表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二重奏-duet-  作者: つきみもなか。
高嶺のアルペジオ
15/16

第十章 高嶺のアルペジオ

「エリアス、体調は?」


玲司が神谷律という、生意気な弟子を迎え入れてから数ヶ月。律に会う前こそ文句を言っていた玲司だったが、今や一週間に二〜三日ペースでレッスンをおこなっている。

このところ、エリアスも、同じく迎え入れた生徒・ノエルのレッスンを同じペースでおこなっている。

加えて、ソロ活動やデュオ活動など、もともとの予定もあり、二人はかなり忙しい日々を過ごしていた。

この頃エリアスの体調は安定しているとはいえ、いつ何があるかわからない。

忙しさのあまり、エリアスが倒れないか、玲司は気が気ではなかった。

だから、久々の二人きりの休日。エリアスの家でくつろぎながら、玲司はいつものように尋ねる。


「大丈夫だよ。いつも心配させてごめんね。最近はノエルのレッスンがメインだし、ゆっくりしてるよ」


「そうか。ノエルはどんな感じなんだ?」


エリアスの顔色のよさに安心しながら、エリアスの生徒・ノエルについて尋ねる。

エリアスは紅茶を一口。そして優しく微笑む。


———


いつものようにエリアスの家でレッスン。ノエルはピアノを初めてまだ半年とのこと。それでも半年とは思えないほどの、音を捕らえる感覚のよさ。

将来自分をも越える存在になれるはずだと、そう期待が高まる。


「ノエル、今のところちょっとぎこちないね」


しかしまだまだ先は長そう。

ノエルが躓いたところを指摘し、そっと隣から鍵盤に触れる。


「いいかい、聴いていて」


美しいアルペジオ。

儚いけれど、一筋の光のようにな強さも含まれたエリアスの音。

ノエルはただ息をのむ。


「ノエル、音って撫でることもできるんだよ」


優しく指を導き、ノエルが真似をする。

まだまだぎこちない。


「先生の音にはまだ遠く及ばないですね」


苦笑いをするノエルに、エリアスはくすりと笑う。


「そうだね、僕の音は特別な特訓を受けてきたから」


「特別な特訓?」


「天才ヴァイオリニストからね」


「レイジさん、ですね」


ノエルの言葉に静かに頷く。

すると、ノエルは少し困ったような顔をする。


「先生の音には近づきたいです。けど……レイジさんちょっと近寄りがたいから……僕にはあの人のレッスンは向かないかもしれないです」


小学生の子どもらしい、その率直な言葉に、エリアスは笑いだした。 


「そうだよね、レイジって近寄りがたいよね」


忘れていたけど、確かに最初に出会ったレイジの印象は自分も同じだったな。なんて、そんなことを考えながら、ノエルの言葉に再度笑った。


———


「ふふっ」


「なんだよ、一人で笑いだして」


「ううん、なんでも。ノエルはちゃんと毎日成長してるよ。リツのほうはどうなの?」


玲司はコーヒーを一口飲み、先日のことを思い出す。


———


「違う。弓は押すんじゃない。息を吸うみたいに自然に落とすんだ」


玲司からの指導に首を傾げる律に、玲司は自分のヴァイオリンをそっと構え、


「聴いてろ」


短く美しいアルペジオ。

同じアルペジオでも、律の奏でる音とは、まるで違うように聞こえる。

きっとこの音はこの先何年も、ずっと記憶にこびりつく。忘れようとしても、忘れさせてなどくれない。それほどに刻まれる。

そんな気がした。

——悔しい……。

律はそっと弓を強く握り直した。


「いいか、確かにお前はセンスがある。だから今までは弓動かせばそれなりの音は出せていたんだろう。でもな、ヴァイオリンってそんな甘くない。もっと上手くなりたいのなら、今の弾き方じゃダメだ」


「はい……師匠」


これまで自分を教えてきた先生たちの音は、教えられればすぐに弾けた。

なんなら、自分のほうが上手くできた。

だからこそ、ヴァイオリンの先生など必要ないと思っていた。

しかし、律は、自分が井の中の蛙であったことを、玲司に出会って知った。

最初こそ、生意気な態度をとっていたが、格の違いをまざまざと見せつけられ、律は大人しく、玲司の言うことを聞くことにした。


———


「まあ、最近はだいぶマシになってきたかもな。音も態度も」


そう言って玲司はコーヒーをもう一口。


「レイジ、弟子をとってよかったでしょ?」


「……っていうか聞きそびれてたけど、なんで俺だったんだ?」


そういえば、なんとなくしか聞けていない。楽器屋の店主がエリアスに話を持ち込んだのも、エリアスがそれに従ったのも。

玲司からの質問に、エリアスは柔らかく笑う。


「レイジは、自分が教師向きじゃないって言ってたよね?。でもね、楽器屋のおじさんは、僕に教えていたレイジなら、きっと上手く教えてくれるって思ったみたい。それを聞いて、僕も確かにそうだなと思ったんだ。それにほら、どこか似てるでしょ?リツって子どもの頃のレイジに」


「似てないだろ。俺はあんな下手じゃない」


心外だと言わんばかりに顔をしかめる玲司。エリアスはその顔にくすくすと笑う。


「確かにレイジのほうが上手かったよ。でもさ、どことなく音が似てる。あとは何より、自分に対する自信とか、少し生意気そうな態度とか」


そう言われ、自分でも少なからず思い当たる節があるのか、玲司は何も言えずそっぽを向いた。


「デュオもなかなかできなくて、レイジが最近退屈そうだから、いい刺激になればと思ったのは本当。でもね、結局一番は、僕が見たかったからかな」


「何を?」


「あの頃、僕に教えてたかっこいいレイジを、今のレイジの姿で。だから見られて嬉しい」


「そうかよ……」


「でも」と何か言いたげなエリアスに、玲司は「でも?」と先を促す。


「でも、予想以上にかっこよくて、少しリツに嫉妬するかも」


いたずらっ子のように笑うエリアス。


「なん……だよ……それ」


玲司は赤くなった頬を隠すように、口元に手をやる。


「ね、レイジ。弟子をとってよかったでしょ?」


先ほどは答えず誤魔化した質問を再度。今度は逃すまいと、アイスブルーの瞳がまっすぐに捕らえてくる。


「ホント……お前には敵わないな」


観念したようなその言葉に、エリアスは満足そうに笑った。


「エリアス、休日なんだからもうこの話はやめよう。それより」


咳払いを一つして、玲司はエリアスの手を引き、ソファーへと誘導する。


「今は二人の時間だろ?」


ソファーに座るエリアスの頬に触れる右手。

近づく黒曜石の瞳に、エリアスは我慢できず目をそらす。


「いつまでもそうやって可愛い反応して。いい加減慣れたらどうだ?」


「慣れないよ……。レイジに対する気持ちは日々大きくなるんだから」


真っ赤な顔でそう言われ、玲司は満足そうに笑う。


「まあいいさ。今日はまだ始まったばかりだからな」


窓から差し込む光が強く、玲司はそっとカーテンを閉めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ