014 祭り(泰然視点あり)
それから、私が目覚めてから一週間が過ぎた。
今日は碧砂国の緑淵の町に行く。
そこで御者の男と会う約束をしているのだ。
前日の夜、私と泰然様は相談の末、事故に遭ったとき、私が着ていた服を裂いて、その一部を御者に渡すことにした。
黒い外套を翡雲様が届けてくれたから、もう必要ないかもしれないけれど、私が事故に遭った証拠がないと、御者はこの任務から解放されないと考えたからだ。
荷物を積み込み、私とリウリーは、また荷物と一緒に馬車に乗りこんだ。
町の門をくぐると、先週とは様子が違い、賑やかな声があちこちから聞こえた。
「今日はお祭りかしら?」
『さぁ? 何かしら』
馬車を泰然様の知り合いの医師の家に停め外へ出た。町外れだからか、入り口のような賑わいはなく、人通りもなく静かな場所だった。
ここはもう医院を閉めた老医師の家で、今日はこの場所を貸してもらい、御者の娘を診る約束をしているそうだ。
「馬車で待っていてくれ。今日は祭りなどは無いはずだが、旅芸人の一座でも来ているのか……ここの医師に聞いてみる」
「はい」
一座が来ていたら嬉しい。小さい頃、宮殿で見たことがあるけれど、あまり良くは覚えていない。
『えー、私も芸を観たいわ。でも、町の中でイノシシ連れはキツイわよね』
「布でくるんで私が背負うなんてどう?」
『うーん、見つかったら、毛皮のフリでもしようかしら』
「ふふっ、じゃあ決まりね」
馬車の中でリウリーと話していると、後ろの簾が下の方だけめくれ上がった。
泰然様が、忘れ物でもしたのだろうか。
リウリーと二人で簾を注視していると、ひょこっと女の子が顔を出した。
身なりが良く、歳は十歳くらい。良家のお嬢様だろうか。
私とリウリーを見ると驚いて目を丸くしていた。
「どうしたの?」
「少しだけここに匿ってくれない? お金ならあげるから! あっ来た」
女の子は私の返答を待たずに馬車に乗り込むと、簾を整え私の隣まで静かに移動した。
「今、持ち合わせがないの。だから、これあげる」
女の子は持っていた扇を私に渡し、口元に人差し指を立てて静かにするようにと小声で言った。
これは、舞を踊る時に持つ扇のようだ。飾りのついた扇は桃色の蝶が刺繍されとても綺麗だった。
「梓晴様~。梓晴様~」
多分この子の名前だろう。男性が大声で呼びかけている。
『追い出しちゃえば。なんか面倒だし』
「でも……」
私が声を出すと、女の子に「しっ!」と言われてしまった。
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御者の娘に針を刺し、薬を処方した。足が悪いようだが、すぐに歩けるようになるだろう。俺は雪燕の着ていた衣の切れ端を御者に渡した。
「これを」
「おおっ、見つけてくださったのですね。ありがとうございます」
「谷の毒が届かぬ川の下流の方で見つけた。探している子どもの物だといいのだが……」
「これです……ありがとうございます。では、こちらは治療代です」
「ああ、これで貸し借りはなしだ。もし身体に心配なことがあれば、また訪ねてくれ」
「はい」
御者は衣の切れ端を布で包むと、大事そうに抱え、娘と帰っていった。
それから、外の賑わいについて医師に聞いたところ、町は今、新たな舞姫の誕生を祝い、祭りが開かれているそうだ。
それは雪燕以外のものが舞姫になったということだろうか。医師は詳しいことはよく分からないと言っていた。
なんだか嫌な予感がするので、早く町を出た方がいいかもしれない。
俺は場所を貸してくれた医師に礼をし、家を出ようとしたが足を止めた。
扉の向こう側に誰かが立っている気配がする。
医師に許可を取り、俺は裏口から出て足を忍ばせ近づき、誰か立っているのか確認した。
なんだ、彼か。彼は知り合いだ。
今日も薬を売る予定である。
この町で一番裕福な沈氏の従者で、確か名前は……。
「林殿か?」
「あっ」
林殿は俺に気付くと手招きし小声で話しかけてきた。
「泰然様、さっきまで中にいらっしゃいましたよね? いつの間に……」
「怪しい気配がしたから裏口を借りた。何をしていたのだ?」
「実は、お恥ずかしながら、当家のお嬢様が泰然様の馬車に隠れてらっしゃるんです」
「は?」
「馬車を見てすぐ泰然様の馬車だとわかりました。この家から話し声が聞こえたので、扉の前で待っていました。実は、お嬢様が舞の稽古中に逃げ出してしまいまして。出来ればでよいのですが、屋敷の前まで馬車を走らせていただけませんか?」
「それは構わないが……」
中に雪蘭がいることを伝えたほうがよいだろうか。
「ありがとうございます。お薬代に少々色を付けさせてください」
「いや、そこまでしてもらはなくて大丈夫だ。行こう」
家の反対側に停めてある馬車へ行こうとすると、元気な女の子の声が聞こえてきた。もはや隠れてもいないのではないだろうか。
「やった! もう行ったみたい。礼を言うわ」
「これ、返すわ」
「いらない。貴方にあげたのだから。それに、今は持ち合わせがないって言ったでしょ。売ればお金になるわ」
どうやら雪蘭と話しているようだ。
林殿も物陰に隠れて様子を窺っている。
「お金もいらないから。これで舞を練習してね」
「いらないのっ、舞なんて大嫌い。なんで私がヘラヘラ踊らなきゃいけないのよ。本当につまらないわ」
「舞が嫌いなの、私は好きだけどな」
「だったら丁度いいじゃない。それあげるから」
「私は、扇をもらうより、あなたに舞を好きになってもらえた方が嬉しいわ」
そう言って雪蘭は、扇をスッと開き、優雅に裙子を翻し、クルリとひと回りして見せた。
ただ、それだけの動きなのに、あまりにも美しい動作に、それを目にした者の視線を釘付けにさせた。
「な、ななななにそれ!?」
「え? ただ回ってみただけよ。でも、この扇を持っていたから、素敵に見えたでしょう?」
「わ、私もやりたい。今の教えて!?」




