002 選ぶなら好きな物を
「はい、どうしましたか?」
「必要なものをそろえておこう」
「必要なものですか?」
「ああ、降りてくれ」
必要なものとはなんだろう。薬の材料の買い出しだろうか。
リウリーを残して馬車を降りると、そこは広場になっていて、すぐ横の通りには小さな露店がたくさん並んでいた。
「母方の故郷に行くとしても、服があった方がいいだろう?」
そういえば、泰然様の服を借りたままだ。
私としたことが、なんと図々しいのだろう。
「先ほどの腕輪代から必要経費は引いておく。服も小物も安いものばかりだ。旅費が足りなくなることはないだろうから、好きな物を選ぶといい」
「はい」
露店の方を見に行こうとしたら、泰然様に仕立て屋は反対側だと言って案内してもらった。
仕立て屋に入ると、店の人は快く私を迎えてくれた。
よかった、私を嫌がらない。
つい身構えてしまうけれど、大丈夫。
私はそう自分に言い聞かせて店の人に話しかけた。
「女性物の服を探しています」
「はい、お任せください」
お店の人が採寸してくれて、花の刺繍が可愛い生地を見繕ってくれて、おすすめされたものを適当に選んだ。
泰然様は、好きな物を選ぶようにと言っていたけれど、どう選んでいいか分からなかった。いつも服は皇后が選んでくれていたし、自分で選ぶことなんて、一度も無かったから。
選んだ服は、来週また町に薬を売りに来る時までに仕上げておいてくれるそうだ。
店を出ると、泰然様が店の前で待っていてくれた。
「気に入ったものを選べたか?」
「あ、はい。たくさんお勧めされて、それにしました」
「では、小物は好きな物を選ぶんだぞ」
「は、はい」
泰然様はそれから一緒に靴と小銭入れを選んでくれた。
私が履いていた靴は小さすぎて履けなかったから、泰然様の長靴を借りていた。
私の足に合いそうな靴を何足か試着して、一番履き心地のよい靴を選ぶことにした。
「これがいいです」
「蝶々が好きなのか?」
「えっ? 別に……」
私が否定すると、泰然様は不満そうに眉をひそめた。私が選んだ靴は、白い靴で、紫の蝶々の刺繍のものだった。
「好きな物を選ぶのではなかったのか?」
「あっ、忘れていました。一番、足にしっくりきたので、この靴を選んだのですが」
「そうか。そういう選び方も大切だな。だが、好きな刺繍はないのか?」
好きな刺繍、そんなこと考えたこともなかった。
頂き物はどれも美しい物ばかりで、私にはもったいないとしか思えなかった。
「えっと、あまり考えたことがなくて……。こうして物を選ぶこともしたことがありませんでした。いつも義母が選んでくれた物を使っていたので」
「そうか……」
「靴はこれにします」
「では、次は小銭入れはどうだ? 持ち歩いたこともなさそうだが、ないと困るぞ」
「はい」
小銭入れはどこに売っているのだろう。
人がたくさんいる。商品を選んでいる人、親子で歩いている人。こんなに人が多いところは初めてだ。
でも、色々な人がいるけれど、誰も私を見ていない。
私を罵る者も、蔑む者も、怖がる者もいない。
「具合でも悪いのか?」
町の人々を見て佇んでいた私に、私の顔を覗き込むようにして泰然様は尋ねた。
「えっ……いえ、大丈夫です。誰も私を見ていないから……」
誰も私を責めないから、ホッとしていたのだけれど。
「俺は君を見ているぞ?」
「えっ?」
泰然様は目の前でじっと私を見つめていた。
心配そうに、私の目を見て心を探るように。
私は深緑色の瞳に吸い込まれてしまいそうで、パッと目をそらした。
「あの、見てほしいのではなくて、むしろ、誰にも見られていなくて安心したと言いますか、もう、誰にも迷惑をかけたくなくて……」
よく分からない言い訳をすると、泰然様は私の頭をポンと撫でた。
「分かった。具合が悪くないのなら、それでいい」
「……はい」
顔を上げると、泰然様は通りの奥の方へと目を向けながら、少し赤い顔のままそちらの方へと足を進めた。
「行くぞ、日が暮れる前に帰らなければならないからな。小銭入れを探すぞ」
「はい!」
泰然様の後に続いて、露店が並ぶ通りを早歩きで歩く。
町は初めてで、なんだかドキドキする。宮殿から出たことがなかったし、買い物も初めてで楽しい。それに、美味しそうな匂いがあちこちから香っている。
あれはなんだろう。木の棒の先に、動物の形をした可愛らしい琥珀色の飾り細工がついている。
「甘いものが好きなのか?」
「え?」
「飴細工を見ていただろう」
「飴……そうなのですね。あっ、巾着がありました!」
飴細工売りの少し先に、巾着を売っている露店が見えた。
色とりどりの生地に、鳥や花の刺繍の巾着が並ぶ。
その中の兎の刺繍の巾着が目を引いた。
黄緑色の巾着に、泰然様の瞳と同じ深緑色の糸で兎の刺繍がされている。巾着の紐も深緑色だ。
「兎が好きなのか?」
兎……意識したことはなかったけれど、私は白兎と呼ばれていたからなんとなく馴染みがある。
それに、色がとても気に入った。
「はい。好き……です。これにします」
「よし、決まりだな」
店の人にお金を払うと、泰然様は巾着にジャラジャラと小銭を入れ、私に手渡した。
「せっかくだ、何か好きな物を買ってみるといい。初めてなのだろう?」
「い、いいのですか? えっと、食べ物でも……」
「お好きにどうぞ」
好きな物を買っていい。それも初めてだ。
何から見よう。どれを買おう。
買ったばかりの靴はとても歩きやすくて、足がどんどんと前へ進む。
そして、饅頭と煎餅を、私と泰然様の分と、リウリーの分を買った。
最後に飴細工の店も寄ろうと思ったけれど、やめておこう。小さな子供が親に頼んで買ってもらっていた。あれは子どもの食べ物なんだ。
「もういいのか?」
「はい。ありがとうございました」
馬車に戻るとリウリーがすぐに靴が新しくなったことに気づいてくれた。
『あら、いいじゃない。それに美味しそうな匂い~』
「リウリーの分よ」
『わぁーい、いただきます!』
リウリーが饅頭にかじりつくと、泰然様が荷馬車の中に顔を出した。
「はい、これ二人分な。揺れるから、気をつけるんだぞ」
「えっ……これ」
「選ぶなら好きな物を、と言っただろ」
泰然様が差し出したのは、私がさっきまで見ていた飴細工だった。気づいてくれていたんだ。
「ありがとうございます」
泰然様は飴細工を手渡すと、すぐに手綱を握り、馬を走らせた。
『あら、可愛い。鳥の形だわ。でも、子供扱いするなんて失礼しちゃうわね』
泰然様は、私が欲しがっていたことに気づいて買ってくれたんだ。でも、恥ずかしくてリウリーに言えなかった。
『まぁ、いっか、雪燕が嬉しそうだから』
リウリーはそう言ってパリッと飴細工をかじった。リウリーの言う通り、私は嬉しくて飴細工の細い棒をぎゅっと握りしめた。
「……うん、嬉しい。食べるのがもったいないわ」
『食べ物なんだから、食べない方がもったいないでしょ』
「そっか、では、いただきます」
甘くて美味しい。
宮殿で食べたどんな菓子より、これが一番美味しい。
『雪燕、あなた……頭から食べるのね』
「えっ、駄目かしら? だって、食べてる途中で目が合ってしまったら、食べづらくなるかと思って」
『ふふっ、そんな小さな罪悪感より、美味しいことの方が上回るから、気にしなくて大丈夫よ』
「そうなんだ……」
リウリーって、不思議だな。
やっぱり、本当は猪の子供じゃないのかな。
私みたいに……。考えるのはよそう。
リウリーは詮索しないでと言っていたのだから。
『食べないならちょうだい』
「だ、駄目っ」
『冗談よ。ゆっくり食べて』
ちょっとだけリウリーを警戒しながら、私は屋敷に着くまでゆっくりと飴細工を味わった。




