012 御者(泰然視点)
雪燕は、町の人からひどい言われようだった。
彼女はいいように使われたのだろう。
病だと広め同情を買って、簡単に民から金を巻き上げる道具として。
彼女の舞からは、民を想う祈りを感じた。身を削ってまで舞う彼女を見たら、皆も心を動かされるだろうに。
しかし、雪燕が生きていると明かせば、きっとこの町の人々は暴動を起こすだろう。生存していた事が広まらぬ様に、きっと雪燕を……。
良からぬことばかり考えていると、黒い外套を着た男性が目の前に立っていた。
「なぁ、お前。薬を調合できるんだろ。頼む。紫色の谷に入らないといけないんだ。毒を消す薬を作ってくれないかっ。頼む。お願いだっ」
何やら様子がおかしいので、商人や街の女性は、俺に軽く会釈をすると場を離れていった。他の人も何事かと様子を窺っている。
「あの、落ち着いてください」
「落ち着いてられるかっ。こっちは家族の命がかかってるんだ。今度失敗したら……。頼む。少しの時間でもいいんだ。頼むっ」
「ここでは皆さんを驚かせてしまいますので、別の所で話を聞きます。私はゆっくり馬車で行きますので、後ろからついてきてくれますか?」
「そ、そんな事を言って置いていくのか!? 嫌だっ。俺も馬車に乗せてくれっ」
「ちょっ。困りますっ」
男は錯乱状態のまま、力尽くで中に押し入り、荷馬車の奥で腰かけていた雪燕と目が合い動きを止めた。
雪燕は咄嗟に顔を隠すようにリウリーを抱きしめた。
男は彼女を見ると正気を取り戻し謝罪を述べた。
「す、すまない。驚かせてしまったようだ」
「親戚の子なんです。人見知りで……。馬車を降りてください。街外れで話を聞きましょう。きっと、力になれると思いますから」
「そ、そうか。良かった。俺にも同じ歳くらいの娘がいてな。怖がらせてすまなかった。馬車を追うから、先に行ってくれ」
「はい」
男が申し訳なさそうに馬車を降り、俺は雪燕のそばへ寄った。
「大丈夫か?」
「あの方は、私が乗っていた馬車の御者です。馬車が谷へ落ちる直前、山道で佇む彼と目が合ったので、間違いありません」
「山道で佇むか……。振り落とされたのか、自ら降りたのか、わからないのだな」
「はい」
雪燕は辛そうに首を縦に振り、うつむいたまま言葉を発した。
「御者は、自ら降りたのだと思います。私はとても迷惑な存在だったようなので。それは民だけではなくて、宮殿でも、そうだったのかもしれません」
「簡単に人を信じるな」
ハッと顔を上げた雪燕の瞳と目が合った。
泣き腫らし、頬には涙の跡がある。
「えっ?」
「俺は自分で見たことしか信じない。人伝で聞いたことは、一つの情報として聞くだけだ。それを真に受けることはしない。だから……」
「ありがとうございます。そうですね。誰かの言葉に一喜一憂せず、自分の目で見極めたいと思います」
「ああ、あの男の話を聞いてみる。君は休んでいろ」
雪燕は微笑み、リウリーを抱えて荷馬車の奥に腰を下ろした。
俺は馬を走らせ、人気のない町の外れで御者の話を聞くことにした。
御者は谷に入りたがっていた。
雪燕の生死を確認するためだろうか。
それにしても、ひどく怯えた声だったことが気になった。
確か、家族の命がどうこう言っていたようにも聞こえた。
紫色の谷を見下ろせる丘の上で馬車を止め、人がいないことを確認してから、御者に尋ねた。
「話を聞こう。なぜ、あんな危険な谷へ行かねばならぬのだ? 俺は谷の近くに住んでいる。谷には詳しいから、できる限り力になる。話してくれないか?」
「谷の近くだと? それならば、馬車の事故を知っているか? その馬車には子供が乗っていたのだ。無事かどうか知りたいんだ」




