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二重奏-duet-  作者: つきみもなか。
約束の音
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第十一章 約束の音

玲司とエリアスは忙しいなか、久しぶりにデュオとしてコンサートを開いた。

今までのコンサートの中で、特に大きな規模。

二人は、勉強になると思い、お互いの弟子たちも招待し、プロのコンサートを見せることにした。


律とノエルはそれぞれ別々の離れた席で舞台を見つめる。

舞台に立つ二人の姿を初めて見て、これまで自分がどれだけすごい人から教わっていたのかを痛感した。

それと同時に、いつか自分もあの舞台に立ちたい。そう同じことを思った。


もちろん二人の二重奏は、律やノエルだけではなく、世界を魅了した。

繊細で深く、どこまでも優しい旋律。

“人が奏でる奇跡”と称されたその音は、人々を涙で包み込んだ。


デュオとしての成功。

そして、ソロとしての評価。

二人の名前は世界中に知られ渡る。

我先にと、各メディアが二人のことを取り上げたがった。


けれど、華やかな拍手の裏で、刻一刻と、その時は近づいていた。


——エリアスの体調が、再び悪化していた。


エリアスは玲司にそのことを隠していた。

無理をしてでも、玲司と舞台に立ちたかったから。

玲司の音がそばにあれば、どんな事でも乗り越えられると信じていた。


玲司はそんなエリアスの変化に、違和感を感じていた。

しかし、何度尋ねても「大丈夫だよ」と明るく笑うエリアスの言葉を信じるほかなかった。


突然にその時はやってきた。


その日は玲司がソロとして、日本でコンサートを開いていた。

夜公演もまもなく閉幕。

鳴り止まない拍手の中で、玲司はステージ中央に立っていた。

弓を下ろし、深く頭を下げる。

満席の客席、花束、スポットライト。

それでも、心のどこかで“もう一つの音”を探していた。


幕が降り、楽屋へと戻ると、いつものようにエリアスへ連絡をしようと携帯を手にする。

無事に終わった。そう送ろうと思った。

しかしエリアスからのメッセージが先に届いていた。

いつも終わったと連絡するまで、むこうから来ることはないのに。


嫌な予感がする……。


急いでメッセージをタップする。

すると、そこにはノエルからのメッセージ。


「っ!!」


その瞬間、世界が止まった。

玲司は弓を落とし、息を呑んだ。


———


翌朝、玲司はオーストリアの病院にいた。


「ノエル」


ロビーには玲司の到着を待っていたノエルと、おそらくノエルの両親らしき二人の大人がいた。

玲司の声に気づき、慌てたように近寄るノエル。

その顔には焦り、不安、恐怖が滲んでいた。


「昨日のレッスン中に突然倒れてっ」


今にも泣き出しそうなノエル。

玲司はその頭をそっと優しく撫でる。


「連絡ありがとうな。おかげでコンサートの後すぐに来られた。後は俺がいるから、安心して帰れ」


泣くのを我慢するように下唇を噛み締め、こくりと頷く。

玲司はノエルの両親へ挨拶してから、エリアスのいる病室へ向かった。


病室の扉をノックする。が、返事はない。

そっと扉を開けて中に入ると、そこにはいつも以上に青白く、透けるような肌をしたエリアス。

その姿に、背筋が冷たくなった。


「レイジ……来てくれたんだ」


扉の音で目を覚ましたのか、ぼんやりと視線の定まらない様子でエリアスがそう呟く。

弱々しいその声に、


「当たり前だろ」


玲司の声が震える。

それに気づいたエリアスは、少し困ったように笑った。


「また心配かけたね」


「……バカか、お前は」



玲司は涙が出そうになるのをぐっと堪え、エリアスの手を握りしめる。

冬の水のような冷たさに、驚き、一瞬手を離しそうになる。


「なぁ、エリアス」


自分の手の熱を送るように、さらに強く握りこむ。


「うん?」


「俺……代わってやりたいって思った」


穏やかに玲司を見つめていたエリアスの目が、少し見開かれる。

玲司は続けた。


「今まで何度もお前に助けられてきた。

お前の音がなきゃ、俺はここまで来られなかった。

だから……もしこの先、お前の病気を誰かが背負えるなら、

俺が背負いたい」


エリアスはゆっくり首を振った。


「そんなこと言わないで」


「嘘じゃない、本気だ……。本気で、お前の病気を俺が代わりに」


「僕は……」


それ以上言わせまいと、遮る。

そして、


「僕は、レイジがいるから、生きたいんだ」


だからそれ以上は何も言わないでほしい。

そう続くような言葉。


「お願いだからっ……レイジ……」


静かな涙が、エリアスの頬を伝った。

玲司はその涙を指で拭う。


「だったら……俺はお前の代わりに、祈るよ。

お前が生きて、音を奏で続けられるように。それくらいならいいか?」


エリアスはかすかに笑い、囁いた。


「うん。祈っていて。それ以上は何もいらない。だからもう言わないで。約束」


「……あぁ。約束だ」


その日、

病室の窓から見える青空は、

どこまでも澄んでいた。


——まるで神様が、二人の願い聴いているように。

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