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二重奏-duet-  作者: つきみもなか。
音の継承
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第九章 音の継承

数日後。


玲司はしぶしぶ指定されていた、いつもの楽器店にやってきた。

店主に一言文句を言ってやろうと思いながら扉を開ける。

すると、かつて自分とエリアスのお決まりの立ち位置に一人の少年。

玲司に気付き、上げたその顔は、目つきが鋭く、明らかに品定めするような、そんな生意気さがあった。

そしてヴァイオリンはケースに入れたまま、腕を組み、面倒くさそうにため息をついている。


なんなんだこいつ。

そう思いながら、少年の前に立ち、確認するように尋ねる。


「お前が、俺の弟子……?」


しかし、玲司のその言葉に、再び、今度は先ほどよりも大きめのため息をつく。


「弟子じゃない。母が勝手に。俺、別に先生とかいらないんで」


玲司の眉がぴくりと動いた。


(……ガキのくせに、生意気だな。なるほど、エリアスが言ってた性格に難ありってのはこれか)


そもそも自分も来たくて来たわけじゃない。

それなのに、ここ言いよう。

せめて少しは猫被っておけよ。


そんなことを思いながら、今度は玲司が品定めするように少年を見る。


「まあまあ!とりあえず弾いてみせてやれよ!」


ピリピリとした空間に、明るい声が響く。

声のほうを見れば、店の奥から顔を出して、ニコニコと、いつもの笑顔を向ける店主の姿が。


「おじさん、何勝手にエリアスに話持ちかけてんだよ」


睨みつける玲司。


「おー怖!こいつが怒りだす前に、ほらっ!」


子どもの頃から知っている玲司のそんな顔など、店主には見慣れたもの。

わざとらしい怖がる素振りをした後、少年に声をかける。

促された少年は、しぶしぶヴァイオリンを構えた。


(天才少年ねぇ……。下手くそなら速攻帰ってやろうか)


心の中で毒づきながら、仕方のないように、玲司は少年の斜め前の椅子に腰かけた。


しかし、少年の弾く音を聞いた瞬間、玲司は言葉を失った。


粗削りだが、確かな才能。


どこか、昔の自分に似ている。

まだ自分の音に確固たる自信のなかった、ヴァイオリンを始めたばかりのあの頃に。


最後の一音が止んだ時、玲司は立ち上がり、少年の前に。


「下手くそだが、悪くねぇ」


「え?」


「お前、伸びるぞ。

ただし、礼儀がなってねぇ。俺の弟子になるなら、まずそこからだ」


「……誰がいつ弟子になるって言った?」


「今からだ」


玲司の言葉に、少年は顔を歪める。

かと思えば、盛大にため息をつく。


「悪いけど、俺より上手い人じゃないと認められない」


「お前、ヴァイオリンしてるのに俺のこと知らないのか?」


「知らないよ。母親から言われて始めたら、たまたま上手くできただけで。別にヴァイオリン好きじゃないし」


そう言って手にあるヴァイオリンを嫌なもののように見る。

その姿に、玲司は無言で少年に手を伸ばす。


「貸せ」


「ちょっと!!」


少年からヴァイオリンを奪い取るように取り上げた玲司は、少年の声などお構いなしに、いつものようにヴァイオリンを構えた。


弓が走る。

音が踊るように軽やかに響く。


同じヴァイオリンとは思えないその音の違いに、少年はただ打ちひしがれるように、玲司を見つめた。


——こんな音は、今まで聴いたことがない。


玲司の音は有無を言わせぬ力を持っていた。


曲が終わり、弓をおろした玲司は、閉じていた目を開く。

黒曜石の瞳が射抜くように少年見る。

その迫力にびくりと肩を振るわせた少年。

玲司はニヤリと笑い、


「この音が欲しいか?」


誰もが目を奪われるその音。

少年は、その衝撃に言葉を発せられないまま、ただ呆然と、無言で頷く。


「俺は朝倉玲司。お前よりずっと、天才ヴァイオリニストだ。いいか、今日から俺のことは師匠と呼べ。あと、敬語使え。そうすれば、お前には最高の教育をしてやるよ」


あとお前の名前。

そう付け足された。


「……律。神谷律……です。……師匠」


こうして、

玲司の唯一の弟子――律が生まれた。

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