003 薬膳茶みたいな人
泰然様は屋敷に戻ると香りのよい薬膳茶を淹れてくれた。体の回復によいそうだ。
苦いのかな、と思ったけれど、意外と甘く、あとから渋みを感じた。それから、身体がホクホクと温まっていく。
なんとなく、泰然様に似ているお茶だ。
そんな事を考えながら部屋でまったりしていると、泰然様は重そうな木箱を持って私の部屋に戻ってきた。
九十八両分の銀子を用意してくれたのだ。一両は治療代、そして残りの一両は小銭にしてくれて、さっき町で買った物の代金を引いた分を受け取った。
巾着に少し小銭を入れて、後は銀子と一緒にしまっておいた。
お茶を一口飲み、机に置くと、泰然様は尋ねた。
「それで、母方の故郷とはどこなのだ?」
「はい、密仙国という国です」
「み、密仙国だと? そうか……」
泰然様は困った様子で天を仰いだ。
「遠い国でしたか? 場所は知らなくて……」
「密仙国は、遠くはないが、近いとも言えない。不思議な力を持った仙女が住まう国として有名ではあるが、国がどこにあるのか、わからないんだ」
「そうなのですか?」
リウリーが密仙国を頼るといいと言っていたから、すぐに行ける場所なのかと思っていた。
皇后も密仙国の出身だけれど場所を聞くなんて出来ない。
「一人、連れていけるかも知れない者を知っている。毎月、満月の日の数日後に、ここに来る男なんだ。遅くても七日以内には来るだろう。その者に聞いてみよう。それまではここで養生してくれ」
「ありがとうございます。では、その方が現れるまででいいので、泰然様のお仕事を手伝わせていただけませんか?」
「仕事を?」
「はい、薬の材料集めでも、掃除でも、えっと、他には……と、とにかく、雑用でも何でも手伝います!」
泰然様は驚いて固まって、しばらくするとクスッと笑みを浮かべた。
「分かった。考えておく。身体の調子はどうだ?」
「すこぶる調子が良いです」
本当に、身体は元気いっぱいだった。
元々、湿疹が現れる前は、身体の成長こそ止まっていたが、身体の不調を感じたことはほとんどなかった。
「ふっ、そうか。脈を診させてくれ」
フッと優しく笑い、泰然様は私の腕の脈を診てくれた。
瞳を瞑り真剣な泰然様の顔を、私はじっと見つめた。整った鼻筋、艷やかな黒髪、山奥の豪華な屋敷に一人で住む薬師。
一体どんな家に生まれたら、こんなに素敵な方に育つのだろう。
歳は私と同じくらいだとリウリーは言っていたのに、振る舞いも言動も知識も全て私よりも大人だ。
ふと視線を落とし、私の脈を診る泰然様の手が目に入り、私は驚いて声を上げてしまった。
「た、泰然様!? その……爪が紫色ですよ」
「ん? ああ、町に行った帰りは大抵こうなるんだ。昼間といえど谷は薄い毒で満ちている。解毒薬を飲んでいても毒は身体を害し、爪が紫になる」
「身体を害しって、大丈夫なのですか!?」
「ああ、実は、もう少し強い解毒薬を飲めば爪も紫にならないのだが、秘薬の研究の為、毒を身体に残しているんだ」
「秘薬の研究のため?」
「自分の身体で秘薬の効果を試しているんだ。秘薬は谷の毒を一刻も経たずに治癒するといわれている。町から帰った日は、試薬の効果を試す日にしている」
自分の身体を使って、薬を完成させようとしているんだ。
やっぱり泰然様はすごい人だ。
「それなら早く試してください。だって、今は毒が体内にある状態ってことですよね」
「大丈夫だ。さっき薬は飲んだから、そんなに心配しなくていい。効果はなかったようだが」
紫色の爪を見て、泰然様は少し残念そうに言った。
「そうでしたか、取り乱して申し訳ありませんでした。薬は毎週試しているのですか?」
「ああ、俺の解毒に成功したら、リウリーに試そうと思っている」
「リウリーに、ですか?」
泰然様はリウリーの方を見て言った。
リウリーは、私の寝台でぐっすりと眠っている。
「ああ、あのウリ坊はおそらく秘薬の完成を望んでここにいるのだと思う。秘薬なら、きっとリウリーの呪いも解けるのだろう」
リウリーの呪い?
やっぱり、リウリーはただの猪ではないのだろうか。
「聞いていなかったのか? 君とは話せるようだから、知っているかと」
「いえ、リウリー自身のことは、話せないみたいで……詮索しないでほしいって言われました」
「そうか。あのウリ坊は一年以上この屋敷に住み着いているんだ。いつまでもウリ坊のままなんてありえないからな。俺の言葉もよく理解しているようだし、妖だとしたらいる意味がわからないから、呪い関連かと。ただの俺の予想だからハズレていたら笑ってくれ」
「……はい」
そう言えば、リウリーは泰然様には、なんとなく言いたいことが伝わっていると言っていた。
きっと、泰然様の予想は当たっていると思う。
リウリーも何かの呪いがかけられているんだ。
「今日はすまなかった。嫌な思いをたくさんさせたな」
私が暗い顔をしていたせいか、泰然様は町でのことを謝ってくれた。泰然様は何も悪くないのに。
むしろ、泰然様と、そしてリウリーのお陰で、苦しくても前を向いて生きようと思えたのだから。
「いえ、私の方こそ、ご迷惑ばかりで申し訳ありません。あんな風にいわれていたなんて、何も知らなくて……情けないし、悔しい。自分が生きていることを疎ましく思えました」
「そんなこと──」
「大丈夫です。泰然様に救っていただいたこの命、絶対に無駄にはしませんから」
心配そうな顔をしていた泰然様は、私の言葉に笑顔を見せてくれた。
「そうか、それを聞いて安心した。──それと、昼間は解毒薬を飲まずとも、君は外に出られそうだな」
「そうなのですか?」
「ああ、一度全身を谷の毒に侵されたからだろう。君の爪は紫色にはなっていないだろう?」
確かに私の爪は薄桃色のまま変わりはなかった。
「俺の祖父も、一度谷の毒で瀕死になったことがあるそうだが、命を取り留め、その後は夜の毒にも侵されぬ身体を手に入れたという。しかし、君もその域まで達しているとは言い切れない。夜は屋敷を出ないこと、それから、身体に異変があった場合はすぐに知らせること。それだけは守ってくれ」
「はい、わかりました。お気遣いありがとうございます」
「では、失礼する。明日からよろしく頼むぞ」
「はい!」
泰然様は、部屋に香を焚いていってくれた。脈は安定しているが、少し疲れが出ているとのことで、安眠効果のある香を選んでくれた。
明日から頑張るぞ。
得意なことといえば、舞を踊ることと、足が速いことくらいしか思いつかないけれど、手先は器用な方だし、掃除なら出来ると思う。
明日のことを考えていると、香の匂いが漂ってきた。どこか懐かしい香りに、幼い時に見た母の笑顔を思い出す。それから皇后の笑顔も。
お義母様は今頃どうされているだろう。
もしもまた会うことができたら、記憶の中と同じ、あの優しい笑顔をまた私に向けてくれるだろうか。
そんな夢のようなことを考えながら、私は眠りについた。




