005 呪い
「量が大分減っているな。毎日使っていたのか?」
「はい。赤みが出てからは、それを隠したくて、余計に塗っていました。この白粉は、とても良い香りがするんです。塗ると心が休まるので」
『花の香がするわ。確かにいい香り』
「おそらく、上にはただの白粉を入れて、下の方に毒の粉を忍ばせていたのだろう。もう少し詳しく調べてもよいか」
「どうぞ。お願いします。もしかしたら、間違いかもしれませんから」
「……そうだな」
泰然は私の言葉を肯定してくれたけれど、その表情は暗く、そうではない可能性が高いことはすぐに分かってしまった。
『間違いってことは無いと思うわよ。泰然の鼻は確かよ。薬のこととなると私より鼻が利くわ』
「婚儀の前の……碧砂で過ごす最後の誕生日に贈り物をくれたから、お別れの前に、仲良くできるかもしれないって嬉しかったのに」
『婚儀を控えていたの? 治って良かったわね。普通なら完治に、もっと時間がかかるのよ。婚儀には間に合うかしら?』
婚儀に間に合うか、それは分からない。
許嫁が異母妹に変わってしまったかもしれないし、それに、翡雲が私を拒絶したことを、どうしても思い出してしまう。
翡雲は今の私を見て、喜んでくれるだろうか。以前だったら、絶対に喜んでくれると胸を張って言えたけれど、今の自分にそれはできなかった。
でも、リウリーの言ったように、今は治ったことを喜ぼう。
「婚儀は分からないけれど、リウリーの言う通りだわ。こんなに綺麗に早く治ったのは、泰然様のお陰です」
「それは違う。通常なら治療に数週間かかるが、君にかけられた成長を妨げる呪いが解けたことで、身体が急速に成長し、たった一週間で完治したんだ」
「そうだったのですね。呪いが解けて……って、の、のの呪いって何ですか!? 身体が成長しなかったのは、呪いのせいだったのですか?」
呪い? じゃあ、私は噂通り、本当に呪われた公主だったというのだろうか。
でも、一体なぜ呪いになんて……。
「ああ、呪いのせいだ」
「そんな呪いがあるなんて……。もしかして、髪の色が変わってしまった事も、呪いのせいなのですか?」
「いや……」
泰然様は窓の簾を開き、外を見て言った。
外は夜のせいか、木々は紫色に染まっていた。
「ここは死色の深淵の谷と呼ばれている。夜になると、谷底から紫色の毒霧が噴き出し、木々を染める。夜間に外を歩けば、普通の人間ならすぐに、紫色に染まり死ぬんだ」
「紫色に染まり……」
私はハッとして自分の髪を見た。外と同じ色だ。
「そうだ。その髪は谷の毒によるものだ。ただ、君は谷の毒で死ななかった。君の身体に染み込んでいた呪いと谷の毒が、相反しあい打ち消したのかもしれない。呪いが消えた後、体内に残った谷の毒の解毒を行った。おそらく、これから生えてくる髪は、元の髪色に戻るはずだ」
『毒をもって毒を制すって奴ね~』
「そうだったのですね。リウリーの言う通りだわ。さすが泰然様……」
私が泰然様に感心していると、泰然様は恥ずかしいのか、眉間にシワを寄せつつ私に言った。
「……なぁ、ウリ坊は何と言ったんだ?」
「毒をもって毒を制す。と教えてくれました」
「ほう。ウリ坊にはそれなりの知性があったのだな」
泰然様がリウリーを褒めると、リウリーは鼻で私の腕を突いて言った。
『失礼な人ね。ねぇ、雪燕、ついでに私の事をウリ坊って呼ばないでって伝えてくれない? 私は女の子なのに坊は嫌なのよ。リウリーだって教えてあげて』
ウリ坊とは猪の子どもに対する呼び方だけれど、確かに可愛い女の子のリウリーには可哀想だ。
「分かったわ。泰然様、リウリーは女の子なので、ウリ坊ではなくてリウリーと呼んで欲しいそうです」
「……そうか。それより、これから君はどうするんだ? 戻る場所がないのなら、面倒を見てくれそうな知り合いを紹介するぞ」
『ちっ、無視したわね。まぁいいわ。雪燕、泰然の言う通りだわ。あなたこれからどうするの? 泰然は治療が終わったら、すぐに屋敷から追い出すわよ。私なんて、何度も追い出されてるんだから』
追い出されるのは構わない。
泰然様は次の患者の為に部屋を確保するのだろう。
しかし、二人とも何をそんなに心配しているのだろうか。
「あの、戻る場所がないとは、どういう意味ですか?」
『何言ってんのよ。碧砂国には雪燕の顔を滅茶苦茶にした異母妹がいるんでしょ? 呪いだってその子のせいかもしれないし、戻ったら何をされるか分からないじゃない!』
「でも、父や義母も私の味方になってくれると思います」
『父王はそうかもしれないけど、皇后は分からないでしょ。結局は実の娘の方が可愛いかもしれないもの』
「そんなこと……。きっと今頃、父も義母も、私の事を探してくれていると思います」
リウリーは、少し考えた後、ハッとして口を開いた。
『すごい自信ね。あ、そっか。あなたが銀狐の舞姫の娘だからかしら?』
「母のことを知っているの?」
『ええ。数百年にいちどしか現れないと云われる龍神に愛されし乙女。その舞は雨を呼び大地を潤す。国の半分が砂漠の碧砂国には、まさに救世主だったでしょうね。もしかして雪燕は──』
「そうよ。私は母の力を受け継いだわ。満月の晩は、母の舞を踊り雨を呼ぶの」




