012 一年中咲く花
今日は私は解毒薬を服用せず、泰然様だけ弱めの解毒薬を服用し、谷を探索する予定だ。
泰然様の説明だと、この谷には毒を出す植物が生息していて、夜になると紫色の花を咲かせるため毒が濃くなるのだという。ただし、山の上の方までは毒は届いていないそうだ。
雲龍国と碧砂国を行き来するためには、この紫色の谷を眼下に、山頂近くの橋を渡ることが最も近道だというが、谷を恐れて遠回りして国を行き来する者がほとんどだという。
近隣の町の人々は、その植物を燃やそうと、火矢を放ったことがあるそうだが、谷川の近くの水分を多く含んだ土壌に生息しているため、根元は燃えず、結局ひと月と経たずに花を咲かせ、以前よりも毒を放出するようになってしまったそうだ。
その後も色々と試みるも、毒を排除することはできなかったという。
「一年中咲く花なんてあるんですね」
「ああ、あの植物については謎だらけだ。昼間でも毒が濃く、咲いている場所には近づけないから、調べることもできないんだ」
「そうなんですね」
谷の向こうは碧砂国。
そして、谷沿いに北へ進んだ先には大きな山がある。
その大きな山の手前までが雲龍国だそうだ。
毒草は、その山の麓にも生えており、その先は進めないという。泰然様のお祖父様も、毒草には近づくなと言っていたそうだ。秘薬の材料となる目的の茸は部屋にあった地図の何処かにあるらしい。
谷の近くを散策しながら、泰然様が色々と教えてくれた。
「それから、雪蘭、今朝は本当に申し訳なかった。これからは酒は飲まないようにする」
改まった様子で何の話かと思ったら、今朝のことだった。小さく丸くなって眠る泰然様は、普段と違って可愛らしかったことは黙っておこう。
「気にしないでください。お酒はよく飲むのですか?」
「いや。翡雲が来た時だけだ。君は?」
「私は……飲んだことありません。ずっと十歳の身体でしたので」
子どもの姿の私にお酒を勧めるものはいなかった。
皇后もお酒を嗜む人ではなかったことも、理由のひとつだとは思うけれど。
「そうだったな、失言だった」
「いえいえ、でも、どうして私は十歳のまま成長しなかったのでしょう。宮殿から出さないためなのか、それとも……」
「どうだろうな。……俺はあれを成長を妨げる呪いと呼んだが、それは君にわかりやすく伝えるためにそう言ったのだ。実は、人によっては、あの呪いを欲する人もいるのが現実だ」
「呪いを欲する?」
「薬師をしていると、変な薬を作るように要求してくる者もよくいるんだ。特に金を持て余しているような輩は。雷家の叔父上から聞いた話だと、昔、とある淑女から歳を取らない薬を作ってほしいと言われたことがあるそうだ」
「歳を取らない薬……あ、そっか」
成長を妨げるということは歳を取らない、ずっと若く居続けられる、とも解釈できる。
「そうだ。その町には、昔、仙人から若返りの薬を得たという話が伝わっているそうなんだ。と言っても、実際には若さを維持するだけで、歳を取らなくする薬といわれているとか」
「でも、歳を取らない薬が、どうして呪いと言われるのですか? 呪いというと、よくない印象ですよね」
「ああ、なぜそれが呪いと言われるようになったかというと、その薬の効果が切れると、取らないでいた分の歳を一気に取ってしまったからだそうだ」
「若かった人が、急に年老いてしまう、ということですか」
「そうだ。それで呪いの薬だと言われるようになったと聞く。似ているだろう? 君の状況に」
確かに、私も同じだ。徐々に成長したのではなく、寝込んでいる間に元の年齢まで成長していたのだから。
「そうですね。そのような薬を手に入れられるのは、お金があって、それを見つける人脈がある人、ということですね」
「ああ、それか……密仙国にならあるかもしれない。とも思う」
「なるほど……」
泰然様はそれ以上は言わなかったけれど、密仙国の出身である皇后ならば、手に入れられる可能性が高いことを示唆していることに、私は気付いてしまった。
一番、信じていたい人。それが皇后なのに。
「あと、話しておかなければならないことがある」
「なんですか?」
「俺の母親のことだ。今の君の──雷雪蘭の父の姉であるから、知っておいた方がいいと思った。翡雲が不審に思うかもしれないから」
「はい。お話していただけると嬉しいです」
「俺の母は医者だった。翡雲の母の治療にあたり、そこで疫病にかかり、亡くなったんだ」
「疫病で……」
泰然様は、順を追って説明してくれた。
翡雲様のお母様は、皇后として、雲龍国の母として、全ての民に平等に接していたという。
そして貧しい村に施しへ行った後、疫病にかかってしまったのだという。そこで泰然様の母親は、数ヶ月前に亡くなった医師である父が薬の研究をしていた、あの山の屋敷へ行き、秘薬を手に入れたという。
秘薬は一瓶しかなかった。それを皇后に使い、皇后は回復したが、治療にあたっていた泰然様の母親が疫病に感染してしまったのだという。
「俺は、祖父の屋敷を尋ねて、母の分の秘薬を手に入れようとした。でも、調べている間に母は亡くなった。もう四年も前の話だ」
「では、泰然様は、それからずっとお一人で秘薬作りを続けてきたのですか?」
「初めの一年は使用人が途切れ途切れたけどいた。それに翡雲も、俺の生存確認って口実で毎月来てくれていた。あいつは、口にはしないが、自分の母親のせいで俺の母親が死んだと責任を感じているのだと思う。悪いのは全て、病のせいなのに」
「だから、秘薬作りを?」
「疫病は母の仇だ。俺はそれを倒したい。ただの我が儘でここにいる」
芯の強い瞳で、遠くの谷を見下ろしながら泰然様はそう言った。
「私も秘薬作りを手伝わせてください。その……雷雪蘭としてではなく。私が手伝いたいんです」
「だが……」
「すみません、我が儘を言いました」
「いや、君がいてくれると助かる。今までとは違った角度から意見をくれるから、君がいた方が秘薬の完成も近づくと思う」
「ありがとうございます」
今日、初めて笑顔を向けられた。




