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『短編集』  作者: Yumi
1/2

1、『文字には味がある』


 文字には、〈〈味〉〉というものがあるということを、

 ご存じですか?


 僕だけの感覚なのか。皆と共有できる感覚なのか、正確なことは言えない。

 僕は、味以外にも〈〈色〉〉や〈〈匂い〉〉を感じることがある。

 齢を取ってそうなったのではなくて、もの心ついた頃からで産まれつき。不思議なことで、稀に痛覚があった。

 そういった所以と数奇な縁で、運良く〈〈紙にもの〉〉を描く仕事に就いている。

 そして、僕の能力は共感覚(シナスタジア)という能力であり、ときに天から与えられた資質( ギフテッド)とも呼ばれる者のうち刺激から連想する者 (アソシエイター)であり。この世界での名称は、それらが鋭利になった|文字の共感覚《 シナスタジア・オブ・カリグラフィ》というものだと知らされた。

 さて、難しい言葉が幾つか出てきてしまったけど。

 僕にとっては、日常だ。


 僕の、仕事と能力は、……――文字。

 皆のように、文字によって表していくことで発揮する。


 どうぞ――。

 僕の拙い文字。いい味が出ると、いいな。


   * * *


 僕が、〈〈彼女〉〉と出逢ったのは学生の頃だったように想う。

 その頃から、既に〈〈文字の味〉〉についての仕事をしていたかな。

 この頃はバイトの身分で、バイトに就いて一年ほど経って慣れてきた頃だったので、様々な才能を持つ先輩方に対して自分の能力は「なんて。まぁ、小さなものだろう」と落胆していたところ。

 社長(ボス)の「君という存在も、その能力も世界に必要なもの。誇りに想うんだ」という男らしい言葉も、逆にネガティブ要素となっていたことが想い出される。


「〈〈――――、――〉〉」


 ぽつりと僕が〈〈一言〉〉文字にすると、

 この世界に、また一つ〈〈味〉〉が浮かび上がり。〈〈それ〉〉は、色や形となって、今日の〈〈捜しもの〉〉を見つけ出す。

 〈〈言霊〉〉なんて言葉があるけど。よく似たものであって、しかし、異なるもの。

 僕が、この世界に文字を生み出すと、目に――、いや、感覚に視えて文字の味が咥内に広がって、〈〈それ〉〉が言葉になるのだ。

 まるで、刹那の閃き。


 ああ、それだけではない。


 文字の向こう側にある〈〈音〉〉のようなものも、感じられるのだ。

 ボスが言うには「触れてはいけない〈〈存在〉〉」であって、我らがボスの普段からの様子からして、自分でも〈〈存在〉〉に触れないようにしていた。そして、過去の事件があって、構成員の全員、ボス以外の誰も、その〈〈存在〉〉に触れようとはしなかった。

 さて、僕の話である。〈〈彼女〉〉との出逢いについて。

 僕の大事な人だ。

 彼女との出逢いは、日本人らしい出逢い方と云えば、そうなのかもしれないが、小学校の幼なじみに誘われて、花見の席に出たときに出逢い。

 それから、ちょっとした事件があって解決したことをきっかけに付き合うようになったのだ。

 古風であるが、お見合いといえばそうだ。

 そして、独り身の方には申し訳ないことであるが。何年も付き合っているというのに、いまだ、自分で「彼女です」と口に出して紹介するのも恥ずかしくなるほどに、清い関係である。

 彼女の特徴は様々あるけど。長い黒髪で、少しふくよかな体型(本人はそのことを気にしてるので言わない)で、たまに我が儘なところが出るけど、それも可愛らしいと思えてしまうほどの、おっとりとした性格で、僕の能力を知ってて見守ってくれる、繊細で、優しい人。

 ――僕と彼女の惚気話になってしまうけど、これから、彼女との大事なデートの話をします。


 どんな一日でも大事だけど。

 その日は、とても大事な一日。そう決めていた日である。

 こくりとコーヒーを口に含んだ僕の様子が気になるったのだろうか、彼女が「どうしたの?」と言ったので、僕は微笑んでみせた。

「ううん。何でもない」

 僕の仕事は複雑なものだから、彼女に云って心配を掛けないようにしてても、やはり、悩み事をしていると顔色に出てしまうのだろう。

 そして、僕の彼女はそういうことを、いつも見抜いてしまうのだ。

 くすぐったくて、――でも、なんだか嬉しい。

「気にしないで」と言うと、少しだけ首を傾げた彼女もコーヒーを口に含んでいたので、僕も、飲み込んだそれを補充しようとして綺麗な形をしたコップに口を付けた。

 僕の咥内に広がるのは、文字の味だけではなくてコーヒーの苦みで、ほどよい感覚を与えてくれる、この場所と彼女と過ごせる時間が、僕は好きだった。

 カフェというわりには静かな、ここは、ブックカフェとも呼ばれ。隣接されたブックストアの本を読んだり、コーヒーや甘いデザートを嗜むこともできる。

 そして本を一つ買うと、コーヒーの価格が半額になるのだ。

 最近、密かに流行ってるデートスポットの一つになっていたので、密かなままでいて欲しくて、僕は友達の誰にも教えてない。

「――で。この本の、ここ。おもしろいっ、と想うのっ」

 所持していた本の一ページを彼女が指さしたので、その部分を読んで、僕も頷く。電子書籍もいいけど、このように紙の本での読書もいまだ捨てがたいものである。

「うん。この部分の表現、僕も好きかな」

 そう言うと、彼女の表情が柔らかくなって、しあわせな気分になってくる。

 このカフェはブックストアで購入した本以外にも事前に自分で買った本を読んでいてもいいことになっているので、僕と彼女は同じ本を購入して、次回のデートまでに読んで話し合うことにしていた。

 もともと二人とも読書家ということもあって、デート中の会話のきっかけの一つになったら楽しいだろうからと、二人で決めたことである。

「そっか、よかった~。うんとね、ここ、作家さんの独創性があって、おもしろいの!」

「僕も。そう思ってたんだ」

 偶然にも、彼女が好きと言ったページは僕も好きなことが多く。

 たまに意見の違いがあって、刺激的な小さな喧嘩をすることはあっても、このやりとりは自分たちでも覚えてないほど続いてて、周囲からも微笑ましいと想われていた。

 しばらく、読書について話し合ってると。ふと、以前、僕が誕生日にプレゼントした腕時計に彼女が目を向けて、ちらりと、可愛い微笑みをこちらへと向けてくれた。

「アイス。頼んでいいかな?」

「うん。いいよ」

 僕が甘いものが得意でない、ということもあるのだろう。

 気を遣って訊ねなくとも気にしないのに、恋人のいじらしさから、こちらが照れくさくなってしまう。

「アイス、お願いします」

 店員にアイスを頼むと、彼女はカップに残っていたコーヒーを口にして、――唐突に言った。

「あのね……。死んじゃったの」

 それは、とても残酷な文字。

「え? 誰が?」

 まるで、目に見えない鈍器で頭を殴られたかのように、ずんっと、頭が重くなり、耳の奥の鼓膜の向こう側に水が溜まったように、周囲の音が遠くなる。

 だけど僕は、彼女の声と存在を手放そうとはしなかった。

 彼女が、何かで苦しんでるのなら、共に苦しみたいから。

「ごめん。もっと詳しく話して……」

 突然、誰かが亡くなったと言われても、すぐに事情は分からない。

 僕もそうであるが、彼女も会話の途中が飛ぶことがあるので、彼女がつらい想いをすると分かってても、僕は注意深く訊き返した。

 すると、彼女のほうは体験していることもあって、少しだけ涙目になりながら、ぽつりぽつりと喋りはじめた。

「私の……。友達の、子どもが死んじゃったの」

 不慮の事故。だったそうだ。

 彼女も挨拶を交わしたことのある愛らしい子ども。まだ、十歳にも満たない歳で、昨日まで元気だったのに――。早くに結婚して、しあわせな夫婦でも、なにが起こるか分からないものだ。

 もしかすると、僕も彼女も、明日は居ないかもしれない。

「……哀しいね」

 ――生命が、世界から失われる。

 その文字の味は一番に味わいがたくて、逆の文字も、また、神秘的なものがあって形容しがたい。なにより、僕と彼女が最初に出会った事件も、そういった〈〈死別〉〉の文字に関わることで、彼女の家族が失われたことであったから。

 僕の中で、何かの感情が弾けた。

 途端、

「バニラアイスです」という、僕にとっては、お邪魔な声が掛かった。

 トレンチに乗せて持ってきたアイスセットを店員がテーブルに二つ置いたところで、僕は違和感に気づく。

「あれ? 二つ」

「え、えっと。違いましたか? すみませんっ、下げます」

 彼女一人だけの分を頼んだのだが、どうやら、店員の勘違いで二つ用意されてしまったようだ。しきりに「すみません、すみません」と謝ってくれて、そんなに謝罪されると自分が悪いように思えてしまい、呆れたように僕は苦笑した。

「あー。いいです。食べます」

「申し訳ありません」

 はぁと、ため息をついていると、くすくすと彼女は笑ってくれたので、先ほどの話で落ち込んでないことに安堵しながら、僕はバニラアイスを口にする。

 ほんのりとバニラの味が口に広がった。

「ね。今度は、プラネタリウムに行こうよ」と、甘いものを食べた彼女も、にこにこ顔である。

「プラネタリウムかぁ。いいね」

 多くの星など、この都会の〈〈表側〉〉では見ることはできないのであるから。いつか、彼女と遠方の旅行で天の川など見たいものである。

「また寝ないようにしてね~」

 以前、彼女とプラネタリウムに行った際、盛大に居眠りして怒らせてしまったことを思い出して、僕が苦々しそうにしていると、ぽつりと彼女は呟いた。

「あの子も、夜空の星になったのかな……?」

「……うん、そうだね……」

 スラックスのポケットに隠した手紙が、触れてないのに、くしゃりと歪んだ気がして、弾けた感情が一つにまとまっていく。

 この日に決めていたことを実行することにした。

「あのね」

「ん?」

「僕の言葉。……ちゃんと、聞いてくれる?」

 僕の真剣なまなざしに動かされて、好奇心で彼女は瞳を揺らした。

「なになに、気になる」

「うん、あの……」

 僕は、

 ――僕が彼女に告白した。〈〈あの日〉〉のことを思い出していた。

 あの時も、うまく云えなかったから。

 うまく伝えられないと思って、僕の能力、文字の力を借りるために手紙を書いてきたけど。必要なのか分からない。

 ほんとうは、もう少し先だったのかもしれない。

 でも、今、言いたかった。

 この瞬間に、――今、言わなくてはいけない。

 僕らは毎日、恋してるけど。

 明日。その恋を、伝えられるのか分からない。

「僕は……。君が、ずっと好きだから」

 優しい呟きをこぼして、

 僕は、手紙の内容、暗記した〈〈告白〉〉を大声で言った。



「結婚してください。貴女を愛してる」

 これも文字の力なのかもしれないけど、今だけは、僕の言葉。


「……――はい。私も、貴方を……、愛してる」

 この瞬間のために、僕は産まれてきたのだろう。


 君も、僕も、甘く、うっとりする。

 生命の、ほとばしり。

 〈〈恋〉〉という響きから熟した極上の〈〈愛〉〉の〈〈文字の味〉〉は、美味で在り続ける。



     『文字には、味がある』[了]



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