010 醜悪の公主(泰然視点あり)
朝食をしっかり食べてから、との条件で、俺は彼女を町へ連れて行くことにした。
念の為、彼女には谷の毒の解毒薬を飲んでもらった。おそらく、一度毒に侵された身である為、耐性がついているだろうが、念の為である。
馬車に揺られて数刻で目的地、碧砂国の国境の街、緑淵に着いた。リウリーも勝手に乗り込んでいたが、昨夜はしゃいでいたせいか、馬車の奥で眠っていた。
俺は彼女を馬車に残したまま、ひとまず町の医師の家に行き、大量の薬を渡した際に情報を得ることにした。
宮殿から兵士が来てはいないかと尋ねると、老医師は笑いながら答えた。
「兵士など来るものか。今、都はそれどころではない。あの呪われた公主、雪燕様が病の末に亡くなったのだぞ」
「そ、そうなのか」
既に彼女は亡くなったことになっているようだ。
そういえば、彼女の名前を知らなかった。
雪燕というのか。よい名前だ。
しかし、亡くなったことになっているのならば、誤解を解くために、早く都へ送り届けるべきだろうか。
「どうかしたのか? この国にとっては幸いなことよ。そうであろう?」
「幸い……だと?」
「そうだ。あの醜悪な公主が死んだのだ。困窮する民に反し、高価な宝石や財宝に囲まれ、毎日貴重な菓子ばかり食す、したたかな女だ。その穢れた心を持つ身体は育つこともせず、民の祈りが届いたのか、顔や腕がただれ、その最期は、この世の者とは思えぬ程に醜い姿だったそうだ」
老医師は心底幸せそうに話した。
昨夜の雪燕の姿が脳裏を過る。
民を想う心は本物だと感じた。
それなのに。
「……何故だ」
「どうした?」
「何故、笑ってそんな話ができるのだ。公主は、民の為と想い、雨を呼ぶ舞を踊る舞姫だと聞いたぞ」
「はっはっはっ。雨で潤うのは大地のみ。しかも、採れた作物は公主の恵みのおかげだと言って、その半分が都へ送られてしまう。その上、あの公主は国の財を湯水のように使っておったのだぞ? 公主が舞姫なんぞと呼ばれるようになってから、国へ納める金が増えてばかり。皆、公主が居なくなって喜んでいるんだ。今頃、どこの町も歓喜の声で沸いておるだろうな」
昨今、碧砂国は他国と比べ貧しいという。
しかし、その全てが公主のせいとは到底思えない。
だが、これが雪燕を取り巻く現実なのは確かだ。
「……そうか。教えてくれて助かった」
「おお。また来週も頼むぞ」
「ああ。また」
さて、雪燕になんと伝えようか。
心が落ち着いていなければ、身体も回復できない。
一先ずこの事は伏せて、都に住む知り合いの医師に向こうの状況を尋ねる文を送ろう。
町の声は辛辣なものだったが、家族である皇族の人達は、雪燕の死を嘆いているかも知れない。色々と情報を整理してから伝えよう。
医師の家を出ると、扉の横で雪燕がうずくまっていた。
顔を膝に埋め、肩を微かに震わせている。
どうやら全て聞かれてしまっていたようだ。
****
馬車で待っていると、公主という言葉が聞こえた。
きっと私のことだ。
もしかしたら、宮殿から迎えが来ているのかもしれない。
淡い希望を抱いて、私は急いで馬車を降りて声のする方へと向かった。
開け放たれた窓からは、二人の会話がよく聞こえた。
意気揚々と話す言葉の数々に、私は徐々に全身の力が失われていくのを感じた。
私は醜悪な公主。
皆に嫌われる、死んだら喜ばれる存在だった。
だからかな。お父様と会えなかったのは。
だって、あれは呪いで病じゃなかったんでしょ。
うつらないんでしょ?
本当は全部知っていて、皆が私を嫌いだから、遠ざけていたのかな。
私は、生きていていいのだろうか。
宮殿へ戻れば、きっとまた、国中の人を苦しめてしまう。
私なんて──。
「屋敷へ戻ろう」
「えっ?」
いつの間にか目の前にしゃがみ込んだ泰然様は、私の肩に手を乗せ、そう言った。
あんな話を聞いたのに、私に触れ、私を見つめる泰然様。どうして優しくしてくれるのだろう。
「私は、屋敷へ戻ってもいいのでしょうか?」
「ああ。身体はまだ治っていない。そんな君を放り出すことはしない」
泰然様はなんてお優しいのだろう。
こんな私じゃ、泰然様に何のお礼もできないかもしれないのに。
私なんか、その辺に捨てていけばいいのに、どうしてそばに置いてくれて、匿ってくれるのだろう。
泰然様は、私のことをゆっくりと立たせ、馬車まで付き添ってくれた。
しかし、馬車に戻り、まだたくさん薬が乗せられていることに気が付いた。
全部、今日、届ける物だと言っていた。
私は、泰然様の足手まといになる為に付いてきたのではない。これ以上誰も困らせたくはないし、迷惑をかけてはいけない。
私は涙を拭って顔を上げた。
「薬を……。薬を届けましょう」
「しかし……分かった。馬車で休んでいろ」
「はい。ありがとうございます」




