8 サラと共に
「アアーッ! 自分の間違った仮説のせいで、サラに可哀想な仕打ちをしてしまった。サラは許してくれるだろうか」
「まあ、暫くは口を利いては貰えないかもな。だが、スッキリしただろう。ヤーガイへ帰って来い。研究の結果が出たのだろう?」
「獣人達を放って国へ帰る事は出来ない。獣人達をセントラルベイに連れてきた責任がある」
「サラを、ここへ連れてくればいいじゃ無いか。子ども達にも見せてやれ」
「そうする。それより気になることがある。ゴードンの子どもが出来るのか」
「……その事は暫くは秘密にしておいてくれ。サラに知られたらきっと軽蔑される」
「サラに?」
「いや、正直に話した方がいいかもな。子どもは偶に見に行っても良いと巫女に言われているし」
いつの間にか、レオン達は巫女のことを魔女とは呼ばない様になっていた。
レオンは最後に、巫女に言われた言葉が気になっていた。
『一千年以上前、桃源郷とこの大陸に交流があったそうじゃ。ホンの短いあいだじゃが、その時にこの大陸から渡ったモノが、帰って来れば、その子どもが獣に戻るかものう』
――大丈夫に決まっている。万が一僕の子孫が獣の姿に生れても、この大陸で生きて行けば良いだけだ。
王宮へ帰ると、皆が良かったねと言ってくれた。ゴードンから話を聞いていたようだ。
だがここにサラの姿は無かった。
「サラは?」
「ルーベンス領へ帰った。レオンも行った方がいい」
ダンカンは、神妙な顔をしてそう言った。
――やはりサラは、僕の事を許してはくれないようだ。
レオンはルーベンス領へ転移した。公爵の屋敷へ帰ったが、そこにもサラはいない。
「サラはどこに居る?」
「奥様は今、領民達を仕切っております。大変な騒ぎでして」
「騒ぎだと! 一体何があった!」
「御領主様が国王になられたと、もっぱらの噂で。移住を希望する者達が後を絶たないのです。何処から漏れた話なのか、調べているようです」
何だと。国王などとなるつもりは全くないというのに。レオンは一体誰がその様なデマを流したのか皆目見当が付かない。
レオンとセントラルベイにいた十人は、まだこちらには帰っていない。
南の大陸の噂の出所は、以前の開拓団だろう。彼等は獣人がセントラルベイに来た事は知らないはずだ。
レオンは次に領主館へ転移した。そこに貴族達に囲まれたサラが居た。
「サラ。一体この騒ぎは如何したことだ」
「オオ、御領主様、新大陸発見、おめでとうございます。どうか私めに、開拓のお手伝いをさせて頂けませんでしょうか? 必ずや成果を上げて見せます故!」
貴族達は欲に目がくらんでいるようだ。新大陸へ行けば自分等が躍進出来るとでも考えているのだろう。
レオンは彼等の思い違いを、大げさに正すことにした。
「貴殿等は、勘違いしているようだ。自分達が自由に出来る新大陸などは無い。あそこにはきちんとした国があり、住人は既にいる。貴殿等が行っても、儲けは出ないぞ。寧ろ呪いに罹ってしまうかも知れん」
「っ! の、呪いですと。それはデマだと言われている! そんなことは有るはずがない!」
「いや、ある。獣になってしまう呪いだ。かの大陸は、呪いが掛かった獣人が治めているのだ。それでも行きたいのなら私は止めん。自費で勝手に行けば良い」
貴族達はすごすごと帰っていった。
「レオン、お帰りなさい。助かったわ」
「一体誰が噂を広めたのだ」
「多分以前の開拓団でしょうけども、国王なんて言う話は彼等の妄想よ。いずれは噂になるとは思っていたけれども、貴族達までが乗り込んでくるとは思わなかった」
「サラ、呪いのことは大げさに言っただけだ。もう心配は無くなった。今まで悪かった」
「ふ、ふ、聞いたわよ。ゴードンったら、ちゃっかり父親になっていたんですってね」
――良かった。サラは許してくれているようだ。
「サラも行ってみないか? セントラルベイへ」
「絶対行くわ! 獣人の国だなんて凄すぎる!」
――ああ、忘れて居た。サラは異常なくらい獣好きだった。
約一年ぶりにサラをセントラルベイへ連れて行ける。
サラと次男のヘンドリックを連れて。セントラルベイへ戻ってきた。
私達の住処は勿論中央棟だ。
「中央棟の周りには、ウサギやネズミ、鳥頭や羊、山羊などの獣人達がいる。もこもこの髪の毛や、可愛い耳のウサギ、
小さなネズミ獣人達がちょこまかしている姿を見てサラは興奮しまくりだった。
「ナンテ、ナンテ可愛らしいの!」
「母上、言葉がヘンテコになっています」
「気を付けるんだサラ。ああ見えて僕らよりも力持ちだ。下手にちょっかいを出せば嫌われるぞ。彼等はれっきとした人間だし、学もあるんだ」
「わ、分かっているわよ。でも、少しだけ触らせて貰えないかしら。あの、ふわふわの髪の毛や、長い耳……確かに、彼等を人間にして仕舞ったのは、呪いよ! 元の姿に戻れて良かったぁ」
サラは以前から斜め上の思考をする。レオンは諦めている。サラのこの性癖に助けられたこともあったのだ。
「母上! あの、鳥獣人、飛んだ!」
「凄いわー。そうよね、鳥だもの飛べるはずよ!」
中央棟の前でワイワイ騒いでいるのが気になったのだろう。鳥獣人の一人が近寄ってきた。
「レオン様。コチラノ人は?」
「我が妻だ。そしてこれが第二子のヘンドリック。これから暫くここに居る。よろしく頼む」
「ホエー。奥様と坊ちゃまかね。コチラコソよろしく!」
鳥獣人は百二十㎝しか無い身体を精一杯大きく魅せようと羽毛を膨らましてして挨拶している。小型の獣人にとって身体が小さいことはコンプレックスなのだろうが、そのコケティッシュな姿を見て、サラは益々悶絶している。
――サラ、彼は鳥獣人の中では最長老だぞ。見た目は可愛いがな。
彼は二十九歳だ。そろそろ寿命が尽きると言うが、どうも、ここへ来た小型の獣人達は寿命が延びているらしい、皆元気だ。
サラと息子を連れ回し、街の中を案内した。
色んな部族に分かれている外周を見た後は、閑散とした街の中心部にある商店街。そして元は王宮だったが、今は神殿となった場所に来た。そこの竜人に挨拶するためだ。
「これは、レオパルド様の奥方様とご子息。ようこそ、ここの神官のボナンとモウシマス」
厳つい竜人を見てもサラは平気だった。二メートル三十センチもある背丈の竜人は、仰ぎ見ることになる。
「ボナン、君は森に住むことにしたのでは無かったか? 何故ここの神官になったのだ」
「私達の祖先が、女神様にヒドイコトヲしたのが分かったのです。贖罪をこめて、ここに生涯身を置くことにイタシました」
ボナンは悲しそうな、悟ったような目をしている。
あれほど心酔していた金竜にも信頼されていなかったことが判明したのだ。余程堪えたのだろう。
「レオパルド様の奥方様もいらしたこの機会に、折り入って相談がゴザイマス。少しお時間を頂けますか?」
「分かった」
ボナンは、ここを獣人国の首都にしたいという。広大な火山と大陸中央の森を含めた土地をウーノ獣人国と定めると。
「その内に、ここ暗黒大陸の人は総て獣人に戻っていくでしょう。この国はその先駆けとなります」
「僕達はここを南の大陸と呼んで居たのだが。暗黒大陸と名前を改めると言うことか?」
「はい、女神様を迫害した過去を忘れてはなりません。肝に銘じるためにも、そう名乗りたいと思います」
何とも、徹底している。だが、名前が余りにも自虐的過ぎはしないか? 名前から受ける印象も悪い。何とか違う名前に変えて貰えないだろうか。
「暗黒大陸は酷すぎるわ! こんなに素敵な獣人の国は理想郷なのよ! 私にとってはエルドラドよ」
――おおー! サラにしては良いネーミングだ。
「そうだ、ボナン。これからは心を入れ替え、素晴らしい国を作るという思いをこめて、エルドラド大陸としよう!」
「エルドラド……良い名です。そうですね。ソウシマス」
ボナンは深々とお辞儀をして、そして「レオパルド国王様」と言った。
「レオパルド様にウーノ国の初代国王になって頂きます。これは獣人達の総意です。是非とも国王として戴冠して頂きたいのです。ですが、我々獣人は多種多様です。それぞれに代表者を立てて、基本は議会制にしたいと思って居ります。お名前だけで良いのです。どうか受けて頂けないでしょうか?」
「……レオン」
サラが心配そうにレオンを見ている。今、レオンには爵位は無い。長男に譲っているのだ。公爵の地位は無いが、まだ領主としての責務はある。それも殆どが信用のおける代官に任せている状態だった。国王になれるかと言えば成れてしまう。
「分かった。受けよう。だが数年、十年か? その頃には巫女の子どもが育つはずだ。巫女がここを継ぐというのはどうだ?」
「巫女? 女神様のことですか?」
「ああ、彼女は自分の事を巫女だと言っている。巫女がここの女王になればボナン、君の贖罪が果たせるのでは無いのか?」
「そうね、それが良いわ。ここは魔力が濃すぎるの。闇の収斂を定期的にしなければまた以前に戻ってしまうの。魔女・・・・巫女に闇の収斂をして貰えば良いのよ」
「もしかして、哲学者の石はそうやって作るのですか?」
「そうよ。とても価値がある物だから、人間に搾取されたのだと思う。これからは獣人達が巫女を守っていくのだもの、安心してここに暮らせると思うわ」
「……多分巫女様は承知なさらないでしょう」
「え? どうして」
「ここに監禁されていたのが、巫女様のご先祖だったト金竜に教えてもらいマシタ。二人居た子の一人を人質に取られ、二十年間監禁されていたと聞きました。忌まわしい記憶の場所デス。卵の内に奪われ、女神様のその子は言葉も話せずナニモできないまま、処刑されたそうです。その恨みも重なってイルハズデス」
「……」
「ここに居た女神様……巫女様はここから逃れ、もう一人の子を育て上げた後、世界に呪いを振りまいたそうです」
では、処刑された巫女というのは、子どもだったというのか。ここで、監禁されていた巫女はそれを恨みに思って、呪いを掛けたのか!




