009 夢じゃなかった(泰然視点あり)
『フゴゴ~(すんごく綺麗ね~)』
「綺麗だな」
思わず口に出してしまうほど、目の前の少女の舞に魅せられていた。
それは白兎の舞姫の名に相応しく、軽やかで愛らしい舞だった。彼女が手を振りかざす度に、場の空気が清められていくように感じた。
こんな可憐な少女が、なぜ毒を盛られ、呪いをかけられていたのだろう。
人と違う力を持つものは妬まれることもあることは理解できるが、公主という立場ながら、なぜ誰も守ることができなかったのだろうか。
『フゴフゴフゴフゴ。フゴゴ~?(あらあらあらあら。惚れちゃった?)』
先程からウリ坊が俺にしつこく鼻息をかけてくる。
いつもより回数が多い。おそらく、彼女が言葉を理解してくれた事が嬉しいのだろう。
しかし俺では、何か尋ねられていることは察する事しか出来ず、内容までは分からない。
「すまないが、俺は何と言ってるのか分からないぞ」
『フゴゴっ(つまらんっ)』
「悪態をついたのは分かるぞ」
『……』
ウリ坊が不満そうに口を閉じた。図星だったのだろう。
ウリ坊から視線を戻すと、彼女は艶やかな舞の手を止め、月を見上げたところだった。
「これで大丈夫よね。泰然さ……」
彼女は振り返ろうとして意識を失い、俺は床に倒れかけたところをすんでのところで受け止めた。
『フゴゴっ(雪燕)!』
「起きたばかりで無理をしたのだな。ウリ坊、無茶をしないように、そばにいてやってくれ」
『……』
ウリ坊は俺の言葉が聞こえているにも拘わらず、スッと視線を逸らした。確か、リウリーと呼ばれたがっていたな。
「頼んだぞ。リウリー」
『フゴ!』
リウリーは元気よく答えた。
リウリーに任せておけば大丈夫だろう。
この子も彼女と同じ様に、強い呪いのせいで、姿を変えられている。
それは分かってはいるが、強力な呪いの為、今の俺ではどうにも出来ない。
それでも俺の近くから離れないのは、俺が呪いに気付いていると分かっているからか、それとも、祖父がこの谷で完成させたという、万病に効く秘薬の存在を知っているからなのか。
俺はその秘薬を作るために、この屋敷で研究を続けている。その秘薬は谷の毒すら完全に解毒し、特効薬のない疫病すら治すと云われる秘薬である。
祖父はそれを一瓶だけ作り上げこの世を去った。
あの一瓶を再現するために、俺は研究を続けている。
リウリーのことは、薬作りの邪魔なので何度か追い出したが、必ず戻って来るので、もう放っておいた。
『フゴ? フゴゴゴ~(ちょっと? いつまで抱きしめてんのよ~)』
意味は分からないが、馬鹿にされた気がした。
彼女を寝台に寝かせ、後はリウリーに任せ、俺は食器を持って部屋を出た。
食器は空。食欲はあるようで一安心だが、彼女には驚かされてばかりだ。一週間ぶりだと思われる食事を綺麗に平らげたかと思えば、舞を踊り卒倒する。
そして、呪いをかけられた上に、毒を盛られ皮膚がただれ、酷い痛みだったはずなのに、特に怒る様子もない。
大切に育てられ、人を疑うということを知らないのか。
犯人も定かではない状況だし、放っておくのは心配だ。
町までと言わず、宮殿まで送り届けた方が良いだろうか。
しかし、礼だの何だのと騒がれるのは面倒だ。
それに金と暇を持て余した位の高い人間はあまり好きではない。
俺は、病気の薬の研究を第一にしたいのに、薬師だと分かると、金を持て余した人達は、大抵自分達が必要とする美容や健康に効く薬ばかり作るように命令してくる。
深く関わり合うのは避けたい。
「やはり、彼女のことはあいつに任せるか……」
身分が高く、俺の頼みなら大抵聞いてくれるお人好しを知っている。
「そろそろ来る時期だな」
あいつは月に一度、欠かさずこの屋敷を訪ねてくる。
早ければ明日か、遅くても七日以内には来るだろう。
「そうだ。明日は町へ行く日か」
毎週、碧砂国の国境の町へ、依頼を受けた薬を届けに行っている。明日はその日だった。部屋の隅には、馬車に積む薬が山積みになっていた。
「さて、支度を済ませておこう」
****
目覚めた時、私はリウリーを抱きしめていた。
「夢じゃなかった」
まだ寝ているリウリーを寝台に寝かせ、私は机の上の手鏡を手に取った。
「これが十六歳の私。お父様とお母様も喜んでくださるわ。春燕みたいに、大人っぽい衣も着られるかしら」
父とは、私が奇病にかかってからは一度も会っていない。
兄ともそうだ。絶対に病を移してはいけないから。
それなのに、隣国の皇子でもある許嫁の翡雲は、いつも会いに来てくれていた。
「翡雲は喜んでくれるかしら。でも……」
『こ、これ以上近づかないでくれっ』
翡雲が放った最後の言葉を思い出すと、ズキリと胸が痛んだ。
翡雲はとても優しい人だった。
私は本当の兄のように慕っていた。
でも、受け入れてもらえなかった。
あんなに醜い姿をしていたんだもの。それは当たり前。
だけど、頭では分かっていても、心はついてこない。
拒絶された私は、これからどんな顔をして彼と会えばいいのだろうか。
春燕を許嫁にするという話が出ていたが、どうなっただろう。
彼との婚儀が春燕のものになっていた方が、気が楽かもしれない。
『あら、起きたのね!』
「リウリー。おはよう」
『おはよ~。顔を洗って着替えたら、ご飯食べに行きましょ』
「ええ」
私はリウリーに教えてもらいながら身支度を済ませた。
男性の服も意外と動きやすくて着心地がよい。
そして食堂へ向かう途中、屋敷の出入り口の前で泰然様と遭遇した。
「お、おはようございます。お出かけでしょうか?」
「ああ。おはよう。これから仕事で町へ行くんだ。食事は用意してある。君はゆっくり安静にしていてくれ」
『碧砂国の国境の町へ、調合した薬を届けに行くのよ』
「碧砂国の町へ行くのですか?」
私が尋ねると、泰然様は驚いて目を丸くし、足元にいるリウリーに目をやった。
「そうだが。……ウリ坊から聞いたのか?」
「はい。あ、あの、お供しても宜しいでしょうか。もしかしたら、宮殿の者が探しに来ているかもしれませんし……」
「しかし、体調は」
泰然様は怪訝そうな顔で私を見た。
でも、宮殿の者が私を探しているかもしれない。
早く帰れれば、泰然様にお礼することができる。
どうしても自分の目で確かめたかった。
「全然大丈夫です。どうかお願いします!」




