015 自分を好きに(泰然視点あり)
「やったぁ! 今の綺麗だったでしょう?」
「ええ、とても素敵だったわ」
梓晴は得意気に笑った。ほんの少し教えてあげただけなのに、とても綺麗に舞えていた。
きっと普段のお稽古も頑張っていたのだと思う。
「大事なのは楽しむことよ。扇は大切にしてね」
「うん。でもお礼したいし……」
「梓晴が楽しそうで、私も楽しかったから要らないわ」
「そうだ、屋敷まで来て! 絶対にお礼したいの」
気持ちは嬉しいけれど、困ってしまう。
もしかして、私も泰然様に、同じようなことを言っていたのではないだろうか。
「じゃあ、いつか梓晴も誰かに舞の楽しさを教えてあげて。私がしたことは、私に返さなくていい。他の誰かに繋いでほしい」
「うーん? 分かった」
首を傾げながらも梓晴は了承してくれた。それを見計らったかのように、家屋の裏から、先ほど梓晴を探していたと思われる男性が声をかけてきた。
「梓晴様!」
「げっ、見つかっちゃった」
従者の方らしき男性は、なぜか泰然様と一緒にいた。
私と目が合うと、泰然様は微笑んでくれた。
「ねえ、私、後で町の広場で舞を披露するの。お昼くらいかな。見に来てね」
「ええ、行くわ」
「では、私がお迎えに伺います」
従者の方がそう言うと、梓晴は元気よく手を振り機嫌よく帰っていった。
その後ろ姿を見送ると、泰然様は尋ねた。
「舞う時は、扇を使うのか?」
「そうですね。扇がある方が、舞っていて楽しいです」
「そうか」
「あっ、御者の方はどうでしたか?」
「娘さんの病気も快方に向かっている。端切れを手に、都へ向かうだろう」
御者の件は上手くいったようで一安心だ。
「よかったです。あの、旅の一座は来ているのですか?」
「いや、それが……新たな舞姫が誕生を祝う祭りが開かれていると聞いた」
「新たな舞姫……」
「残りの薬を届けながら、もう少し詳しいことが分からないが聞いてみよう」
「はい」
新たな舞姫。その言葉に胸騒ぎを覚えつつ、泰然様と一緒に情報を集めることにした。
町の人に聞いたところ、どうやら異母妹の春燕が舞姫になったということが分かった。
今、それを祝してあちこちの町で祝の祭りが開かれ、春燕も国内中の町を巡っている途中だそうだ。
先日、隣町に春燕が来たことから、この町にもそろそろ来るのではないかと、町の人々の熱気は高まっていた。
満月の夜に都で舞を踊ることから、小さな村までは巡ることができないとのことで、村に住む者達は、ひと目春燕を見ようと、近くの町に集まって来ているそうだ。
「また舞姫が現れて大変だな」
泰然様は薬を買いに来た商人の男性に尋ねた。彼は、先週、舞姫なんかいらなかったと言っていた人だ。
「何を言ってんだよ、泰然様。あの春燕様が舞姫だぞ。これほどめでたいことはないじゃないか。農家は豊作で潤い、多く採れすぎた野菜は都へ送る。春燕様のためなら、いくらでも送ってやるさ」
「そ、そうか」
泰然様は苦笑いで相づちを打ち、私に耳元で囁いた。
「馬車から薬を取ってきてくれないか? 無くなってしまった」
「はい」
私に聞かせたくなかったのだろう。
でも、私は大丈夫だ。
民が笑っていてくれるなら、それでいい。
舞姫が必要だって言ってくれたことが嬉しかった。もしかしたら、私が都で舞っていた時も、みんなもこんな笑顔だったのかもしれないのだから。
『みんな調子いいことばっか言うわね。この間は、舞姫がいなくなって不安だったのかしらね。作物が取れなくなるかもしれないから、怖くてあんな酷いことを言ったのかもしれないわよ』
背中の布の中からリウリーの声がした。なるほど、舞姫を失い不安だったから、舞姫なんて元からいなかった時を肯定したかった、ということか。
「私は、いらない存在じゃなかった……のかしら」
『当たり前でしょ。ああいう器の小さい男はね、女に振られたら、その相手のことをボロクソに言うような奴に決まってるわ。はぁ、せいせいした。あんな人達のために、雪燕はもう舞を踊らなくていいってことでしょ?』
「そっか、もう踊らなくていいんだ」
踊るのが当たり前だった。
でもそれは、決して嫌なことではなかった。
『そうよ。だから、好きな時に踊ればいいのよ』
「好きな時に?」
『もう、雪燕には長い手足があるんだから、好きな時に好きなことをしなさいよ』
続けて、私はしたくてもできないことばかりなんだから、とリウリーはつまらなそうに呟いた。
舞が好きなら、好きな時に踊っていい。
心がスッキリ晴れて、自由になった気がした。
「うん」
でも、いいのかな。
春燕は大丈夫だろうか。あの子が舞っているところなんて、一度も見たことがない。
無理に押し付けてしまったのだったらと、申し訳なく感じた。
『もう、どうせまた、つまんないことを考えてるでしょ。誰かから必要とされることって嬉しいし、周りのことも気になるかもしれないけどね、そんなことより、まず自分が自分を好きになれたらいいんじゃないかな。って、雪燕を見てると思う』
「自分が自分を?」
『うん。舞が好きなんでしょ? その大好きな舞を美しく舞える自分も好きなってあげて。それで、雪燕が笑っていられた方が、周りも笑顔になれると思うわ』
「うん。ありがとう、リウリー」
****
町はお祭り騒ぎだ。
普段なら、心躍る日であるはずだが、今日は複雑な心境である。
町の者達は、新たな舞姫が春燕であると歓喜している。
もう誰も、雪燕の話などしない。
まるで彼女なんていなかったみたいに。
それがとても辛い。
「泰然?」
「えっ? 翡雲、いつ来たんだ? なんだか顔色が悪いが大丈夫か?」
額に触れると手を振り払われた。
少し熱かった気がするが大丈夫だろうか。
「やめろ、人前で恥ずかしい」
「あ、すまない。それでどうした?」
「父から許可をもらった。しばらく私も秘薬作りに参加させてくれ」
「許可が下りたのか、無理かと思っていた」
密仙国との話はどうなったのだろうか。まあ、こんなところでする話ではない。
帰ってからゆっくり聞くとしよう。
「色々あってな。それより、さっき見ていたのだ。雪蘭が子供に舞を教えていたな。それがまた、雪燕に見えてしまった」
「…………」
「そんな顔するな、わかっているから。──わかってはいるんだけど、私は彼女が恋しい」
そう言ってしゃがみこんだ翡雲の背中には哀愁が漂っている。本当にこのまま黙っていていいのだろうか。
「翡雲、雪──」
「あれ? 翡雲様?」
言いかけた時、雪蘭が戻ってきた。
彼女を視界に捉えると、翡雲はパッと顔を明るくさせた。
「おお、雪蘭、手伝いに来たぞ」
俺はさっき、何を言おうとした?
俺が伝えるべきではないのに。
これは、二人の問題なのだから。




