013 リウリーの大好きな人
夜はリウリーと一緒に寝台に横になった。
「ねぇ、また一緒に鞠をしましょうね」
『そうね。翡雲様も帰られたし、いいわよ』
「翡雲様が来てから、リウリーが元気なくて、私はそれが心配だわ」
そう尋ねると、リウリーはフゴっと鼻を鳴らして言葉に息詰まった。
『うーん、あのさ。雪燕って、翡雲様の許嫁なの?』
「えっと、許嫁だった。が正しいわ。過去の話よ。私はもう公主には戻らないから」
『でも、翡雲様なら雪燕を幸せにしてくれると思う。雪燕のこと守ってくれるのではないかしら。二人はお似合いだと思う』
「どうして、そんな事を言うの?」
『だって、翡雲様が可哀想だから。許嫁が亡くなって、自分を責めていたから』
確かに、私の死をとても悲しんでくれていたと思う。でも、それは翡雲様のせいではないし、本当のことを言って、彼に守ってもらうことを、私は望んでいない。
「リウリーは、翡雲のことが大切なんだね。でも、ごめんなさい。私に彼を幸せにすることはできない」
『公主じゃないから? そんなこと、翡雲様は気にしないと思う』
「彼はもう、私の死を受け入れて前へ進うとしているわ。それでいいの」
『よくないっ。全然よくないわ。あんな辛そうな姿、今まで見たことないのよ。私じゃ、何もできないから……』
苦しそうに涙を流すリウリーを、私はギュッと抱きしめた。何もできないは同じだって思ったから。
「私にも、何もできない。私、湿疹がただれて痛くて痛くて、とても辛い時に、翡雲様に言われたの。これ以上近づかないでくれって。あんなに醜かったんだもの。仕方ない……仕方ないよね?」
頭では分かっている。それが当たり前の反応で、普通のことで、仕方のないことだということが。
でもあの瞬間、私の中にあった彼への信頼も想いも、全て壊れてしまったのだと思う。
『雪燕……ごめんなさい』
リウリーは、鼻で私の頬に伝う涙を掬いながら謝ってくれた。
「翡雲のお母様も疫病で苦しんだから、思い出してしまったそうなの。でも、あの時の彼の瞳は、私を拒絶してて、私を見る周りの人々の、あの軽蔑した瞳と……一緒に見えたの」
『思い出させてごめん。私、自分のことしか考えてなかった』
「……ううん、私だってそう。自分勝手な理由で、翡雲様から逃げている」
このままずっと気付かれないでいてくれたら、いや、いっそ私のことなんて思い出さないでいてくれたらいいのにと、身勝手なことばかり思ってしまう。
『心が壊れてしまうより、逃げたほうがいいわ……。私、翡雲様が大好きなのよ。実は、私を森で拾ってくれたのは翡雲様なの。泰然は、怪我を治してくれた。でも、元気になったら、私をすぐ追い出したわ。その度に、翡雲様がまた、私を屋敷に入れてくれたの。いつの間にか、泰然はもう私を追い出すことをしなくなったけど』
やっぱり、リウリーは翡雲様が大好きなんだ。リウリーみたいな子が、翡雲様の側にいてくれたら、きっとすぐに翡雲様も元気になれるだろうに。
「詮索しないで、って言われたけど……泰然様が言っていたの。リウリーも私と同じように呪われているんじゃないかって、秘薬でもとに戻れるんじゃないかって、当たっている?」
『さぁ? 言えないかな』
言えないということは、当たっているということだろうか。
「泰然様のお祖父様は、夜も外に出られたんですって、だから、夜に採取した茸で、秘薬を作ったかもしれない。今度はそれを試そうとしているの」
『ふーん。夜に外に出られるなんて……。だから泰然のお祖父様は……』
「えっ?」
『ううん、それより、泰然は許さないでしょ? 雪燕を一人で外に出すなんて』
「そうなのよね」
『だったら、私がついて行ってあげる』
「え? リウリーが?」
戦力的にはどうだろう。しかし、私の心なんてお見通しといった様子で、リウリーはフゴッと鼻を鳴らした。
『もちろん、私だけじゃ泰然は許可してくれないだろうから、でっかい友達も誘ってみるわ。明日紹介してあげる』
「うん、ありがとう」
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泰然様は腕を組み、納得のいかない様子で私に尋ねた。
「雪蘭、本気か?」
「はい。リウリーのお友達です」
昼食の後、リウリーと一緒に屋敷を訪ねてくれたのは、私の腰くらいの大きさのイノシシだった。
大きな牙が印象的な、強面のイノシシ。
「狼も殺れるのか?」
『フゴゴー!(もちろんよー!)』
「ブンブン!」
やっぱり、声が聞こえるのはリウリーだけで、ブンブンと鼻を鳴らすイノシシの言葉は、私には分からなかった。
「しかし、心配だ。やはり俺も夜の探索についていく。祖父は谷の毒で死にかけたと聞いた。だから」
『夜の毒は人の命を蝕むわ。絶対にやめたほうがいい。泰然のお祖父様だって、毒に耐え切れたといっても、何度も毒に侵され耐性を得た過程で、大部分の命を削られたのだと思うわ。きっと毒に侵されなければ今も生きていたのではないかしら』
「リウリーも危険だって言っています。お祖父様も、毒のせいで寿命を縮められたのではないかって。だから駄目ですよ。毒で死にかけるなんて、絶対に駄目ですからね!」
「……しかし、それ以外に方法はない。何度か死にかけるくらいのことをしなければ、いくら、予防的に解毒薬をたくさん飲んでも、夜の毒には耐えきれない」
真面目な顔で、泰然様は、なんと危険なことを言っているのだろう。
どうにかして、違う方向へと話を進めなくては。
「その……解毒薬ってどうやって作るのですか?」
「この辺りの動物は毒に耐性がある。その動物の血から作っている」
耐性がある動物の血から。それだったら……。
「なるほど……では、私の血から解毒薬を作れませんか? すみません。また的外れなことを言いましたよね」
「いや、試してみる価値はある。それなりの量が必要だ。少しずつ採血してもよいか?」
「はい!」




