静だった。
宰相も金食い虫の雪燕を嫌っていたから、治療費が浮いて都合が良いのだろう。
「……では、雪燕は」
「ああっ、雪燕。なんて可哀想な子なのっ」
父が項垂れ、母が失神しかける中、私は笑い転げてしまいそうな衝動を必死に抑えていた。
「陛下。雪燕様を失った今、問題は雨乞いの舞にございます。代わりの者が存在しないか、密仙国にかけ合いましょう」
宰相の言うとおりだ。あの子の価値はそれに尽きるのだから、早く代わりを探せば良い。
私の母も、雪燕の母も、仙女の国と恐れられる密仙国の出身だ。
特殊な力を持つ女帝によって統治される密仙国には、様々な女性がいる。
私の母は、雨乞いの舞は踊れなかったが、密仙国の正当な皇族の血を継ぐ姫の一人だった。
「まだ雪燕がどうなったか分からぬ。龍神の舞姫など、そう簡単に見つかるものではない。数百年に一度現れるか否かと云われるくらいなのだからな。必ずや雪燕を探し出すのだ!」
父は指示を出すと、力なく玉座に腰を落とした。そして一国の王のくせに、情けなく項垂れてしまった。
私は見ていられず一歩前へ出た。
「お父様。お母様。私に任せていただけないでしょうか?」
「春燕?」
「私にも密仙国の仙女の血が流れています。私が龍神の舞姫となります。どうか、力を試させてください!」
私がそう宣言すると、母は一瞬私をキツく睨み、気を失ってその場に倒れてしまった。
「お、お母様っ!?」
****
母は部屋に運ばれすぐに意識を取り戻し、私を呼びつけた。
人払いをし、扉の向こうには母一人。
母に叱られるのだと、すぐに分かった。
部屋に入るなり、母の鋭い声が響いた。
「何故あんな事を言ったの?」
「私にも出来ると思ったからです。龍神は、その者が今世を去るまで、一人の舞姫を慕い続けると云われております。雪燕がいなくなったんですもの、私に好機が巡ってきたのです。あんな子に出来たんですもの。私だって絶対に……」
「出来ないから、させなかったのよ。それが分からないの?」
分からない。やってもいないのに出来ないという母の言葉は、私には理解できなかった。しかし、口に出しても怒鳴られるだけなので、私は口を閉じることにした。
「……」
「あなたには何の才能もないから、勉学に励ませたのでしょう? 恥をさらすだけよ。病気でも患ったことにして部屋から出ないでちょうだい!」
「そんな……あんまりです。あの子が居なくなって、やっと私を見てくれると思ったのに。どうしてお母様は……」
「私はあなたの事をずっと見てきたわ。あなたは私の言う通りにしてきたから、才色兼備の公主だと、民からの支持も得ているのよ。そして雪燕亡き今、あの子の代わりに隣国へ嫁ぐことも出来るのよ。何が不満なの」
「それは……」
全て母の言う通りだ。今の私に対しての不満は確かに無いかもしれない。
でも──。
「出来ないことを出来ると言っては、今まで築き上げた信頼を失うことになりかねないのよ。あなたは私の言う通りにすればいいの」
「お母様の言う通りに…」
今までもそうして上手くいってきた。
でも、私の心は少しも満たされていない。
だってお母様に一度も認められたことは無かったのだから。
「さぁ、早く部屋に行きなさい」
「……お母様。申し訳ございません。今日だけは、私の好きにさせてください」
「春燕っ……」
私は、龍神の池へと走った。
私にだって出来るはず。雪燕の舞をいつも影から見て、ずっと練習していたのだから。
「お父様、お母様。どうか見ていてください」




