013 醜い公主との決別(泰然視点あり)
御者によると、彼は疫病の子どもを馬車で運んでいたらしい。疫病の広がりを抑えるために、馬車ごと燃やして、その子を殺そうとしたのだという。
「医者ならわかるだろう? 疫病は治らない。これしか方法がなかったんだ!」
「わからなくはない。しかし、なぜそんな酷い命令に従うのだ? 命令は誰からされたのだ?」
「その子の親からさ。都を……。いや、その子の親は町を守る立場のお方でな。泣く泣く、子供より町を選んだのさ。俺だってやりたくない。だが、娘が病でな」
御者はそう言って項垂れてしまった。その様子からして、嘘はついていないようだ。
「娘さんが病気なのか……。しかし、親というものが、そんな事をできるだろうか……」
「俺ならできない。だが、なるべく早く燃やしてほしいと言われた。疫病が進行し、今より苦しむ前に、楽にしてやってほしかったそうだ」
「それが親心というものだろうか……」
「わからない……」
より苦しむ前に、か。
それが本当に依頼の理由なのか、ただの言い訳か。
「それで、なぜ探しているのだ? あの崖から落ちたのならば、命はないだろう」
「それが……まだ生きてるっていうんだ。俺が怖くなっちまって馬車を燃やせなかったから、遺品もないし、死んだ証拠もないからって……。あの日は、雨だったし。まぁ、雨じゃなくても火をつけるなんて怖くて出来なかっただろうが……。何か落ちてはいなかったか。遺品があれば、きっと死を受け入れてくださると思うんだ」
要するに、死んだことを確認したいということか。
「そうか。私の方で探しておいてやろう。それから、貴方の家族はどこに住んでいるのだ?」
「いや、しかしそんな事頼めない。それになぜ家族のことを聞くのだ?」
「俺は薬師だ。娘さんが病なのだろう。週に一度はこの町に来るから、娘さんを連れてくるといい。その時、何か見つけていたら持ってこよう」
「ほ、本当にいいのか!? しかし、信用してよいものか……」
「まぁ、信用しろとは言わない。ただ谷は危険な場所だ。俺は谷の近くに住む薬師だからな、谷に迷い込んだ人間を見つけるのは、大抵俺なんだ」
「なるほど、治療するのが面倒ってことか?」
「いや、治療はしない。というか、できない。亡くなった者にできることは何もないからな」
御者の顔が一瞬で凍りついた。嘘は言っていない。
雪燕のように生存していることのほうが稀なのだから。
「昼間は毒が弱いのだ。だが、紫色の谷は木々も紫色、次第に昼か夜か分からなくなる。そして知らぬ間に夜が訪れ、谷の毒は濃さを増し……」
「そっ……そうだな。そうなのだな……」
俺の言葉を遮り、怯えながら頷く御者の男は、来週娘とともにまた会う約束をして帰っていった。
彼の話だと、雪燕は両親によって疫病を広めないために殺されそうになったようだ。
それが悪意によるものか、辛い決断だったのかはわからない。
しかし、疫病そのものが実際は嘘であり、毒によるただれだった。両親に疫病と思わせた悪意のある者が側にいた可能性もある。
やはり彼女を都に返すわけにはいかない。
もう少し調べてみないと彼女に危険が及ぶ可能性が高い。
それは絶対に……。
俺はなぜ、こんなに必死なのだろう。
秘薬作り以外に、こんなに気を揉むようなことは初めてだ。
だが、俺一人で対処するにはことが大き過ぎる。
やはり、あいつに相談するか。
荷台を覗き込むと、雪燕とリウリーが二人揃ってこちらを向いた。雪燕の顔が先ほどより明るい。両親が民や雪燕のことを想って今回のことが起こった可能性があると分かったからだろうか。
「帰ったら話そう」
「は、はい」
****
荷馬車の中で、私とリウリーはこっそりと聞き耳を立てた。御者の話によると、私は疫病を広めないため、そして、病の進行により更なる苦しみの前に、両親の指示で殺されそうになっていたようだ。
それって、私のため……と取っていいのかな。
私が元気に宮殿に戻ったとしたら、父と義母は喜んでくれるのだろうか。
リウリーも同じことを考えていた。
『雪燕の両親は、貴女の帰りを待っているかもしれない……のかしらね?』
「不思議よね。昨日までは、絶対に喜んでくれるって思っていたのに、町の人の話を聞いて、そんな自信、何もなくなってしまったわ」
『そっか……』
もしも私の帰還を両親が喜んでくれるとして、私は本当に戻ってもいいのだろうか。私が公主として、そして舞姫として宮殿に存在するだけで、重い税で苦しむ人がいる。
「私は、もう戻らない」
『また命を狙われるかもしれないものね』
「そうね、それもあるかもしれない。でも、それより、私が舞姫として存在するだけで、苦しむ人がいると知ってしまったから……」
『誰かを苦しめたくて舞姫になったわけではないのでしょう?』
「もちろんよ。公主として、国を守る立場の者として生まれたからには、民のために尽くしたいと思っていたわ。でも、醜悪の公主と呼ばれていたなんて……」
誰も喜んでくれていなかった。
私は一体、何のために生きてきたのだろう。
『一度全てを捨てて、自分を見つめ直してみたらどう? 貴女は民の噂にあるように、贅沢な暮らしがしたいのではないのでしょう? それなら帰らなくていいと思うし、母方の故郷を訪ねてみたら?』
「母方の……たしか、密仙国だと聞いたわ」
リウリーは私の答えがわかっていたかのように、大きく頷いて言った。
『そうそう。そこならきっと親戚もいるだろうし、助けてくれると思うわ。そこに身を置かせてもらえばいいのよ。そして、呪われて、毒に侵された醜い自分とはサヨナラして、新しい自分と向き合ってみたら?』
醜い私にサヨナラして……。
私が私であったことは消えないけれど、私が存在するだけで苦しむ人がいるのなら、私は公主であった自分と決別するべきだ。
親戚には会ったこともないし、頼れるか分からないけれど、母の故郷をこの目で見てみたい気持ちもある。
「……うん。私はもう公主には戻らない。あの頃の自分とは決別するわ。今の自分に、何ができるかは分からないけれど」
私がいなくなれば、きっと民の暮らしは楽になる。それに、どこにいても舞は踊れるから、少しでも民のためになれるかもしれない。
しかし、それでは泰然様にお礼ができないのではないだろうか。
「泰然様には、どうやって礼を返したらいいのかしら」
『それなら、着ていた服を売ってお金にしたら? それで、母方の故郷へ行くまでの旅費と、泰然への礼金に充てるの』
そんなことが出来るのか。
リウリーはウリ坊だけど、私なんかよりなんでも知っている。
「うん、そうするわ。でも、どうやってお金に替えるの?」
『町には質屋があるの。そこでお金に替えてもらえるのよ』
「まぁ、そんなところがあるのね。良かった、宮殿に戻らなくても、ちゃんと泰然様に恩を返せるわ」




