7 火山の竜
レオンとゴードン、竜人のボナンは火山に転移した。
「ここから火口マデは、まだ登りガ続く」
「かなり急な上り坂だ」
「……レオン、魔宝石を出しておけ」
レオン達がこれから上ろうとしている山頂は、森林限界を超えて荒涼としていた。周りには木などは全く生えていない。偶に高山植物が岩にへばりつくように生える程度だった。魔獣も見える範囲には居なかった。
三人は険しい山肌を、無言で上っていった。
「余りにも濃い魔力で、動植物が居ないのか」
「しかし、貴方たち人間がここで耐えられるとはオモワナカッタ。直ぐに気を失うか、ニゲテイクカト高を括っていた」
「本当は、僕達を連れてきたくなかった、と言うこと?」
「……人間は、余り信用出来ない。金竜にヒドイコトヲするかも知れない……」
「私達はそんなことはしない。だが、確かに人間は信用出来ないだろうな」
火口付近までやっとたどり着くと、金竜がいた。
金竜はレオン達に気が付いているはずだが、じっと寝そべっていて動こうとはしなかった。ゴードンが、レオンから魔宝石を受け取り、躊躇なく竜に近づいて行った。
金竜はレオンが知っていた魔の森のキンちゃんの二倍はあろうかという大きさだった。
ゴードンが、金竜に魔宝石を食べさせている。レオンから渡された二十個余りの特大の魔宝石は総て金竜に与えている。
金竜はそれを食べ終えると少し元気を取り戻したように見えた。
「ボナン、こっちへ来て通訳をしてくれ」
ボナンは金竜の側まで来て、元気を取り戻した様子に感激している。
暫く金竜とのやりとりをしていたが、ゴードンが突然火口の中に飛び込んでしまった。
「ゴードン! 危ない、戻ってこいーっ!」
「大丈夫だ。ここの火山はズイブン前に死んでいる。魔力を放出シテイルだけだ」
ボナンはそう言うがレオンは気が気ではない。ゴードンは一体どうなってしまったのか?
「金竜、君は何をゴードンに言ったのだ?」
「キュウルギュルル」
「この下に、女神様が……イル。そう言っているんだ。私は、今まで金竜に信用されていナカッタと言う事になる……」
そうか、金竜はボナンには、魔女は死に絶えたと言っていたんだったな。金竜は魔女を守っている。ヤーガイの魔の森でもそうだった。
「そうだ、金竜。北の大陸に、君の子どもと孫が住んでいる。知っていたか?」
ボナンが金竜に通訳して聞かせると、
「……ギュワッ! ギュル、キュウウーー?」
金竜は途端に元気に立ち上がった。
「こちらに帰ってきて欲しがってイル。女神様の見守りをして欲しいソウダ」
「分かった、直ぐに魔の森へ行って聞いてくるよ」
このままここに居てもゴードンを待つしか手はないのだ。今、金竜を連れてこられるのはレオンしかいない。
魔の森に転移したレオンは、早速キンちゃんを呼び出したが、自分は金竜と話が出来ないことに漸く気付いた。
「キュウル?」
「ああ、困ったな。ダンカンに頼むしかないか。サラに……会うことになるのか」
取り敢えずキンちゃんに魔宝石を与えて、王宮へ転移した。
ダンカンの部屋には、サラとマリーナがメグやトールスと一緒に居た。
「レオン……如何したの。私を迎えに来てくれたの?」
サラが嬉しそうな顔をして近寄ってきたが、レオンは、
「ああ、そうでは無いんだ。ごめん、今はダンカンに用があってきたんだ」
「そうなの……ダンカンはもう直ぐここへ来るわ。私達は席を外した方がいいわね……」
そう言ってサラとマリーナ達は子どもを連れて部屋を出て行った。
――サラ、すまない。だが今は急いでいるんだ。後できちんと説明するから。
まもなくダンカンが部屋へ来た。早速レオンはダンカンに目配せして、魔の森へ転移した。ダンカンは何も言わずにレオンに付いてきてくれた。
「キンちゃんを南の大陸へ連れて行くと言うのか?」
「ああ、金竜のたっての希望だ。あの金竜は寿命が尽きかけている」
「分かった話してみるよ」
ダンカンに話して貰うと、金竜はここに居たいという。だがキンボウを連れて行って欲しいと言った。
「キュキュ!」
キンボウは嫌がっているが、キンちゃんに叱られているようだ。
「何て言っているんだ?」
「……キンボウはいつまでも甘えん坊だな。親離れをして独り立ちをしろと叱られている」
「竜と言っても我々と変わらないんだな」
「本当だよ。キンボウは以前からこうだった。そろそろ親から巣立つ時期だ」
「キンボウ、ほら! これをやるから、僕と一緒に行こう」
レオンは魔宝石をちらつかせ、餌でキンボウを釣る作戦に出た。キンボウは餌に釣られて付いてくることに納得したようだ。
「ダンカン、僕は行く、悪いが自分で転移して帰ってくれ」
「分かっている、急ぐんだろう。早く行った方がいい」
キンボウを連れて火山に戻ったレオンが見たのは、ゴードンと魔女の抱き合っている姿だった。
「ゴードン、なにをしているんだ?」
「ああ・・・・これは、その」
しどろもどろのゴードン。この間から、ゴードンはどこかが変だ。何があったと言うのだ?
「其方、ゴードン殿はわらわの子等の、多分、父親の一人だ。二個しか生まれなんだが……四個は確実だと思ったのに」
レオンには何のことか皆目見当が付かない。ただゴードンの方を見て、不可解な顔をするしか出来ない。
「五年前にゴードンがここへ来ていた……そんなわけは無いか。一体どう言うことなんだ」
「私も今知ったことだが、子どもは卵として生れるのだそうだ。卵が孵るのは四年後だ。その間魔女は卵に話しかけ、色んな事を教え込まねばならない。彼女はここでまだ何年も卵と過ごす事になる」
「ゴードンが、そ、その魔女と、そう言う関係だと言うことか!」
「ああ、私だけではないが。以前の航海の時にそう言うことになった。黙っていて悪かった」
「わらわ達は、ある意味竜と生態が似ている。元が同じだからな。金竜とは親戚みたいな物じゃ」
何も考えられなくなったレオンの側では、キンボウが大きな金竜と揉めて居ている。何を言っているのか全く分からないが、何となく叱られているような雰囲気だった。
「ボナン、金竜は何を言っているんだ?」
「は、は、金竜に小さな竜がシカラレテイル。帰りたいとダダをコネタカラ」
魔女がキンボウに近づき話しかけている。魔女も竜と話が出来るようだ。キンボウは魔女の話をじっと聞いて、最後にキュウイッと啼いた。
「やっと納得してくれたようじゃ。キンボウとは珍妙な名だガ、其方の連れ合いが名付け親だとイッテイル。わらわ達は、金竜に名前など付けたことがナカッタ。これからは名を付けねばのう。我が子の世話をして貰うのじゃから」
思いのほか魔女は話しやすかった。レオンが感じた魔女のイメージとは全く違う。オットリとした、王妃のような風格のある魔女だった。
魔女の産んだ卵を、見せて貰えることになった。
火口を降りた先に横穴があり、そこをずっと入って行くと大きな部屋があった。床は柔らかい羽毛で被われている。
「ここには魔力がそんなに濃くはないが」
「卵の内は濃い魔力は毒じゃ。卵から孵ったら段々濃くしていくのじゃ」
卵は灰色っぽい虹色をしている。まるで魔宝石を大きくしたような見た目だった。
「卵から孵ればもう話が出来るようになっている。話せるように今から教育しているのじゃ。この卵の形は、我らの祖先の形その者じゃ」
「祖先の形?」
「そうじゃ。原初の巫女は桃源郷の魔力溜まりで生れた。魔力が極限まで濃く固まりそこで生れた。金竜も同じじゃ。初めは皆この形のまま生れ消えていった。消える直前に分身を残ス。何時の頃からか、人間を従えるようにナッタ。人間の見た目に近づけて今の巫女の姿になったそうじゃ。わらわ達巫女の本当の力は、生きものの性質を変えることにアル」
「っ!それは、人間を獣にすると言うことか!」
「そう言うことも出来るガ……人間と番うため人間のチカラを変えたりもした。人間には元々小さな力が備わっていた。それを変えて大きくしたのじゃ。大きな力を持った人間と番えば巫女の力はそのまま受け継がれる。小さなチカラの人間と番えば、巫女のチカラはなくナッテイッテ、人間と同じになってしまうノじゃ」
魔女の言っている力とは魔力器の事だろう。魔法は魔女が人間に与えた力だと言うことだ。
「あなた方は皆知っていることなのか?」
「わらわは原初の巫女の末裔じゃ。これは我が一族で伝えられる真理じゃ。だが、他の巫女が知っているかどうかは分からぬ。巫女同士は交流がナイカラの。其方等には世話になった。ダカラ教えてやったのじゃ」
「では、もう一つ。この土地に掛かった呪いは? どのような物なのだ?」
「人間を原初に戻したのじゃ。獣を人間にしてやったこと自体が呪いの技法じゃ。呪いを解いたと言っても良いかの」
「それは……僕達の祖先が獣だという事か?」
「其方達? 其方等は桃源郷カラ来たのであろう? 其方等の祖先は人間じゃ。この暗黒世界のモノは元は獣の見た目であった。それを我が祖先が人間に変えたのじゃ。人間になるまで長い時間を要したガの。ここの人間達は大叔母様に酷い仕打ちをした。ダカラ元に戻したのじゃ。それが自分達に返ることを忘れての……呪いとは二度と使っては成らない力じゃ」
「魔力を汚染したのではないのか?」
「その様なことは出来ない。魔力を汚染などしたら、わらわ達にも影響が大きいではナイか」
何と言うことだ。と言うことは、この大陸は元は獣人が住まう土地だったと言うことなのか。
じっと聞いていたゴードンが今度は魔女に質問し始めた。
「私の一族は百年前に呪いを受けた。私達は異形で生れたが、ここの獣人とは違い魔法が使える。一族だけに掛ける呪いなどはどうなっている?」
「一族の血があれば、簡単であろう。その血に呪いをこめたはずじゃ」
「一族の血? 腹の中の卵でも可能か?」
「ああ、一番確実であろうな。腹の子の特性を少し変えれば異形が受け継がれるやも知れぬ。知識の無い巫女がやりそうな事じゃ。だが、その様な巫女がいるとは思えん。自らの子を犠牲にするなど巫女の風上にも置けぬ。そやつは巫女とは言えぬ。魔女じゃ」




