001 醜い私
私は醜い。顔と腕に広がる無数の湿疹は日毎に増えていくばかり。弾けた水疱でただれた顔と腕を包帯で隠し、その包帯を隠すために、いつも黒い外套を羽織っている。
でも、生まれた時から醜かった訳ではない。
私は、砂漠に囲まれた碧砂国の公主として生まれた。生まれ持った銀髪と赤い瞳は、誰もが美しいと褒めてくれた。この国には色々な瞳の人がいるけれど、銀髪はとても珍しい。
私は亡き母から容姿と、碧砂国を守護する龍神へ捧げる舞を引き継ぎ、その舞う姿から白兎の舞姫と呼ばれていた。
母は皇后の侍女として後宮に入り、その美しさから皇帝に見初められ、側室となり寵妃となった。しかし、兄と私を産んだあと、私が五歳の頃、母が三人目の子を身籠っている時に、病で命を落としてしまった。
母亡きあとも、私は変わらず皇帝である父に溺愛され、皇太子である兄や、義理の母である皇后にも大層可愛がられた。そして幼い頃から隣国の皇子との婚約も決まり、何不自由なく暮らしていた。
しかし、十歳を過ぎた頃から全て崩れていった。
何故か、身体の成長が止まってしまったのだ。
周囲の者達からは奇病だと恐れられ、呪われた公主と陰で呼ばれた。
「雪燕様には近づいては駄目よ」
「見目麗しいのに、お可哀想に」
「あれは呪いよ。恐ろしい……」
そんな言葉ばかりが耳に響いた。
変わらず接してくれたのは、皇后と隣国の雲龍国の皇子であり、幼い頃から私の許嫁である翡雲だけだった。
でも、それで十分だった。
なのに……。
十六歳になり、翡雲との婚儀まで後半年となった。
しかしその矢先、原因不明の赤い発疹が顔に現れた。
顔だけじゃない。それは少しずつ腕にまで広がった。
「疫病かもしれない」
「王女を隔離しろ。死ぬまで部屋から出すな」
「あの顔を見たか? あれは化け物だ」
部屋で一人、恐怖と痛みに耐えていた。
翡雲はそれでも私を訪ねてきてくれた。
だけど──。
「こ、これ以上近づかないでくれっ」
私の醜い姿を見た途端、優しかった翡雲にさえ拒絶されてしまった。
婚儀は延期され、代わりに二つ歳下の異母妹の春燕が婚約を結ぶという話が上がっていた。
そして今、私は皇后が見つけた腕利きの医師の元で治療する為、馬車で移動中だ。
皆に見放され、最後まで私の側に寄り添ってくれたのは皇后だけだった。
「雪燕、大丈夫。私は貴女の味方よ」
「お義母様……」
水疱が弾け、顔や手が燃えるように熱く苦しかった夜、痛み止めの薬をくれて、顔や手に包帯を巻いてくれたのは皇后だけだった。
そして、人目に怯える私に、銀糸で花の刺繍が施された、美しい黒い外套を着せてくれた。
奇病が移るかもしれないからと、誰も近づかなかった私に、皇后はずっと優しく触れてくれた。
皇后と過ごした時間だけ、身体の痛みが和らいだ。
それは痛み止めの薬のお陰だけではないと思う。
外は雨、遠くの方で雷鳴が轟いている。
山道は荒れ、馬車は激しく揺れた。
外套から顔が出そうになる度に、私は深く被り直した。
馬車には私一人しか乗っていないのに。
醜い自分を晒すのが怖かった。
腕利きの医師が、もしも私の湿疹を治せたとしても、顔や腕に傷は残るだろう。それに、十歳のまま成長しない身体を、医者が治せるとも思えない。今まで出会った医者は皆お手上げだったのだから。
馬車から外を覗くと、向こう側に崖が見えた。
どうやら、この馬車は峡谷のすぐ横の山道を走っているようだ。
このまま谷底に落ちてしまえば、一瞬でこの苦しみから解放されるのではないだろうか。
暗く淀んだ紫色の谷底を眺めていると、急に馬車が大きく揺れた。
馬がいななき、すぐ近くに大きな雷が落ちると、馬車は速度を上げて進み出した。
簾が揺れてめくり上がり、馬車を見送るように山道に佇む男と目が合った。
「彼は……御者の……」
御者は一人しかいないのに、その一人が馬車を降りていた?
それとも、馬車から振り落とされたのか。
私は揺れに抗いながら、馬車の前方の簾をめくった。
「やっぱり、誰もいない……」
このまま馬を御す者がいなければ、馬車はどうなるのか。
思考が止まり呆然としていると、またすぐ近くに雷が落ちた。
稲光と落雷の地響きで、視界も全ての音も乱される中、馬のいななきと共に馬車はまた速度を上げた。
さっきまで私が眺めていた
──紫色の谷底へと向かって。
馬車に必死にしがみつき、義母がくれた外套を握りしめてキツく目を閉じる。
怖くて身体は勝手に震えているのに、私は笑っていた。
「私は……」
死ぬんだ。
だったら、もう何も考えなくていい。
この外套をくれた時の、皇后の笑顔だけを思い出して、幸せなまま終わろう。
しかし、崖から落ちたはずなのに、いつまで経っても不思議と身体の痛みも衝撃も、何も来なかった。
そっか。私はもう──。
「……死んじゃったんだ」
「──死んではいない。意識が戻ったようだな。君は崖から落ち、一週間寝たきりだった。身体は動くか?」
知らない男性の声がして、私は重い瞼を開いた。
一週間も寝たきりだったと男性は言った。
さっきまで馬車に乗っていた気がしていたけれど、一週間も前のことだった、ということ?
ここは屋敷の一室だ。
豪華な家具が並び、まるで宮殿の中にいるみたいだった。
「あなたは……?」
目の前には、若い青年が立っていた。
私と同い年、もしくは年下くらいに見える。
彼は色白で線が細く、きれいな長い黒髪は後ろで一つに結われている。
そして意志の強そうな濃い深緑色の瞳で私を見ていた。
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