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醜い私にサヨウナラ〜捨てられ公主は深淵の谷で幸せになります〜  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 優しすぎる薬師様に恩返ししたいと思います

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007 ただ優しいだけの兄(春燕視点)

 危うく殺されるところだった。

 翡雲(フェイユン)様は勘違いをされている。


 せっかく私が部屋を訪ねてあげたのに、翡雲(フェイユン)様は私の眼前に剣を突き刺し、罵詈雑言を浴びせると、宮殿を出ていってしまった。


 真夜中なのに大丈夫だろうか。

 心配してあげる私って優しすぎるわ。


 あれもこれも全部、雪燕(シュウエン)のせい。


 お父様は婚約のことを諦めているし、お母様は雪燕(シュウエン)の死を知って落ち込んでいる。

 私が舞姫になったのだから、雪燕(シュウエン)のことなんて綺麗に忘れてしまえばいいのに。


 みんな雪燕(シュウエン)みたいな可哀想な子を、可哀想がってあげる自分に酔っているのかしら?


 そうだ、明日から町に出かけよう。

 民は私を必要としてくれている。

 民心を得て、今何をすべきなのか、両親の目を覚まさせてやる。


 そして翡雲(フェイユン)様も……。


 小さい頃からずっと、翡雲(フェイユン)様に憧れていた。

 私が舞姫だったら、彼の許嫁になれたのに。

 そうだわ。私が今の舞姫だって翡雲(フェイユン)様に伝えそびれてしまった。

 舞姫だって知れば私と婚約してくれるに違いない。

 私ったら、うっかりさんなんだから。


 自室へ戻る途中、兄の仁峰(レンフォン)と出会った。

 神妙な面持ちでどうしたのかしら。


翡雲(フェイユン)様が帰られたと聞いた。何かあったのか?」

「さぁ、分かりません」


 兄は雪燕(シュウエン)と同じ側室の子であるけれど、他に皇子はおらず、皇太子である。

 墨のように黒い髪と切れ長の黒い瞳は、私と同じで父親似だ。


「婚約の件は、残念だったな」

「……まだ、分かりません。私だって密仙(ミーシェン)国の皇族の血が流れていますから」

「そうか、皇后は密仙(ミーシェン)国の姫であったな。しかし、お前はもう碧砂(ビーシャ)国の姫だ。雲龍(ユンロン)国が交流を強化したいのは密仙(ミーシェン)国なのだ。期待をしすぎない方がいい」

「はい」


 私の肩に手を添え、励ますように兄は言った。

 全然励ましにはなっていないけれど、兄の気持ちは素直に受け取っておく。

 兄はいつも優しい。両親のように雪燕(シュウエン)ばかり可愛がることなどなく、いつも妹として平等に扱ってくれていた。


 いや、雪燕(シュウエン)よりも私を大切にしてくれていた。雪燕(シュウエン)が奇病を発症してから、皇太子である兄は雪燕(シュウエン)に会うことを禁じられたから。

 それまで妹として等分に大切にされていたけれど、それからは私だけが大切にされた。


 雪燕(シュウエン)がいなくなったから。


 ああ、だからだ。雪燕(シュウエン)がいなくなったのに、両親が私を見てくれないことに憤りを感じるのは。

 兄という成功体験があったから、私は油断してしまっていたのだ。

 両親や翡雲(フェイユン)様は、兄のようにただ優しいだけの人ではないのだから、もっと立ち回りを考えなければならなかったのだ。


「大丈夫か? 顔色が悪い。舞姫となったと聞いた。辛いのか?」

「いえ、大丈夫です。でも、お兄様だけです。私を舞姫と認めてくれるのは」


 そう言って作り笑いを向けると、兄は辛そうにうつむいてしまった。


「本当は認めたくないのだ」

「えっ?」

「大事な妹が、舞姫として重い責務を課せられる姿を、もう見たくなかった」

「お兄様……」


 ああ、早く兄が碧砂(ビーシャ)国の皇帝にならないだろうか。そうしたら、きっとなんでも私の希望を叶えてくれるだろうに。

 嬉しくて兄の胸に飛び込むと、兄は私を受け止め、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「辛いことがあったら、すぐに言うのだぞ」

「はい」

「こうして、雪燕(シュウエン)のことも、そばで見守りたかった」


 雪燕(シュウエン)

 今、兄が抱きしめているのは私なのに、どうしてそんな事を言うのだろう。

 せっかく幸せな気持ちに包まれていたのに台無しだ。

 兄にとっても、私は雪燕(シュウエン)の代わりでしかないの?


 私は兄の身体をそっと手で押しのけた。


「お兄様、疲れたので部屋で休みます」

「ああ、そうしなさい」


 私は兄に礼をして別れた。

 やっぱり駄目だわ。あんなに優しいだけの男が次期皇帝だなんて終わってる。

 まあ、碧砂(ビーシャ)国の行く末などどうでもいい。

 どうせ私は他国へ嫁ぐのだから。

 それはやっぱり、周辺の国々のなかでも一番大きな国である雲龍(ユンロン)国がいい。


 次の満月の夜、翡雲(フェイユン)様は使節団の一人として碧砂(ビーシャ)国を訪れるだろう。

 そこで私の舞を見れば──。


「楽しみだわ、早く満月の晩にならないかしら」


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