001 質屋と翡翠の腕輪
それから、残りの薬を配り終え、私は泰然様に行きたい場所があると言って、商店が立ち並ぶ通りに連れてきてもらった。
私が目指す場所は一つだ。
「行きたいところがあると言っていたが、見つかりそうか?」
「はい。ここです」
私は一直線にリウリーが場所を教えてくれた質屋に来た。
泰然様は、どうしてか驚いていた。
「ここが質屋だということはわかっているか?」
「はい。実は、都の者と会えた時のために、身分が分かるものをと思って、着ていた衣を持ってきていました。それをお金に替えたいのです」
「そうか、しかしなぜ金が必要なのだ。買いたい物があるなら言ってくれ。それくらい」
「いけません! これ以上、泰然様にご迷惑をかけられません。泰然様だけではありません。もう、誰にも迷惑をかけたくないんです。治療代だって払わせてください」
やっぱり泰然様は優しい。
でも甘えていてはいけない。
このままでは、恩を返すどころか増えていくばかりだ。
「治療代のための金なのか? それならばいらない。金を持っていない者から治療代は受け取っていない。払える時でいいのだ」
「でも、払える時が来るかどうかもわからないので……」
碧砂国には帰らない。
母の故郷を頼るといっても、それまでにもお金は必要だ。
売れる物があるなら、売る選択肢しか私にはない。
泰然様に一礼し、私は店の中へ入った。
店主のおじさんと目が合った。
宮殿で迫害された日々が脳裏に蘇る。
私と話すことなんて、誰もが嫌い、避けることだった。
でも、私はもう醜い姿じゃない。
呪われた子どものままの姿でもない。
病気を移すこともない。
だから、大丈夫。
店主のおじさんは、私を見ていらっしゃいと笑顔を見せた。私は包んでいた布から服を取り出した。
「すみません! これを売りたいのですが!」
つい気合が入りすぎてしまい、大きな声を出してしまった。でも、店主のおじさんは変わらず笑顔のままだった。
「おお、威勢のいいお嬢さんだ。うーん。上質な衣だが……破れや汚れが酷いな。おっ、その翡翠の腕輪なら買い取ってもいいぞ」
「これを……ですか?」
「ああ、一両でどうだ?」
この腕輪は母の形見だ。これを手放すことはしたくない。
しかし、私の持っている物は、異母妹からの毒入りの白粉と、龍神の池の水、そしてこの腕輪だけだ。
着ていた服が売れないのなら、この腕輪しかお金になるものはない。
「わかりました。この──」
「その倍の値で俺が買おう」
私は驚いて声がした方へと顔を向けた。
勿論、声の主は泰然様だ。
「なっならば、私がその倍だそう!」
「では、俺はその倍だそう」
店主は急に焦りだして言うと、食い気味で泰然様が言い返した。
もしかしたら、腕輪は安値で買い取られそうになっていたのだろうか。
さらに店主はムキになって言い返してきた。
「ではその倍で!」
「それならその十倍で」
「それならばその……ん? じゅ、十倍だと……」
さすがに高値なのか、店主が悔しそうに唸ると、泰然様は私の手を引いて言った。
「店を出よう」
「えっ、でも」
「出よう」
強引に手を引かれ、荷馬車まで戻ってくると、泰然様は少し怒った様子で私に尋ねた。
「その腕輪を売るのか? 大切なものではないのか?」
「……大切なものです。ですが、服が売れないのでしたら、しかたありません」
「治療代以外にも金が必要なのか?」
「母方の故郷に身を寄せて、今後のことを考えたいと思っています。そのための旅費にしようと思ったのです」
「ならば……俺が百両で買おう。治療代として一両もらう。残りの金で旅費は賄えるし、買いたい物があれば買うといい。それでいいな?」
百両……? それが妥当な額なのか分からないけれど、さっき質屋で言い合っていた金額よりも高い気がする。
それに、泰然様にお礼がしたいのに、結局、泰然様のお金でお礼をすることになってしまう。
「ですが、お礼をしたい方にお金をいただくのは変ではないですか?」
「俺が腕輪の持ち主になるのだから、おかしなことではない。ほら、暗くなる前に帰るぞ」
泰然様に背を押され、馬車へ乗り込んだ。
私は馬車で待っていたリウリーに質屋での出来事を相談した。
「いいのかしら。泰然様がこの腕輪を買って、お金をいただいても、恩を返せたような気になれないのだけど」
『泰然は、その腕輪が大切なものだと思って、自分の手元に置いておいてくれようとしたんじゃない? 質屋に入れたら、自分の所に戻ってくる可能性は低いから』
「それじゃあ……やっぱり迷惑をかけてしまったってことよね」
また気を遣わせてしまった。
気持ちだけじゃない。お金まで使わせてしまっている。
『腕輪は泰然の物になるのだし、腕輪とお金を交換したってことなんだから。それに百両くらいなら泰然なら簡単に用意できる額だし、気にしなくていいんじゃない?』
「でも……」
どうしてだろう。泰然様の言葉を思い出すと、申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちが入り交ざる。
泰然様が優しすぎるのだ。
でも、その優しさに何も返せない自分が情けない。
『ふふっ、前向きにいきましょ。落ち込んでも、なにもよくならないんだから』
「うん。自分に何ができるか、考えるわ。ありがとう、リウリー」
リウリーは得意気にフゴッと鼻を鳴らした。
リウリーも、言葉の一つ一つがいつも優しいな、と感傷に浸っていると、馬車が停車した。
そして前の簾から泰然様が顔を出した。
「少しいいか?」




