晴奈の初戦
応接間での一悶着から10分ほど後、晴奈たち師弟と紫明は重蔵に連れられて、ある修練場に集められた。
「えっと……」
晴奈はそこで、重蔵から真剣を渡される。
「仕合と言うやつじゃ。丁度いい手合いがうろついておったのでな」
「手合いって……」
雪乃が首をかしげながら、その相手を眺める。
「小鈴じゃない」
「どーもー」
その相手は雪乃に向かって、ぺら、と手を振る。もう一方の手には鈴が大量に飾られた杖が握られていた。
「あなたが晴奈ちゃんだっけ? 雪乃から聞いてたけど」
「え、ええ。黄晴奈と申します」
挨拶した晴奈に、赤毛の長耳も自己紹介して返す。
「あたしは橘小鈴。雪乃の友達で魔術師。あっちこっち旅してる。よろしくどーぞ」
「魔術、ですか」
ちなみに魔術とは、中央大陸の北中部などを初めとして世界中に広く伝わっている、焔流とはまた違う形で精神の力、魔力を操る術のことである。
と、まだ状況を飲み込みきれていない面々に、重蔵が説明を足す。
「鈴さんもそれなりの手練でな。丁度温泉街で暇そうにしとったから、晴さんの相手になってもらおうと思ってのう。同門が相手でも良かったんじゃが、黄大人に八百長だなどと思われてはかなわんしな」
「いや、私は、そんな……」
すっかり調子を狂わされたらしく、紫明の歯切れは悪い。そうこうする内に晴奈と小鈴は向かい合い、対峙する。
「ってワケでお手合わせね。胸貸したげるわよ」
「胸、……あ、いや、……ええ、お願いいたします、小鈴殿」
晴奈は一瞬、小鈴の一部分に目を奪われかけたが、気を取り直して布を被せた刀を構える。
「そんなわけで、これから二人に戦ってもらう。分かっていると思うが、二人とも真剣に仕合うこと。負けたと思ったら、潔く降参すること。それでは……開始!」
重蔵が手を打った瞬間、小鈴は杖をしゃらんと鳴らし、攻撃を仕掛けてきた。
「んじゃ、遠慮なく行くわよ! 突き刺せッ!」
鈴の音と共に、地面から石の槍が伸びるが、晴奈はひらりと飛び上がり、槍をかわす。
「わ、わあっ、晴奈!?」
「まあ、じっと見ていなされ」
眼前の光景にうろたえ叫ぶ紫明を、重蔵がニコニコ笑いながらいさめる。その間に晴奈は石の槍をかわし切り、小鈴に斬りかかっていた。
「やあッ!」「『マジックシールド』!」
だが、晴奈の刀が入るよりも一瞬早く、小鈴は防御の術を唱える。彼女の目の前に薄い透明な盾が現れ、晴奈の刀を止めた。
「へー……子供だと思ってたけど、なかなか気が抜けなさそーね」
「侮るなッ!」
晴奈はもう一度、壁に向かって刀を振り下ろす。と同時に、晴奈の刀がぱっと赤くきらめく。焔流の真髄、「燃える刀」である。魔術と源を同じくするためか、小鈴が作った盾はあっさり切り裂かれた。
「え……マジで!?」
盾があっさり切り裂かれ、小鈴は目を丸くする。しかしすぐに構え直し、晴奈から距離を取ってもう一度、魔術を放つ。
「『ストーンボール』!」
この聞き慣れない単語に、晴奈は心の中でつぶやいていた。
(どうも魔術と言うものは、聞き慣れない言葉が多いな。あっちの方の言葉なのだろう。師匠も何度か央中や央北へ旅していたと聞くし、昔からの知り合いなら、小鈴殿も同道していたのだろうか。……師匠がそうしていたように、いつか私も、そんな旅に出ることがあるのだろうか)
14歳の小娘に術を破られ、目に見えて動揺している小鈴とは逆に――1年欠かさず続けた精神修養の成果はしっかり現れていたらしく――晴奈は冷静に立ち向かう。魔術による無数の石つぶても難なく避け、晴奈はもう一度、小鈴を斬りつけようとした。
「やっばッ……!」
小鈴は何とか杖を盾にして晴奈の攻撃を防ぎ、ギン、と金属同士がぶつかり合う音が修練場に鋭くこだまする。どうにか攻撃をしのいだところで、小鈴はまた距離を取り、魔杖を構えようとした。
「甘いッ!」「え……」
小鈴が後ろに飛びのいた瞬間、晴奈が踏み込み、刀の柄でぐいっと小鈴の肩を押す。体勢を崩し、小鈴はころんと尻餅をついてしまった。
「きゃっ! ……あー、マジかー」
小鈴が起き上がろうとした時には、晴奈は既に、彼女の首に刃を当てていた。
「勝負ありましたね」
くるんと刀を返し、納刀したところで、晴奈は小鈴に手を差し出す。手をつかみ、立ち上がりながら、小鈴は晴奈に苦笑いを見せた。
「接近戦で魔術師不利ってコトはあるけども……まさかアンタみたいな小娘に、こんな手も足も出ないコトある? わりとショックなんだけど」
「しょく?」
「アンタにめっちゃビックリしてるってコトよ。……アンタ絶対、すごい剣士になるわ。あたしが保証したげるわよ」




