011 悪評
それから、泰然様は町の中央の通りに露店を開いた。
ここに行商や他の町の人が、泰然様に頼んでいた薬を取りに来るそうだ。
取りに来た人達は、みんな機嫌が良さそうだった。
私は馬車の中で外の話に聞き耳を立てていると、奥で寝ていたリウリーが目を覚ました。
『あら、寝ちゃってたわ。昨日嬉しくて喋りすぎたわね。……って雪燕、あなたヒドイ顔をしているわよ!』
「リウリー、あのね……」
リウリーは黙って、泣きじゃくる私の話をじっと聞いてくれた。
『大丈夫よ。噂話なんてそんなものだもの。特に、国が貧しければ、皇族のことなんて虫けらの様な言われようになるわ』
「そんな。お父様は、民の為に、朝から晩まで政務に尽くしていらっしゃるのに。私のせいで……」
『別に雪燕のせいじゃないと思うわ。民心を得られない皇帝に問題があると思う。──あ、誰か来たわね』
話している間に、露店にお客さんが来ていた。
まずは野菜をたくさん抱えた商人の男性が現れた。
「泰然さん。聞いたかい? 碧砂国の雪燕様が亡くなったんだ。これで野菜の値が下がるぞ。舞姫の恵みが無くなるんだから、野菜も納めなくて良くなるだろ?」
あの医師だけではない。
やっぱり、私は皆から疎まれていたのだ。
「そうですか。ですが、恵みがなくなれば、野菜の収穫量も減るかもしれないのではないですか?」
「いやいや。元々この辺の地域は碧砂国の中でも雨が降る地域でな。雨に困っているのは砂漠に近い都の西側の地域なんだ。舞姫なんてこの国に必要なかったのさ。──そりゃあ、二十年ほど前、舞姫が現れたと聞いたときは、俺達はみんな喜んださ。龍神様の加護があると言われた碧砂国だが、舞姫がいなくなってから、国は貧しくなるばかりだったからな」
「では、なぜ舞姫など必要なかったと言えるのだ?」
「結局、野菜の収穫量が上がっても、都に持っていかれる分が増えちまったからな。農家にとっては収穫量が増えて仕事が増えても、儲けは殆ど変わらないんだ」
とんだ迷惑な話だぜ。と商人の男性泰然様の言葉を笑い飛ばすと、通りかかった町の女性が話に加わった。
「そうそう。舞姫の恵みなんて感じたこともないわ。ここら辺の収穫は、昔よりは増えたかもしれないけれど、たいして変わらないのよ。昔から国全体の食料は元々東の地域と雲龍国から賄っていたのに、舞姫の恵みだなんだ言って、その半分もタダで都に持っていかれてしまうの」
「しかも、それだけに飽き足らず、公主の病を治す為に、年々国に納める金が増えてばかりだったよな」
収穫物を奪うだけじゃなくて、お金まで……。
「全部私が……」
『雪燕が持って来いって命令したの?』
「してない。私はそんなこと……」
『何も知らなかったって顔に書いてあるわ。もちろん知らなかったから悪くないって話ではないけど、雪燕の名前を利用して、あなただけを悪者に仕立て上げて、私腹を肥やしてたクソ野郎があなたの近くにいたんだと思うわ』
「そんな……」
「それは、今の皇帝の悪政であって、公主のせいと言えるのか?」
泰然様が二人にそう尋ねると、二人は顔を見合わせて笑って答えた。
「公主のせいよ。だって、公主の治療の為にって通達があったんだもの。初めは可哀想だって思ったけど……」
「可哀想? 一人で菓子ばっか食べて、宝石と財宝に囲まれて贅沢してたんだぞ? 治療の為っていうのも、本当か? 実際は公主が自分の欲しい物を全て収集する為にお金を使っているって話だろ?」
何も知らなかった。私が受け取ってきた宝石や菓子などは、民からの贈り物ではなく、民から徴収した物だったようだ。
皆が喜び、必要としてくれているから贈られていると思っていたのに、違ったのだ。
「そうだったの? それはやっぱり最低な公主ね」
「ああ。最低だ。本当に死んで当たり前さ」
死んで当たり前。そうかもしれない。
胸が苦しくて、息を吸うことにも罪悪感に苛まれた。
リウリーがそっと私に身体を寄せてくれて、触れた所だけ温かくて、私がまだ生きてしまっていることを実感した。
「死んで当たり前の人間なんかいないだろ」
泰然様の言葉に、私は驚いて顔を上げた。
涙で何も見えないけど、その先に光だけを感じた。
一瞬間を置いた後、商人はまた笑いながら答えた。
「ははっ。泰然さんは他国の人だから分からないのさ」
「でも、泰然さんみたいな商人だって、売上がたくさん国に取られて大変でしょ?」
「いやいや。医薬品の売買だけは国に売上が徴収されないんだ。お優しい春燕様が、姉の治療に力を入れられるように、国に掛け合ってくれたのさ」
「春燕様?」
「ああ、雪燕様の妹の春燕様だ。お美しく聡明で心のお優しい方でな。辺境の村にまで足を運び、貧しい俺達にも心を砕いてくださるお方だ」
春燕は皆に認められている。
私はそれを聞いて何故かホッとした。
皆の拠り所になれる公主がいて良かった。
それが私でないのは悲しいけれど、私のせいで、この国は駄目だと思われてしまっては悲しすぎるから。
『春燕ね。なんかニオウわね』
「におう?」
『雪燕が悪く言われているのって、その子のせいなんじゃない? 色んな町に足を運んでいたみたいだし。悪評を広めてたりして』
「そんなことは……」
ないとは言い切れなかった。
私が、人から避けられるようになってからも、春燕は義母に毎日の成果を報告するために私の住む離れの屋敷まで訪れていたから、何度も姿を見る機会があった。
春燕と会うと、いつも冷たい言葉ばかりかけられた。
毒入りの白粉も春燕からの贈り物。
でも、春燕のせいだとは言いたくなかった。
春燕は、私よりも実力があると義母に認めさせたくて、勉学も礼儀作法も、いつも頑張っていたから。
私を貶めて自分の価値を上げるような人だとは思えなかった。
春燕の事を思い返していると、外から切羽詰まったような男性の声が響いた。
「なぁ、お前。薬を調合できるんだろ。頼む。紫色の谷に入らないといけないんだ。毒を消す薬を作ってくれないかっ。頼む。お願いだっ」
それは、聞いたことのある声だった。
外を覗き見ると見覚えのある顔に私は驚いた。
「あの人……」




